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【著者による寄稿文公開】近刊『確率的シミュレーション』

2023年12月中旬発行予定の新刊書籍、『確率的シミュレーション』のご紹介です。
発行に先立ちまして、著者の大久保先生にご寄稿いただきました。ぜひご覧ください。



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確率的シミュレーションを、これから学ぶ読者へ

わたしたちは、日々、頭のなかでシミュレーションを繰り返している。もし締め切りに間に合わなければどうしようか。こう言ったら相手にどう思われるだろうか。こんなときに未来を予測して、対応策を用意する。宇宙探査機がトラブルに見舞われ、絶体絶命。そこに、こんなこともあろうかと! と繰り出される秘策に感動を覚えたりもする。

まだ見ぬ出来事を予測すること、現象の詳細を再現して調べること。予測は現在と未来との差を知ることで、再現は生じた現実と知りえた可能性との差を埋めることだ。差を知ることと埋めることはどちらも大切で、その手段の一つが計算機を使ったシミュレーションである。現実のモデルを作り、計算機のなかで再現する。

「でも、現実は複雑だから、完全な予測や再現は不可能では?」

そのとおり。だからこそ、現実の一部分だけを切り取って、ほかの部分が生み出す曖昧さや不確実さを確率に押し込めてしまう。確実な予測は無理でも、傾向を予測することはできる。それを可能にするのが、確率的シミュレーションである。

たとえば株価が上昇しそうだと予想する。そのときに、どのくらいの幅をもって変動しそうか、という情報も大切である。未来はこうなる、しかも、このくらいの確率で。予測した未来の確率が高ければ、より攻める姿勢になれるかもしれない。また、確率的シミュレーションは、現実には実現できない状況が起こる確率を見積もるときにも役に立つ。たとえば、いくつかの絶滅危惧種の保全に取り組んでいるとする。絶滅する確率を見積もることは、対応策の優先順位を決めたり、保全を世界に訴えかける力強さにもつながる。けれど、実際に絶滅してもらっては困る。だからこそ、計算機のなかで何回も予測を繰り返し、確率を計算する。

本書は、確率を使ったシミュレーションの入門書である。コイン投げやサイコロ投げといった簡単な道具を使いながら、現実世界の確率的な現象を再現し、未来を予測する方法をたどっていく。入門的な範囲にとどめつつも、確率の数理についても触れる点が特徴である。シミュレーションを実行するだけなら、数理を知らなくてもよいかもしれない。けれど、数理を知ると、データの世界、とくに、いわゆる機械学習とよばれる領域とのつながりがわかりやすくなる。本書では題材を絞ることで、現象のモデル化、シミュレーションのアルゴリズムの導出から、データとの結びつきまでを、自然な流れで眺めていく。もう一歩、少しだけ深く学んでみること、これも現在の自分と未来の自分との、大切な差といえる。

また、確率的だからこそ注意したい結果の解釈など、筆者の経験に基づく注意点も記載した。ミクロとメゾをつなぐ数理など、少し発展的な内容にも付録などで触れている。自分が学び始めるときに、あったらよかったな、と思える本になった。

本書を入り口として、確率的シミュレーションと、その結果に基づく思考と議論が広がりますように。

埼玉大学 大久保 潤


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細胞内の化学反応、感染症の拡散、為替レートや生態系の変動など、さまざまな分野で実用されている「確率的シミュレーション」の基本を体系的にまとめた待望の入門書。

マスター方程式・確率微分方程式などの確率モデルの導出から、モンテカルロ法による計算方法とアルゴリズムの実装例、さらにデータから確率モデルを推定する方法までを平易に解説しており、計算の裏側にある仕組みが直感的に理解できます。

また、ひと通り理解した人や数理に関心のある人のために、付録や本文中の補足で詳しい理論にも触れているため、さらに深く学ぶことも可能です。
これから確率的シミュレーションを使う人のみならず、関連する分野の研究者など、確率的な現象を扱うすべての人におすすめの一冊です。

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【目次】
第1章 はじめに

 1.1 確率的に世界を記述することの重要性
 1.2 化学反応系・社会系・生態系・感染症・経済系の事例
 1.3 確率的シミュレーションの利点
 1.4 機械学習とデータ同化へのつながり
 1.5 階層ごとの適切な記述の選択
 1.6 本書での話の流れ
 第1章のまとめと補足

第2章 ミクロの世界の記述
 2.1 決定論的な記述の例
 2.2 確率論的な記述の例
 2.3 2変数系に慣れる:ロトカ–ヴォルテラ系
 2.4 記述に慣れるためのいくつかの事例
 2.5 役立つ数学的な記述方法
 2.6 発展的な議論のための準備
 第2章のまとめと補足

第3章 ミクロの世界のシミュレーション
 3.1 モンテカルロ法とは何か?
 3.2 コイン投げとサイコロ投げ:素朴なアルゴリズムたち
 3.3 コイン投げの再解釈:ギレスピーアルゴリズム
 3.4 サンプリング数と誤差の話
 3.5 アルゴリズムの高速化:ネクストリアクション法
 第3章のまとめと補足

第4章 メゾの世界の記述
 4.1 マクロからのアプローチ
 4.2 ランジュバン方程式と確率微分方程式
 4.3 多変数の場合の確率微分方程式
 4.4 フォッカー–プランク方程式
 4.5 ミクロからの導出の話
 4.6 ミクロからの導出の具体例
 第4章のまとめと補足

第5章 メゾの世界のシミュレーション
 5.1 決定論的な方程式の数値的な解き方
 5.2 確率微分方程式の数値的な解き方:オイラー–丸山法
 5.3 確率微分方程式のシミュレーションの実際
 5.4 ギレスピーアルゴリズムとの比較
 5.5 データから連続的な確率密度関数を描く方法
 第5章のまとめと補足

第6章 データの世界のことはじめ
 6.1 データ解析と機械学習の基本的な考え方
 6.2 最尤推定
 6.3 ベイズ推定
 6.4 統計量の「メタ」な見方
 6.5 最小二乗法
 第6章のまとめと補足

第7章 ミクロの世界での推定
 7.1 ギレスピーアルゴリズムの問題設定の再確認
 7.2 確率モデルの再訪とベイズ推定
 7.3 アルゴリズムの実際と数値例
 第7章のまとめと補足

第8章 メゾの世界での推定
 8.1 データ同化の考え方
 8.2 記号の整理と問題設定
 8.3 粒子フィルタの概要
 8.4 アルゴリズムの実際と数値例
 第8章のまとめと補足

あとがき

付録A 必要な数学の道具立て
 A.1 テイラー展開
 A.2 ベクトルと行列の基礎
 A.3 デルタ関数
 A.4 確率変数と確率過程
 A.5 確率の基本:確率分布と確率密度関数
 A.6 期待値
 A.7 ベイズの定理
 A.8 いくつかの重要な分布
 A.9 連続確率変数の変数変換
 A.10 大数の法則と中心極限定理

付録B 疑似乱数に関する補足
 B.1 一様乱数とサイコロ投げ
 B.2 逆関数法

付録C ギレスピーアルゴリズムの経路積分的な導出方法
 C.1 常微分方程式の解について
 C.2 ブラケット記法の導入と形式解
 C.3 経路積分によるギレスピーアルゴリズムの導出

付録D 速度定数が時間的に変化する場合
 D.1 計数過程と再生過程・ポアソン過程について
 D.2 ポアソン過程の性質
 D.3 変数変換を利用したアルゴリズム
 D.4 シンニングアルゴリズム

付録E 確率微分方程式からのフォッカー–プランク方程式の導出
 E.1 伊藤の公式
 E.2 フォッカー–プランク方程式の導出:その1
 E.3 クラマース–モヤル展開
 E.4 フォッカー–プランク方程式の導出:その2
 E.5 クラマース–モヤル展開を用いてミクロからメゾを導出
 E.6 数学的補足:伊藤積分とストラトノビッチ積分

索引

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