新規事業と人事評価

はじめに

新規事業を推進して行くときに、必ずと言って良いほど課題となるのが、「組織」と「人事評価」です。
前々回に組織についてご説明したので、今回は「人事評価」についてご説明します。

既存事業の人事評価基準

人事評価制度が設計・運用されている会社で多く用いられている基準が、「能力評価」と「業績評価」です。
少し話が脱線しますが、コロナ禍前までは「情意評価」という、勤務態度や組織貢献による評価方法もありました。
ただ、日本企業における組織貢献は、イベントの企画や飲み会の幹事等が大部分を占めていたため、ウィズコロナの現在では、多くの社員にとっては勤務態度しか機能していない評価方法になっているのが実情です。
さらに、フルリモートや、ハイブリッド勤務の方では、勤務態度も機能していない評価方法になっています。
一方で、コロナ前から、部門や事業部の庶務(全社連絡の部門取りまとめ担当者)や、情報システム委員(会社から支給される機器の管理、セキュリティ教育の部門取りまとめ担当者)等を担当されている方では、情意評価がプラスαの効果になっていたりもします。
また、いわゆる「ゴマすり」の上手い人が出世していたカラクリも、この情意評価が強く機能していたためです。
図は、既存事業の人事評価イメージです。

既存事業の人事評価イメージ

さて、話を元に戻し、能力評価と業績評価をご説明します。

能力評価

能力評価は、職種に求められる能力基準に達しているかどうかという評価基準です。
評価制度が整っている企業であれば、以下の図の様な職種別・ランク別能力基準表が整備されているかと思います。

職種別・ランク別能力基準表のイメージ

整っていない企業でも、いわゆるプロフィットセンター(利益部門)の職種の能力基準表が整備されていると思います。

業績評価

業績評価は、会社の利益にどの程度貢献したかという評価基準です。
営利企業(株式会社等)の場合は、図の様なイメージです。
一方で、NPO等の非営利団体の場合、活動資金をどの様に調達出来たかや、ミッション(目標の実現や、社会貢献等)をどの程度実現出来たかという評価基準となります。

業績評価を高める活動イメージ

業績評価が行いやすい職種(または部門)としては、営業、製造、総務等です。
営業は、部門または営業担当1人当たりの年間売上高目標を達成出来たか否かで評価が可能です。
具体的には、会社の年間売上高目標が10億円として、営業担当が5人の場合、1人当たり2億円の売上が目標となります。(実運用上は、部長が4億円、課長が3億円、新入社員は5千万円等の様に、ランク別に傾斜を付ける事が多いです。)
製造は、年間売上目標と標準単価(定価)から計算した年間製造高目標を達成出来たか否かで評価が可能です。
具体例は営業の時と同じ様な考え方のため省略しますが、実運用上は需給調整(売れ行きが良い場合の増産対応、売れ行きが悪い場合の減産対応)出来たかも加味して評価します。
総務は、原価または販管費をどの程度低減出来たかで評価が可能です。(実運用上は、原価低減責任は、調達機能を持っている部門が担います。例えば、製造部門が調達機能を持っている場合製造が責任を持ちますし、調達部門が独立している場合調達部門が責任を持ちます。)
他方、業績評価が行いにくい職種としては、研究、経理、人事等です。
研究は、会社の利益に貢献するまで、数年かかるケースが多く、半年や1年の期間で業績評価を行った場合、売上や利益貢献という観点からはむしろマイナスの評価となります。
さらに、研究の成果が、売上や利益貢献し始めると、営業や製造に責任の主体が移管されるため、研究としては定量的に評価される内容が無くなって行きます。
経理や人事は、会社に必要な機能となりますが、真面目にやればやるほど、時間と費用が嵩んで行くため、売上や利益貢献という観点からはマイナス評価となります。

新規事業の人事評価

前置きが長くなりましたが、新規事業の人事評価です。
結論から書くと、新規事業を行う度に新たな人事制度を用意するまたは、子会社として切り出さないと、新規事業人材のモチベーション維持が難しいです。
新規事業を業績評価という観点から見ると、経理や人事の様に「真面目にやればやるほど、時間と費用が嵩む」という特徴があると共に、研究の様に「売上や利益に貢献するまで数年かかるケースが多い」という特徴を持ち合わせています。
このため、新規事業は、業績評価では必ずマイナス評価となります。
また、新規事業に求められる能力評価も、新規事業の内容やフェーズにより大きく異なってきます。
例えば、製品開発の様な新規事業であれば研究よりの能力が求められますし、市場開拓の様な新規事業であれば営業よりの能力が求められます。
この様に、既存事業よりも学ぶ事が多く苦労するにも関わらず、昇給しない・ボーナスが低いという結果に至る事が多いのが実情です。
こういう背景があるので、新規事業では「口は出すけど、取り組まない」という人が一定数現れます。
上記の通り、既存事業に従事する方と同一の基準で、新規事業に従事する方を業績評価と能力評価を行う事は、フェアでは無いと言うのが実情です。
そこで、新規事業に取り組む必要のある会社では、どの様に対応し、評価して行くか?という点が大きな課題となります。
解決の大きな方向性として、以下の2通りがあります。

  1. 新たな人事制度を用意する(既存事業の人事制度をマイナーチェンジして運用する)

  2. 子会社として切り出し、時限的なポジションを用意する

なお、現在の人事制度の内容により、1.か2.の派生形や、1.と2.を組合わせた物等が考えられます。

新たな人事制度を用意する

一つ目は、昇給やボーナスをフェアにすることで、モチベーションを維持しようという方法・考え方です。
つまり、モチベーションマネジメントでいう、外発的動機づけです。

新たな業績評価

まず、業績評価においては、PL(売上や利益等)の評価を軸に置くのではなく、BSの評価を軸に置く等に変更します。
具体的には、新規事業の内容によりますが、新規事業の内容に取り組んだ人件費は、管理会計上「建設仮勘定」または「ソフトウェア仮勘定」として集計する事が出来ます。(財務会計上も集計する事が出来るケースもありますが、出来ないケースもあります。)
この増加高が計画値通りか否かで評価することで、業績評価を、既存事業に従事する方と一定程度フェアにする事が可能となります。
以下の図が、PL軸(既存事業)の業績評価とBS軸(新規事業)の業績評価の違いのイメージとなります。

PL軸とBS軸の業績評価の違い

新たな能力評価

次に、能力評価においては、深さでの評価に軸を置くのではなく、広さでの評価に軸を置く等に変更します。
具体的には、新規事業の内容に沿った別の職種の能力で、一般社員または係長レベルの能力を、半年または1年で身に付けることが出来たのかという観点で評価することで、能力評価も、既存事業に従事する方と一定程度フェアにする事が可能となります。
この様な形で、既存事業とは異なる人事制度により評価します。
これにより、新規事業に取り組む人の昇給やボーナスが工夫出来るため、モチベーションを維持する事が可能となります。
以下の図が、深さ軸(既存事業)の能力評価と広さ軸(新規事業)の能力評価の違いのイメージとなります。
別の言葉で説明すると、「単能工」か「多能工」かの違いとなります。

深さ軸と広さ軸の能力評価の違い

子会社として切り出し、時限的なポジションを用意する

二つ目は、昇給やボーナスはさて置き、裁量権を与えることでモチベーションを維持しようという方法・考え方です。
つまり、モチベーションマネジメントでいう、内発的動機づけです。
親会社の中に在籍しながら、係長や一般社員に大幅な裁量権や決裁権を付与するというのは、内部統制等の観点から難しいのが実情です。
そこで、給与を維持しつつ、失敗時は現状のランクでの帰任を保証した上で、子会社の上位ランクとして出向させることで、大幅な裁量権や決裁権を付与します。
これにより、安全欲求と社会的欲求を満たしつつ、自己決定感を高めることが出来るため、モチベーションを維持する事が可能となります。
なお、新規事業の実務担当者が事業部長や部長であれば、この方法を選ぶメリットはあまり無いです。
しかし、新規事業の実務担当者が係長や係長直前の一般社員であるケースも多いので、この方法を選ぶメリットが多々あります。
以下の図が、この方法のイメージとなります。

子会社化による裁量権付与のイメージ

まとめ

2回に分けて、「新規事業と組織と人事評価」をご説明してきました。
事業のライフサイクルが短い上に、不確実性が高い昨今の事業環境下では、スピード感(即断即決即実行)や小さな失敗の積み重ねによる軌道修正が、新規事業を成功させるためには不可欠です。
このスピード感や小さな失敗の積み重ねを許容するためには、新規事業を行う組織体系と、人事評価は切っても切り離せない関係にあります。
そのため、前々回ご説明した組織体系及び、今回ご説明した人事評価を参考に、新規事業に取組みやすい環境を整えて頂ければと思います。
最後に、どの様に制度設計したら良いのか?とお悩みの時には、お気軽にご相談下さい。

著:NS.CPA森本 晃弘

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