ゲームを買いにいく
ゲーム買ってと息子に言われて、よっしゃ分かったとゲーム屋に行くことになった。
もちろん昨今では買いに行くまでもなくネットでいくらでも無料で遊べるし、テレビゲームが欲しいのなら通販もできるし、古本屋にだって安く売られている。
そのような誘惑をかいくぐり、そこからさらにゲーム屋にわざわざ行くなんて、これは立派な家族サービスというものだろう。
まあ流行ってなんてないだろうからあんまり期待はしないが、けれどうまくいけば、当面の間は遊園地とか、大きいプールに連れて行けと言われる回数も減るだろうという思惑もあった。
しかし思いのほかゲーム屋は混雑しているようだった。
そこはハングライダーとかもできる、てっぺんだけ木々がすっかり切り倒された山の上にあって、車でそこへ向かっているときに遠くから見えるのだけど、すでに店の前に人がずらっと行列を作っているのだ。
ハングライダーがこんなに人を集めているというわけでもないのなら、信じられないことだけど、みんなあすこにゲームを求めて並んでいるのだ。
道中さびれた田舎道で、コンビニも信号もないし、すれ違うのはたまに鉱山へ行くトラックくらいなものだった。
途中まではスイスイ。でも山に近づいていくにつれ、高級車やスポーツ自転車、ウェアに身を包んだ家族連れなど、この辺ではあまり見かけないような人の姿も目立ってきた。
山道は一応舗装されていて、車のまま頂上まで行くことができる。
でも入り口へ行ってみると、その急斜面にはすでにズラッとどこまでも車が並んでいる。
これが頂上まで続いているとするならば、いったいどれだけ坂道発進を強いられるのだろう。
もちろん今はほとんどがオートマだけど、でもあまりに急な坂だし、ちょっと殺気が見えるほどの渋滞なので、こつんとぶつけでもしたら大ごとだ。あの列に並べばということだけど。
僕は車で向かうことは諦めて、山の麓の駐車場に止めて歩いて登ることにしたが、考えが甘かった。
そこもすでにいっぱいだった。
結局入り口から少し過ぎたあたりにずらりと路駐している他の車に混じって駐車し、そこから二人で登山道を歩いていく。
休日ということもあって親子連れが多かったが、なんだか老人会の集まりなのか集団のご年配や、身なりのいい中年の女性たちの姿も多い。
カップルや若い者たちは少ないように思う。まあ、休みにこんなところへゲームを買いには来ないだろう。
登山道は狭くて、僕と息子が並んで歩けるくらい。ここも人が多くて、僕の顔のすぐ前には、トレッキングウェアに身を包んで、それ用の杖をついたおじいさんがいる。
下りの人が来たら結構大変なことになるだろうが、そういうのがまったくないことからして、たぶん別のルートなのだろう。
中腹が休憩所になっていて、そこもたくさんの人で活気がある。売店の奥には軽食が取れる座敷になっているようだ。
酒でも出しているみたいで、とても山にいるとは思えないような、酔っぱらっているらしい老人たちが、どんちゃんと騒いでいる声が聞こえる。
息子が喉が渇いたと言うから自販機に行くと、値段が倍くらいになっている。
水は諦め何かないかとお店の中を見てみると、どれもみんな倍くらいで、ただオリジナル商品があったから(ドクダミアイスモナカ)、しょうがないからそれを買って息子に与えた。
でも彼は本当に喉が渇いていたらしく、モナカを渡しても良い反応はなかった。
それを見た店員のおばさんが、奥で水が飲めますよと言ったので、礼を言って座敷に上がって飲ませてもらった。
息子が美味しそうに水と、それからさっき買ってやったアイスモナカを食べ始めた。
なんだか時間がかかりそうで、僕は何気なく壁にいくつもはられたメニューを見ていた。
それによると、どうやらここでは打ちたての蕎麦が食べられるらしい。
脇には小さく日本酒のメニューもある。聞いたことのない名前で、この山の水を使って作られる酒ということだ。
蕎麦の値段は普通のお店と変わらなかったので、試しに一つ取ってみることにした。
五分くらいで蕎麦はやってきた。普通のざる蕎麦で、変わっていたのはつゆの色が透明に近いというくらい。自家製の山葵と新香と薬味、そばがきなんかも付いている。
僕はそんなに食べることにこだわりはないのだが、ここの蕎麦は確かにうまかった。
すごくシンプルなんだけど、喉ごしがよくて、流し込むみたいにいくらでも入る。水が美味しいのだろう。それからこの透明なつゆが、蕎麦の香りを引き立ててくれているような気がする。まさに山の恵みである。
運動したからということもあるが、息子も食べたそうだったので、食うかと水を向けてみると一も二もなく食らいついて、そのままぺろりと平らげられてしまった。
おしんこやそばがき、さらには蕎麦湯なんかも夢中で食べていた。
僕もそれを見てなんだかご飯が食べたくなったので、軽く新香セット(京都)というやつを頼んだら、その半分も食べられてしまった。
しば漬けとすぐき漬けがメインで、お茶漬けにもできる。塩加減が絶妙だった。小さな鮎がついてきた。
酒が飲みたくなった。
聞くところによるとこの酒は、この山でしか販売していないそうなのだ。販売といっても瓶詰ではなく、この茶店でのみ飲めるということなのである。
でももちろんそんなわけにはいかない。
我々はゲームを買いにきたわけだし、その酒を飲んで、帰りはタクシーとか他の交通機関を使って帰る手もあるが、僕らはまた山を登らなければならないのだ。それに酔ったままあの行列に並び続けるというわけにもいかないだろう。
よし、じゃあゲームを買って、それでもまだ飲みたかったらここに戻って酒を飲もう。
そんなことを考えていると、どうやら僕の様子に何か思うところがあったらしい、近くにいた老人が、帰りは違う道を通るから、この酒を飲むチャンスはこれが最初で最後だと耳打ちしてくれる。
そんな商売ってあるだろうか。これでは来客にとっては蛇の生殺しだし、お店にしたって飲まれないのだから一文の得にもならない。
だが、と老人は言う。「代替えがきくんですぜ」
つまり、僕らの代わりに行列に並んで、ゲームを買ってきてくれる人がいると言うのだ。
「あんたらは待っている間ここにいて好きなものをたらふく食べればよろしい」
「いや、でも帰りの車がありますから」
「いやいや、運転代行までやってくれるんでさあ」
なんたる良心的サービス。
それで僕はその老人に案内され、僕らの代わりに列に並んでくれる人を手配した。
つれて来られた若者が息子に向かって、ゲームはこの時間ではもう残りが少ないということで、『はかはか』か『こわごわ』くらいしか残っておらず、何にするかと聞いてきた。
でも息子は『パクパク』がいいと言って譲らず(たぶんこのお店の食べ物で食に目覚めた)、結局それを第一候補にして、ダメだったら『こわごわ』、それもなければ今日は出直すということになった。
若者はひょいひょいと前を歩く老人たちを抜き去りながら、急こう配を猿みたいに登って行く。
僕らは座敷に戻り、酒とらっきょうの甘酢漬けと筑前煮、息子はニシンのかけそばを頼んだ。
そして心の片隅で、ゲームが売り切れならば、来週またここへきて同じことができるなと思った。
帰りはちょっと車まで行くのが大変だろうけど、あとは寝ていれば勝手に送ってもらえるだろう。
僕は心行くまでお酒を飲んで、ゴロゴロと具の大きい、味のしみた筑前煮を食べ、それからカリカリとらっきょうを頬張った。
段々うとうとしてきた。傍らでは、周りの大騒ぎの喧騒と一緒に、息子がうまそうに蕎麦をすするズルズルという音が聞こえてくる。
たまにゲームを買いに行くのもいいものである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?