見出し画像

「Be yourself~立命の記憶~Ⅱ」第9話

天空のバー

エビの釣り堀を後にした私たちは、最終的に大きな高級ホテルに到着した。

いや、その前にニノが家に行くっていうから、金さんに言われた通り、『いいんですか?』って意味が分かってない私が棒読みで言うと、「犬に餌やるだけだから、ロビーで待ってて」って言われたのとか、
その後、また昨日と同じ居酒屋に行って、ニノの彼女から電話がかかってきたから写真を撮って送ったりとか、
別に色気も何もなく、そんな期待とかは無かったんだけど。

居酒屋を出たら、また昨日と同じスナックに行こうとするから、さすがに私はニノに言った。

「ねぇ、日本からわざわざ来てるのに、二日も同じ所連れて行かなくてもいいじゃない?」

で、ニノがうーんと考え込んだ後、思いついたように「あ、あそこ行こう!」とタクシーに乗って着いた先が、この大きなホテル。

どうしよう。

***

釣り堀の後、タクシーで一旦家に戻った俺は、自分の彼女がまだ家に居た事にちょっとうろたえた。
「女と居るんでしょ」と言った彼女に、受け取っていた化粧品のパンフレットを見せて、「仕事だよ」と答え、「心配ならいつでも電話していいから」と言って家を出た俺。

これ以上は何もできねーな、とちょっとしたガッカリ感はあったが、昨日と同じ流れで、居酒屋行って、カラオケでもして、ホテルに送り届ければいいと思って、ホッとしたのも本音だ。

案の定、電話が鳴って、写真送れって言うから素直にお店の人に撮ってもらって、送った俺。

で、居酒屋を出る時にアイさんに言われた。

「ねぇ、私、本を書こうと思ってるんだけど、あなたの事モデルにしていい?」
「・・・本名でお願いね。」
「もー、出たがりなんだからー。ハハハ。」

この時は、何の事だか、まったく分かってなかったからノリでそう言っただけだった。

なんとなく階段を降りる時にエスコートして、軽く手をつないだ事にちょっと浮かれていた俺は、当然またカラオケで良いと思っていたのに、だ。

「ねぇ、日本からわざわざ来てるのに、二日も同じ所連れて行かなくてもいいじゃない?」

言われてみたら、そうだな、と、頭を抱える俺。店のレパートリーそんなにないんだよ。

で、女の喜ぶ所、って考えた結果、マリオットホテルの屋上に連れて行く事にした俺。

***

ロビーのエントランスの車止めにタクシーが止まると、ドアマンがドアを開いてくれて、 そこは街中の雑多でカオスなタイとは別世界。
洗練された、高級感のある内装の、広い通路を歩く私たち。
壁沿いに背丈ほどの大きな花瓶が3つ並び、大きなユリの花がぎっしりと生けてある。

彼は私の手を軽く引き、エスコートしながら、エレベーターに乗った。
指先だけが繋がった状態で、静まり返ったエレベーター内に居る私たちに、ちょっとだけドキドキしちゃったのは事実。

でも、到着して降りると、もう一度、別なエレベーターに乗り換えて、更に上へ行った先でそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。

深い紫の内装のエレベーターは、一番上までの直通のようで、最上階に到着したエレベータの扉が開くと、右に自動ドアがあり、その角に階段があった。
赤く光るブラックライトで照らされたスタイリッシュな階段を昇ると・・・そこには絶景があった。

バンコクの中心で360度市内を見渡せる、とても高いビルの屋上。しかも空との吹き抜けになっていた。
高さは200m以上はあるのだろう。空の中にぽっかりと浮かんだ円形のバーは、まるで屋根の無い宇宙船ようにバンコク上空に佇んでいる。
まさに、天空のバーだった。

すごい・・ここ、すごい・・・。

感激している私は、席に案内され、何を飲むか聞かれた。
私はワインだったら何でもと伝えて、空を見上げた。 彼は、私の飲み物と自分の飲み物を頼んでくれたみたいだったけど、私はもう、空に夢中だった。

私の五感は、全開に花開いていたと思う。空間の全てを自分の身体に取り込みたいような、そんな気持ちになった。

「私、はたから見るとちょっと変な格好の人になってもいい?」
「いいよ。」

私は、椅子に横向きに座って、そのまま両手を後ろに持っていき、ガラスのついたてに寄りかかった。
真上を眺めると空が見える。地球の丸さを十分に感じ取れる開放感。
曇り空のおかげで、空に、穴の空いたフカフカの絨毯が敷き詰められていて、立体的に見えるのが深夜の時間ならではの楽しさだった。

***

ひたすら空をずっと見上げている彼女に、俺は言った。

「上見て何が面白いの?」
「面白いよ、見てごらんよ。地球丸いよ。」

俺は空を見上げた。

「あ、ホントだ。丸い。」

しばらく曇り空を見てた俺。 晴れてたら、星が見えるハズなんだけどな、と思って俺は言った。

「晴れてたらもっと綺麗なんだけどね。」
「曇りでも十分キレイだよ。」

と彼女は言った。 まぁね。
空の美しさに見とれている彼女。そんな彼女に見とれている俺。
黙っているとなお美しい。

飲み物が届くと、彼女は、起き上がって座り直し、ワインを一口飲んだ。
俺がちょっと見栄を張って頼んだ、一番高い赤ワインが抜群に美味しい事に、感激している様子だった。
こんな美味しいワイン置いてるなんて、良いお店だねって、彼女が言ったから、俺は言った。

「ここ、俺が女口説く時に来るところ。」
「え。」
「あなたは口説かないけどね。」
「もうっ、ビックリした。」

ホッとしたような顔をする彼女に続けて言った。

「一人で考え事する時とかも来たりする。もう少し早い時間だと客も少なくて、夕陽が綺麗なんだよ。」
「あー、良さそうだね。」
「で、ここで一人で夕陽見ながらビール飲んでる俺、どう?」

俺は、カッコイイでしょ?!って思ってたのに、

「あなた、自分大好きだね。」

って、・・・ずーん。違う。
いや、まぁ、それも当たってるかも知れないけど、見透かされてる感じがした俺は何も言えなかった。
フフフ、と笑う彼女は急に大人びて見えた。俺は、もう、何も隠せないな、って思った。 心が繋がっている感じがしたんだ。

***

「かっこいいね」と言われたかったんでしょう?もう分かってるよ。フフフ。
もう、心が繋がっている感じがした。 言葉が無くても、私、彼の気持ちを感じ取る事が出来てる気がした。
空に近い分、何か目には見えない力に、動かされていたんだろうか。 彼のお母さんからの、魂のメッセージを受け取った私は、彼の魂とも繋がる事が出来るような気がした。

そうか、私達はたぶん、ソウルメイト(魂の友達)なんだね。魂が繋がっているから心を通わす事が出来るんだね。

そして、また、色んな事を聞いた。
彼が仕事で辛かった時の話もしてくれた。 心臓が止まりそうな、頭の中でサーッと音を立てて血の気が引くような失敗をした時の事。 彼は目に涙を浮かべながら、「あの当時、眠れなかったもんね・・・。」 と言った。

私の心が傷んだ。この時、彼の心と私の心はリンクしていたと思う。私には、言葉で言われなくても彼の気持ちが、そのままダイレクトに伝わっていた。 自然と、「辛かったね。それは本当に辛かったね。」 という言葉と共に私にも涙が滲む。
だって、彼の心が辛かったと叫んでいたから、そうだったんだね、としか言えなかった。その時は、ただ、彼の心に寄り添う事しか出来なかった。

後で、考えても、分かるよ。 一人で様々なプレッシャーと闘いながら、どうしたらいいか、色んな考えがひたすら頭をかけめぐり、眠れなくなること。

自分のプライドや立場から、相談する相手も見つからず、途方に暮れてしまう事。経営者って、そういう仕事だ。
この時は、彼に寄り添うべきだと、私の心が主張した。後になって、改めて、彼に伝えるべき事があると思った。

そういう時は、こうすればいい。

【頭の中を紙に書いて整理すること】
【心を開ける人に正直に相談をする事】

私は、今回の旅の使命に気付くのに、紙に書く事から始まった。そして、最初に相談した、自分の会社の二人の仲間が居た。
私、日本に帰って会社に行ったら、まずは二人を順番にハグしよう。そして私は二人の事が大好きだと伝えよう。

社長は、時間の代わりに、お金を払う。 従業員は、お金の代わりに、時間と労力を提供する。 ただ、それだけの話だ。 漢字を見ると、いかにも社長が上で、従業員が下のような字面をしているけれど、その漢字は適切では無い。
会社が大きくても、小さくても同じだよ。 私の会社の二人は、私にとって、たぶん親友なんだ。 もし、この会社が無くなったとしても、私は二人とはずっと友達だろうな。 そして、親友は、「お互いを裏切らない」から「信用できる」。

その後、彼の仕事に対する思いや、熱意を聞いていた。最初に聞いた時とは違う、彼の仕事への心からの想いが私の心にダイレクトに伝わった、 その瞬間! 私、未来が見えた。 あ、彼、成功する。

「もう、これ以上何も言わなくてもいいよ、あなた成功する、成功するよ。私見えたもの。」

彼にも、私の気持ちはダイレクトに伝わったのだろう。 彼は何も言わずに、頷いた。

最後の夜

風が強くなってきた、ルーフトップバー。

一度、席を立っていた彼が、戻ってきて言った。

「そろそろ行こうか。」
「あ、うん。」

もうたぶん遅い時間だし、このままホテルに戻るんだと思った。 私のほうは、なんとなく、まだ淡い想いを抱いたまま。

お会計になんか時間が掛かっていたので、私は自分のクレジットカードを出そうとしたけど、 彼がいいよ、いいよ、と止めたので、私は、本当にありがとう、と言って、また空を見上げた。

私達は相変わらず、エスコートする時の指先だけを少し握った形のまま、 エレベーターを2回降りて、タクシーを拾った。

「あなたのホテルに戻るよ。」
「うん。」

時計を見ていないから何時ころかは、分からない。夜の 10 時?0時前?
車内は急に静かになり、軽く触れているだけの指先の温度を意識すると、心臓の音が強くなりそうで怖い。 あぁ、これでもうお別れなのね。彼はホテルの前でどうするの…

と、その時、彼に電話がかかってきた。

***

夢の中に居るような心地よさを、台無しにした呼び出し音に、俺はカチンときて、電話に出るのと同時に怒っていた。
そして、いつまでもラチのあかない会話を止める為に、電話を切って、隣の彼女に言った。

「今から彼女のところに行こう。」
「はぁ?」

俺は、運転手に行き先を伝えてから、説明した。

「散々、色々言ってるから、じゃぁ連れて行くから会ってみろよ!って言ったんだ。」

見たら、分かるだろ。 なんもやましい事なんかしてねーって事がさ!

「いや、だって、今、何時?」
「0時過ぎだね。」
「イヤイヤイヤ、帰るでしょ、遅すぎるでしょ。」
「明日大丈夫だったらだけど。」
「イヤ、そういう問題じゃないよね。彼女に会ってどうすればいいの。」
「会えば納得するでしょ。」

あなたが浮気なんてするつもりないんだって分かるだろ。俺がちょっと期待しちゃっただけでさ。

「え?は?どういう意味?全然分からない!」
「だから会えば分かるでしょ。」
「イヤ、ごめん、全然分からない!」
「とにかく会ったら分かるはずだから。」
「いやー、分からない!ていうか、とにかく今のこの顔で会うわけにはいかない!」

***

会ったら殺されそう。

「じゃぁ、どっちがいい?帰る?行く?」
「えーと、今何時?」
「0時過ぎ。」
「うーん・・・。」

この時の私の心情としては、0時過ぎならこのままホテルに帰りたかった。
でも、このまま帰ると、彼女からは、逃げやがったな、と思われる・・・。
そうなると、たぶんもう二度と彼とは会えなくなるだろう。 それは悲しいし、いい友達ではいたいんだよ・・・。 と考えていたら、彼が言った。

「あ、もう着くよ。」

タクシーが、減速して歩道につけようとしている。
私は、焦って言った。

「ハァ!?!?イヤーちょっとちょっとちょっと!」

ダメだ、時間無い。

「よし、分かった!じゃぁ、私、今から女社長に戻るからね!よろしく!」

首に掛けていたオレンジの花柄のストールを、旅用のもっさい黒のバッグにさっさとしまう。その日の服装は黒一色のロングワンピースだったから、黒の斜めがけバッグを持つと全身真っ黒だ。
このバッグが、もっさいから、ダサさを演出できるくらいのつもりで、耳に付けていた花びらの形のイヤリングも取って、バッグに仕舞った。
手際のいい私。

ドアが開いて降りると、止めたタクシーの後方5mくらい先に、彼女、待ち構えていました。笑顔で。

「コンニチワー!」

おぉ、こんなに離れているのに、ピリピリした空気を感じるよ。怖い・・・。 しかし、そこは、敏腕女社長の私、さすがでした。
速攻で、満面の笑顔対応。もう、私から走り寄ったよね。 そして第一声。

「カワイイ~!!わーお、超カワイイですね!!あなたなのね!」

ってね。 そして、彼女を抱きしめた。 感情がバレないように、隠している私は、心臓がバクバクしていたから、ハグする時に胸が触れ合わないようにした。

「ごめんなさい、遅くまで彼をお借りしていて。私、久しぶりだったのでとても長く話していて、時間を忘れてごめんなさい。」

そして、彼女の顔を見て、私は、

「あ、日本語、大丈夫ですか?」

と聞いた。彼の声が後ろから少し聞こえる。

「あ、彼女、日本語大丈・・」
「ワタシ、スコシ、ニホンゴダイジョブですー。」

同時に彼女も答えた。 私は、笑顔で言った。

「あぁ、良かった!」

そして、真面目な顔で、

「それにしても、あなた本当にカワイイですね。本当よ。超美人!」

彼女は、少し照れている顔をした。 本当に美人だったんだけど、その後、微笑み返された大きな瞳の中に、ものすごい殺気を感じる・・・。

その彼女に、腕をがっちりと組まれ、人混みの中を歩き始めた。

沢山の車のクラクションの音とライトの光が交差する街中、深夜のバンコクは人混みで溢れていた。
人をかき分けながら、角を右に曲がって 10m 程歩くと、右側に大きな建物があった。広い駐車場を抜け、建物の1階のガラスの扉の前に来た。

私は、ここ何?と思って彼を見ると、

「ここはタイのクラブね。」

と彼が言った。 彼女が扉を押し開ける。

建物の中に入ると、ビリヤード台が置いてある。深夜のバンコクでたむろするタイの若者が数人といった印象だ。表通りよりも、まったくもって人が少なくなり、音楽も流れて無い。ガランとした空気が漂っていた。
すると、やっと彼女の腕が離れた。

1階の奥に黒い扉があり、防音扉らしく、厚ぼったいビニールのような質感になっている。その扉の前に、彼女の友達らしい女性がいた。
彼女は友達に手を振ると、扉のほうに駆け寄った。
友達の女性が重そうな扉を引いて、全員で中に入ると、セキュリティ担当の、でっかい男性が、私と彼の腕にスタンプを押した。
目の前の真っ暗な階段に光が漏れている。クラブ特有の、ドッドッドッドドドッドッドッドドと音のこもったベース音が響いていて、全員で階段を昇ると、段々音が大きくなってきた。
一番上までたどり着いたら、そこは舞台に幕の貼られた広いクラブの空間だった。

で、舞台の前に、丸テーブルが3つくらいある。その内の2つのテーブル周辺に女の子達が6,7人くらい居て、踊っていた。

私が彼女に紹介されて、彼女の女友達が代わる代わる挨拶に来る。
「これは〇〇ちゃん、カノジョ、ニホンゴデキマスー」とかそんな感じで。 それがわらわらわらわらどんどん寄ってくるのだ、私に。
あっという間に、5,6人の女の子達に囲まれた。

で、その女友達の一人に腕を引っ張られ、私はニノとは違うテーブル周辺の前に連れていかれた。ヘーイ、ダーンス!みたいなジェスチャーをされて、あぁ、ええ、と頷くものの、イマイチ乗り切れない。

ニノのほうを見ると、突っ立ってスマホをいじっている・・・。

私は、ニノのテーブルの近くまで行き、大音量の音楽で声がかき消されないように、彼の耳元で言った。

「これ、お酒とかどっかに貰いに行けばいいの?」

すると、女友達が数人、わらわらと寄ってきて、私の腕をぐいーっと引っ張り別なテーブルに引き戻された。
そこにニノの彼女がやって来たので、殺されたくない私は先手を打って話しかけた。

「そうだ、あなた妊娠してるかも知れないんですって?おめでとう!私、子供3人いるのよ、子供大好きなの!」

私は母ですー、敵ではないので殺さないでー、って作戦です。
1日目の居酒屋で、ニノから聞いていた話をここで思い出すとはね・・・。
嬉しそうに微笑む彼女に、更に話しかけた。

「私たちは、あなたが心配するような関係ではないです。心配しないで。安心して。何もしてないよー。」

そこで、ニノが私に声を掛けてきた。

「送るよ。」

えぇ、はい。出来れば御願いいたします。とっととお願いします。

***

俺が、アイさんをタクシーで送っていくと伝えると、彼女は自分も行くと言って譲らなかった。
クラブを出た俺たちは、通りの反対側からタクシーに乗り、アライズホテルに向かった。
タクシーの中では、彼女がアイさんに、自分が本命の彼女なんだって事をつたない日本語でずっと説明していた。
アイさんは、相槌を打つ度に、「知ってるよ、彼はあなたを愛しているよ」「あなたの事を沢山聞いたよ、のろけててめんどくさかったよ」と、かなり盛った状態で俺のフォローをしていた。

ホテルに着いて、俺宛てのお土産を部屋に取りに行ったアイさんを待っている間、俺は彼女に対して、俺を信用していない事について、だいぶ怒っていた。かなり強い言い方で彼女に文句を言ったもんだから、とうとう彼女は泣いてしまった。

そこにアイさんが、場違いなテンションで戻って来て言った。

「お・待・た・せ~!」

彼女が泣いているのに、気付いたのか、そこに触れずに明るく続けて言う。

「タラーン!はい、ではお土産の説明をいたしますよ!はい、まずは鹿児島のかるかん!彼女と一緒にどうぞー。」

と俺に渡し、

「はい、そんでー、これは彼女によー。私の会社の化粧品ね、使い方はこのパンフレット、彼に読んでもらってねー。」

と彼女に渡す。

***

「あとは、リクエストのあったおつまみでーす。説明が必要なのは、これー。」

と、箱ごと日本から持ってきたリードのクッキングペーパーシートを彼女に渡す。

「これをお皿に敷いてね、これを乗せるの。えーとどれだどれだ。」

がさがさと袋を探す私。あったあった。チータラ。

「このチータラをですね、このクッキングペーパーの上に並べて、電子レンジで1分、または2分チンしてね。とっても美味しいのよ。」

泣いていた彼女が笑顔になった。良かった。

「あとは、他にもおつまみ色々ー。はいどーぞー。」

と、でっかい袋の取っ手を持って、彼に渡した。 さ、使命は果たした。
それでは、と二人が立ち上がって、私も立ち上がった。
私は感謝を込めて、彼女にハグした。 ありがとう、会えて良かったわ、と。
いつか、東京にも遊びに来てね、とも言った。彼女は「Tokyo!」と言って嬉しそうだった。

本当に幸せになってね、とも伝えた。私ちょっと涙ぐんでいたと思う。
そして、ほんとにお腹を大事にしてね、take care, take care と何度も言った。そして、そう考えるとなんだか彼にも怒りが沸いたので、「もっと彼女を大切にしろ!Take care for her! Take care for her!」 と訳の分からない英語を叫んでいた。

そして、彼女のほうに、本当にありがとう。幸せになってね、とまた伝えた。で、ニノのほうを向くと、ハグの準備してる。嬉し恥ずかしそうに。

彼女は、ハグしていいわよー、どうぞー、と英語で言っている。私は、その顔を見て、バカヤロウ嬉しそうなのが丸出しだよ、彼女に失礼だろがー、と思って、彼の肩を叩いた。
でも、彼女は ok,ok ハグしなさーい、と言っている。

彼がハグの体制のまま待っているので、 私は「もう、しょうがないわね、この男ったら」というような表情で、ごくごく自然に軽くハグをした。ポンポンっと軽ーく。

そして、じゃぁ、またね、本当にありがとう!と伝えて、私はエレベータのボタンを押した。
帰る二人の背中を眺めている間にエレベータの扉が開き、乗り込んで閉じるボタンを押した私。
扉が閉まると同時に、大きく、深いため息と独り言が出た。

「は~ぁァァァ。疲れたぁ・・・・・。」

その夜、私は、複雑な報われない思いを抱えたまま、シャワーを浴びて、バスローブを着て、ふて寝した。

第10話に続く
↓↓↓

#創作大賞2023

この記事が参加している募集

恋愛小説が好き

サポート頂けるなんて、そんな素敵な事をしてくださるあなたに、 いつかお目にかかりたいという気持ちと共に、沢山のハグとキスを✨✨ 直接お会いした時に、魂の声もお伝えできるかも知れません♪ これからもよろしくお願いします!✨✨