スカイフック(漁師の嫁2)

「この前崇さんと3人で釣りに行ったでしょ」

 私はうんと相槌を打ちつつ、マカロンの上蓋を取ろうとする。
 何度も挑戦しているが、うまく剥がせたためしがない。接着剤でも塗っているのではないだろうか。

 かえでは続ける。

「あのとき、すれ違った男の人がいたじゃない。赤と青のチェックの長靴をはいた」

「知らないわね」
「赤いパジャマみたいな服を着て」
「それがどうしたっていうの?」
「ううん。いいの」

 妹はパフェのクリームをスプーンの先でちょっとすくって、口に入れる。


 困ったものだ。
 この前はライブ会場で見かけた、段ボールで作った大きな剣を担いだ人をそんな感じで気になっていると言っていた。

 ほどなく彼女はそのライブ会場を買って、日がなずっと出入り口を監視していたのだ。

 でも結局段ボール箱の想い人はこなかった。
 彼女は姿をくらまし、見つかったのはパルテノン神殿の上だった。そこでうずくまり、震えながら泣いていたのだ。

 今回はどうなるだろう。国際宇宙ステーションや火星なんかも捜索の視野に入れておいた方がいいかも知れない。

 ただ、あの彼が着ていた服は、私がデザインした漁師ブランド服の受注限定生産のものだ。
 あの色の組み合わせを買ったお客様を調べれば、彼がどこの誰かというのは相当数絞り込める。

 でも私はそんなことおくびにも出さなかった。

 かえでは、跡取りとしてウチのグループを引っ張っていける人をもらわなければならないのだ。


 そんな姉の思いとは裏腹に、彼女は水産会社の買収を企て始めた。
 私も父も、そんなことお見通しだ。手は打ってある。

 買収は失敗し、妹は水産関係から出入り禁止を食らった。
 それでも彼女はめげなかった。今度は自分の漁師ファッションブランドを立ち上げ、続々と新作を発表して海外を中心に売り上げを伸ばしていった。

 それでこの前、とうとう意中の男から注文が入ったのだという。
 彼の乗った船がフランスに停泊したとき、買い物ついでに服を予約していったのだ。さすがに止めようがなかった。

 かえではすぐ男のすべてを調べ上げ、その翌日にはヘリで海上へ向かって行った。

 まったく。
 何から何までやることが私と同じ!

 そこまでの経緯を伝えるメールの最後はこう締めくくられている。


 お姉さま。私、告白をするわ


 すぐ電話をしたけれど、妹がでることは一向になかった。

 その夜、私は崇からの定時連絡で、ある船の上空にヘリがやって来て、甲板でマグロと記念撮影していた乗組員をフックにかけ連れ去って行くという事件があったことを知った。

 それは海上史上二例目のことで、何を隠そう創始者はこの私だ。

 もう2人の結婚は秒読みだろう。

 この後、彼女がどういう行動に出るのか分かっている。
 会社を買ってしまうのだ。自分の物にさえしてしまえば、その会社や私や父に怒られないから。

 だから私はすでにその会社を買っていた。
 事件の三日後、思った通り妹の代理人と思われる人物から、会社を言い値で買いたいという旨の連絡が来た。

 私はあくまで事務的な返事をし、日にちを決め、話し合おうということになった。


 義母から電話がかかってきたのは、そんなときだ。

「たか子さん」

 なんだか様子が変だ。怒っているような感じがしたけど、でも私は生ラーメンだって作れるようになった。
 卵だって割れるし、その際に液が少し手につくのも我慢できるようになった。
 義母に怒られるようなことはなにもやってない。

「明日の話し合い、私も同席しますから」

 どういうことだろう。

「話はかえでさんから伺いました」

 かえでったら、義母を味方につけるなんて!
 でもこれはいかに崇の母と言えども越権行為だ。ビジネスだし、私と妹のことに首を突っ込んでほしくない。

「お義母さま。それはできません」
「どうして?」
「これは私の家のことですし、私はあの会社のオーナーなんです」


「私もたか子さんのお義母さんだべさ」


 家柄こともあってか、義母は私たちにどこか遠慮していた。私もそれに気づいていた。   
 だから越権行為なんて言葉がでてしまったのだ。

 もし順番が違って、私とかえでの立場が逆だったら?
 父と妹の前に立つ義母の背中はどんなに頼もしいと感じただろう。

 私は何も言えなかった。

 

 
 

 結局妹は義母に見守られ私と父に謝り、意中の相手と結婚する許しももらった。

 やっぱり、お義母さんには敵わない。

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