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戯曲「天使は瞳を閉じて」88年初演版

最近、映像になってない、昔の芝居の戯曲を読むのが楽しい。
一ヵ月以上の時間をかけて、どんなに素晴らしい舞台を作り上げても、幕が降りたら跡形もなく消えてしまう演劇というメディアで、唯一後世に残るのが戯曲なわけで。その戯曲を読み、配役を見たりしながら、当時どんなふうに演じられたのか考えるのが楽しくて仕方ない。 

というわけで、88年の初演版の「天使は瞳を閉じて」通称「天使」の戯曲を入手しました。
…自分で思うけど、ここまで来たらマニアです。戯曲マニア。薄々気付いてはいたけど。
天使だけで、今回買った初演版、イギリス公演時の英語版と日本語版、クラシック版と4冊。…どれだけ集めりゃ気が済むんだ。

再演のイギリス公演バージョンはDVDで観ましたが、初演の「天使」は映像になってないので、内容を知るのは今回が初めて。
普通は初演を先に観てから、再演で変わったところを観るのだけど、今回は逆バージョンですね。

最初にびっくりしたのは、オープニングがハッシャバイのラストの群唱から始まってること。これ結構好きな台詞なので個人的に感動。
鴻上さんはハッピーエンドのその後を描く人だとよく言われる(自分で言ってる)し、天使自体、人間になった天使2の「その後」を描く作品なわけだけど、天使2だけじゃなく、ユートピアを追われた人間達の「その後」の話でもあるのだなあと。

初演と再演で、一番大きく異なってるのはチハルの立ち位置や造詣。というか、再演ではナオカという別の役に置き換えられている。これはおそらく再演時には若手の利根川祐子さんが演じたので、役をやや縮小して新たに書き直したのが原因だと思うのだけど、正直いって再演ではぼんやりしていまいちつかみところがなかったナオカの輪郭が、初演では結構しっかり作り込まれているのが分かって面白い。
移り気すぎて恋も仕事も長続きしない、やりたいことも見つからない…という感じのチハル(ナオカ)。再演バージョンでは、ナオカちゃんは太郎のことが好きなのかな…?でも太郎にとってナオカは子供すぎて恋愛対象にならないんだろうな…という程度にしか描かれてないのだけど、初演版のチハルはかなり露骨に恋多き女として描かれている。序盤で新婚のユタカと火遊びしたかと思えば、途中から太郎に近づき始め、それをまた太郎が清々しいほど完璧に袖にしていて、でもそのチハルがラストシーンでは太郎の隣に立っている意味も、初演版では結構はっきりと示唆されている(再演ではナオカは太郎ではなくトシオの隣にいる)。

そのほかマイナーなところだと、再演ではマスターのお店では働いてるテンコちゃんが、初演では自営業で「天使商店」なるお店を始めてて、これはもしかして「天使昇天」にかけた言葉遊びか?と思ったり、マスターが自分が元天使であることをかなり早い段階でテンコちゃんに打ち明けていたり、その二人が「貯金がないなら天使の羽は200万で売れるぜ」などと生々しい「元天使トーク」をしていたり。

あと、マスターがある狙いをもってトシオにだけ飲ませたコーマエンジェル(再演ではエンジェルトランス)がなぜ効かなかったのか、衝撃の種明かしがされていて、この台詞だけでたっぷり3分ほど笑い転げました。そういう理由かよ!
あと、ケイちゃんが絵について太郎と話すシーンで、太郎がケイにオファーする役が、再演では「たぬきの結婚式の、たぬきのお姉さん役」なんだけど、初演ではまさかの「ゾウリムシの結婚式のアオミドロ代表」。…これはヒドイ。身も蓋もなくヒドイ。。ひどすぎてこれまた笑ってしまった。

ケイ、ユタカ、マリの三人と天使1は、初演と再演で人物造詣はほとんど変わってない。
太郎とトシオは、それぞれの人物造詣も関係性も、初演と再演では微妙に異なっている。良いコンビだった二人が徐々にすれ違って悲劇に至る大筋は変わらないのだけど、太郎の溢れる才能に対してトシオが劣等感や反発心をいだく過程や、それぞれの人物描写は再演のほうがもっと掘り下げられているように感じました。
初演での太郎は「仕事に生きる男」を絵に描いたようなタイプで、でも実は自尊心の低さや不安と闘っている…といった造詣なのだけど、再演の太郎はかなりオトナになっていて、太郎の人懐っこさや懐の深さといった人間的な面と、プロフェッショナルであるが故の、仕事に対するある種の厳しさという二面性がうまく描かれている感じ。
トシオはその「仕事としての厳しさ」の部分を受け入れられずに太郎に反発し、徐々に確執を深めていくのだけれど、もともとは友達思いで優しい性格だったはずのトシオが、権力を得てしまったことで徐々に暴走してゆく姿もやはり再演のほうが丁寧に描かれている。
マスターは全体的に初演版のほうが毒舌でおバカです。
あと、アキラの原型を作ったのは京さんだったんだなあと、初演台本を読んで妙に納得しました。再演では新感線の河野まさとさんが演じられてますね。

「天使」って、鴻上作品にしてはかなりウェルメイドな印象だったのだけど、初演を見るとかなり第三舞台らしさも満載で、再演時にギャグやネタの部分がやや削ぎ落とされて、物語性がより強くなったんだなあという感じでした。

あと時代を感じたのは、太郎が仕事に呼び出される手段が、再演ではポケベル→携帯へと時間の経過とともに変化していくんだけど、88年版では最初は呼び出しじゃなくて太郎の時計のアラームが鳴って、自ら仕事に戻るという設定でした。まだポケベルすらない時代だったのね。
しかしまあ、初演から30年以上経ってもいまだ色褪せない物語って、ほんとに素敵だなあと改めて思いました。

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