ブルドック退治

 ブルドック退治に出かけた兄が帰ってこない。きっと襲われて監禁されているにちがいない。

「あいつら、顔が怖いからね。噛みつく力も半端なさそうだね」

 なんて夫の康則は、ブランデーを飲みながら言っている。まったく本気になんてしていないのだ。

「じゃあなんで兄さんは帰ってこないのよ」

 相変わらず電話はつながらないままだ。
 あいつらなら兄のスマホを奪って、さんざん悪用しかねない。
 ペットショップのサイトなんて見つけでもしたら、次々とメスのブルドックを呼び寄せるなんてことも朝飯前だろう。

「帰りにパチンコにでも寄っているんだろうよ」

 なのに康則はそんなことばかり言って、まったく相手にしてくれない。


 こんなことなら、孝則と結婚しておけば良かった。

 彼なら私の不安を自分のことのように思ってくれたに違いない。

 でも、だめなのだ。結婚には相性というものがあるのだ。

 孝則は、私のことを大事に扱ってくれる。でも、それが私には束縛になってしまう。毎日毎日ケーキなんて食べられないだろう。
 それと同じように、日常とか継続性を取るなら、私の相手は康則で間違いない。この思いは今も変わらない。
 結婚前にさんざん悩んだことではないか。


 ピンポーン


 アマゾンの配達員が来た。

 頼んだ覚えはない。
 康則も怪訝そうな顔をしている。

 荷物を受け取る。兄宛てだ。
 食品とある。送り主は、どこかの店からのようだ。

 兄には悪いけど、中を開けてみる。

 高級ドックフードが三つ入っている。

 私はすべてを理解した。
 やはり兄は捕まったのだ。
 ドックフードの配達先を変え、私たちに窮状を伝えてきたのだ。
 
 私は康則を見る。それみたことか。


「た、孝則に電話するんだ」

 我々の日常は壊れてしまったのだ。ペットフード一つで。

 言われるまでもない。私はスマホから孝則を呼び出す。

 彼が来てくれるなら安心だ。


 電話をかける私の横顔をしきりに夫が気にしているのがわかる。
 そこに用件以外の感情が少しでも含まれていないか、気が気ではないのだ。

 だがもうすべてが遅かった。


 ほんの少しでも彼の態度のなかに兄を助けるそぶりが含まれていたならこうはならなかった。
 
 彼の無慈悲な態度は、そのまま己に帰っていく。亀裂のようなわずかな隙間。たがこれは、宇宙空間で手を離すようなものだ。
 もう私は彼の方へ手は伸ばさない。
 現実は彼を遠くへと連れ去っていくだろう。

 不思議と私はこの原因を作ったブルドックを恨む気持ちはなかった。

 だからやっぱり、私たちはいずれこうなっていたのだろう。



  

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