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誰も興味のないことだけど

考えなかったら楽かもしれない。でもそれを考えずに過ごす自分を想像すると、「そんな人生面白いのかな」なんて思う。

考えなかったら気疲れすることもないかもしれない。けど、それを考えて体を動かす自分が意外と好きなのかもしれない。

考えたって明日が大きく変わることは無い。世界を揺るがす大ニュースになることも、きっと無い。僕たちが日々考え悩むことは、多くの人にとってはどうでもいいことなのだ。そしてそのどうでも良いことに、自分なりの答えが出せたとしても(それがたとえ自分にとっては画期的で、革新的なものだったとしても)、大抵の場合、その答えに誰かが興味を示すわけでもない。

夢や希望や目標、もしくはそれを叶える手段や目的、さらにはそこに付随する過程。自分の在り方、理想の姿。常日頃設計し、崩壊し、また組みたて直す。

組み立てた後は、これから歩むべき道を照らす明かりが眩しいほど見える。崩壊した時は、重たくて気の狂うような絶望的な音が聞こえる。

そんな深く考えないでいいとか、そんなの考えたって仕方ないと言われる時もあるけど、考えない方が逆に難しい。そして考えない自分は、あまり好きではない。

隙さえあればモヤモヤしたものを抱える自分を、「フラフラしてる人」と捉える人もいれば、「そんなこと考えてるなんて面白いね」と言ってくれる人もいる。

離れていく人もいれば、ずっと自分の変化を見届けてくれる人もいる。

最近は後者、つまりは色んな側面や顔を持つ自分を受け入れて寄り添ってくれる人の存在を、濃く意識できるようになった。

だからこそだ。

自分の中に存在する色んな側面を、もう少し出してみようと思う。ここ数ヶ月間更新が途絶えていたnoteでも、自分の日々の頭の中や意識の変化を、また記録していこうと思う。

僕を見てくれてる人が近くにちゃんといるとわかった今、もう少し素直に自分の言葉を書き記してみようと思う。

ここに書いてきたことだって、今さっきまで下書きで留めておこうか迷っていた。久々すぎて正直何をどう書けばいいかも分からなかったけど、書きたい!という気持ちだけで手を動かしてみてるだけ。まとまってもないし、僕のことを知らない人が読んでも(いや、知っている人が読んでも)、全く面白いと思える文章ではないと思う。でも、公開してみることにする。掴みどころない、抽象的なものを抽象的なままで書いただけのこのメッセージを。

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