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デザイン思考と組織文化PARTⅠ

 今回からは最後のテーマとして、デザイン思考と組織文化との関係について考えてみたい。本編⑧のところで述べたように、欧州ではデザイン思考とは、クリエイティブ・コンフィデンス(creative confidence)のことであるとの論調があるが、そのような理解の仕方は本当に正しいのであろうか。

 そもそもクリエイティブ・コンフィデンスとは、個人が持つ創造的なマインドセットや思考パターン、あるいはそれらを共有した組織文化のことなどを指す(Kelley and Kelley,2013)。そのため、例えば、どのような環境下にいても、自分(たち)の創造力に自信を持ち、その自信に基づいて行動することができる人や組織はクリエイティブ・コンフィデンスが高いと言える。


 このクリエイティブ・コンフィデンスは、デザイン思考を機能させる下地となる。なぜなら、デザイン思考を実行する際には、観察者の主観を信じることが必要になるからである。通常、ビジネスの現場(特に大企業)では、客観性のないことを言うと馬鹿にされるかもしれないという恐怖心が常につきまとう[注1]。それをやめよう、もっと主観に自信を持とうというのが、クリエイティブ・コンフィデンスの骨子である。これもデザイン思考同様、デザイン事務所のIDEOによって近年、提唱されている概念である。ただし、この概念は「自分たちの創造性に対する自信を持とう、そして勇気をもって行動に移そう」という一種の掛け声のようなもので、啓蒙的な色合いが濃く、きちんとした実証がなされているわけではない。

  原初よりデザイン思考はプロセスであると同時に、マインドセットでもあると言われてきた(Brown,2019)。そのため、デザイン思考とクリエイティブ・コンフィデンスを別々に扱うのではなく、一体化して扱おうとする議論はこれまでも一部には見られた。その背景には、世間ではデザイン思考のプロセスとしての側面(あるいは、便利なツールとしての側面)ばかりが強調され、マインドセットとしての側面が置き去りにされる傾向が強かったためである。デザイン思考に対する誤解を危惧する人々の間では、デザイン思考とクリエイティブ・コンフィデンスを一体化させることで、マインドセットとしての側面を再浮上させようという狙いがあった。その意味では、両者を一体化することに一定の理解を示すことはできる。しかし、理論的な観点からは、依然として釈然としない部分がいくつか残されている。

 1つ目は、分析単位の違いを無視している点である。デザイン思考は、主に個人に宿るマインドセットを対象とした概念であるのに対して、クリエイティブ・コンフィデンスは、定義の中に組織文化が含まれていることからも分かるように、個人のみならず組織や集団で共有されたマインドセットも対象に含む概念である。つまり、両者の間では分析単位が異なっているのである。このような違いを無視して、「デザイン思考=エイティブ・コンフィデンス」とすることには無理がある。もちろん、本編⑮のところで見たように、概念の拡張は可能であるため、デザイン思考の分析単位を拡張しても問題はないが、欧州勢の先行研究ではその辺りの議論がスッポリと抜け落ちてしまっている。

 2つ目は、両者の機能的な違いを無視している点である。両者は共にマインドセットではあっても、上で見たように分析単位が異なることで、果たす役割もそれぞれ異なると考えられる。クリエイティブ・コンフィデンスは時に、組織文化として個々人のデザイン思考を機能させる下地になる。したがって、両者の関係をPC(personal computer)に例えるならば、デザイン思考はアプリケーション・ソフトであり、クリエイティブ・コンフィデンスはそれを動かすためのOS(operation system)といえる。アプリケーション・ソフトとOSは共にソフトウエアであり、PCを動かすのに必要な両輪であることには違いはない。しかし、それらを同列に議論することには無理がある。もちろん、分析単位の拡張と共に、デザイン思考の機能を拡張しても問題はないが、先程同様、欧州勢の先行研究ではその辺りの議論がスッポリと抜け落ちてしまっている。

 3つ目は、「デザイン態度(design attitude)」との関係が不明な点である。これまで見てきたように、デザイン思考の概念を拡張して、それを組織文化のように扱うことは可能である。しかし、そうなると今度はデザイン態度とのすみ分けが難しくなる。ここでいうデザイン態度とは、デザインのプロフェッショナルが持つ組織文化のことで、そのような文化を理解し援用すれば、組織がクリエイティブになれるとされている(Micklewski,2008)。つまり、それはクリエイティブ・コンフィデンス同様、個々人のデザイン思考を働かせるOSとして機能すると考えられているのである。拡張されたデザイン思考は、このデザイン態度と何が異なるのであろうか。違いがなければ、わざわざデザイン思考を拡張せずとも、既にあるデザイン態度を使えば良いということになる。


 ただ、ここでの問題点は、両者を比較しようにも、拡張されたデザイン思考は、啓蒙的な色合いが強いクリエイティブ・コンフィデンスをベースにしているため、上手く操作化できないところにある。実証研究から生まれたデザイン態度に比べ、概念が脆弱なのである。その意味では、そのような危うい概念をわざわざ使わずとも、デザイン態度でこと足りるといえるかもしれない。


[注1] 実際、松下電器産業(現・パナソニック)の元・総合デザインセンター所長の回想録には、会社で「かっこいい」とか「美しい」などと言うと小馬鹿にされる傾向があるといった記載がある(『デザイナーたちの証言』「第4回 すべてのものは変化のプロセスにある」)。また、澤田(2015)でも、観察的な手法の有効性を信じてもらえないなど、現場でデザイン思考が実行しづらいことを嘆くビジネスマンの声が紹介されている。



●参考文献
Brown, T. (2019), Change by Design, Revised and Updated: How design
 thinking transforms organizations and inspires innovation. Harper Collins
 Publishers (千葉敏生訳『デザイン思考が世界を変える アップデート版』早
 川書房、 2019)
Kelley, T. and D. Kelley. (2013), Creative confidence: Unleashing the creative
 potential within us all. William Collins. (千葉敏生訳『クリエイティブ・マイ
 ンドセット』日経BP、2014)
Michlewski, K. (2008), “Uncovering Design Attitude: Inside the Culture of 
 Designers.” Organizational Studies, Vol.29, No.3, pp. 373-392.
澤田美奈子(2015)「第10章 イノベーションとデザイン思考の行方」佐倉統
 編『人と「機械」をつなぐデザイン』東京大学出版会、201-217頁。

 ●参考Webページ
『デザイナーたちの証言』「第4回 すべてのものは変化のプロセスにあ
 る」(http://www.nak-osaka.jp/idap/special/special04.html)  2018年5月20
 日閲覧。


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