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老人力とYMO

高橋幸宏さんと坂本龍一さんが亡くなったことで
いくつか追悼番組などがあがっている。

その中でNHKの「スコラ」を再度みた。
今から10年ちょっと前くらいかな。
まだ教授はがんが見つかる前くらい。

YMOって一度散開して、再びまた活動もおこなっていた。
全盛期のころは私は高校生でもっとも音楽を吸収していた時代なので
影響モロかぶりだった。
YMO周辺の音楽もたくさん聴いた。

それだけでなく、教授や細野さんが勧める音楽も聴くことが増えて
いろんな音楽の幅が広がった。

「スコラ」を改めてみると、
この三人はものすごい音オタクだったんだなあと感じる。
話している内容ははっきりいってよくわからんところもあるけど
テレビということではあるが、夢中で音についての話が止まらん感じ。

幸宏さんの追悼番組みてたときに
同世代で音楽の価値観が似ている人に出会うことなんてほんと少ない、
貴重な仲間という話をしていたのが印象的だった。

ほんとうに好きなものを共有できる人というのは実は少ない。

私が学んでいるハコミセラピーのトレーニングで
共鳴の共有というのをやることがある。
自分はこう感じている。これに共鳴できる人はいますか?
と聞いて、共鳴できる人はまず受け取り、それ以外の要素について話す。
人は必ずこの部分は共鳴できるけど、ここは違うという面がある。

なかなか本当にまったく同じように共鳴している人は少ないのだ。

音楽が好きといってもどんなことが好きなのか、
興味があるのかは随分幅広い。
音楽家にとっては同じバンドとかだと、
かなりその方向性や興味がかぶらないと
継続していくのは難しいといえる。

YMOの3人が「スコラ」に出ていたときはもう60歳越えたくらいかな。
それでも音楽へのあくなき好奇心はつきず、
延々と話せそうなくらい夢中になっている。
細野さんが自分が年とってくるとだんだん音楽と戦わなくなるという話をしていて、年をとってからでないと味わえない音楽との付き合い方があることにわくわくしている感じが伝わる。
それを「老人力」(笑)と言ってたけど。

昔、日本で「老人力」という言葉が流行った。
若い人の間では急に物忘れしたときに
「出たー、老人力!!」とか言って笑っていた。
しかし本当の意味での老人力は年を取ってからじゃないと
できないこと、味わえないことの力なんだと思う。

私自身もこの年になって昔やってた仕事の在り方と
今とではかなり違う。
単純にいろんな学びを積み重ねて熟練されたということかもしれないけれど
年をとったからというのもあるような気もする。
年をとって、感じるのは
「ゆとり」だ。
物質的なものではなく、時間に関すること。
もしかしたらいつまでたってもゆとりがない人もいるかもしれないけれど
まず年とってくると物理的にスピーディーに動けなくなってくる。
すると一日にできることは少ないかもしれないけど
物事を少しスローに見れるようなっているような気がする。
時間がかかることに慣れ、待つことができるようになる。
そうするとまたあらたに見えるものがある。

それと若いときほど
別のことにエネルギーも取られなくなってくるのも大きい。
結婚、子育て、いろんな役割、関係性・・。

人は必ず若いときはこうだったが、
今はそうでもなくなったということがあるはずだ。
それでも人を若く保つものがある。
それが「好奇心」だ。
YMOの三人にはそれがずっとあった。

いくつになってもこんなことを知りたい、学びたい、やりたい
というのは持っていたい。
60になってはじめて学ぶことは
20代から学んでいる人に比べると積み重ねが全然足りないけれど
学び方や咀嚼の仕方は違うんじゃないかな。
人生経験が学んでいることに反映してくるから
そこが強みにもなる。

漫画「海が走るエンドロール」のうみこさんは65歳で大学に入って
映画を作り始めた。
その彼女が自分の強みについて考えた時に
自分がこれまで生きてきた経験なんじゃないかと思い始める場面がある。

たとえこれから学ぶことだとしても
今までの人生経験を経た自分に加わっていくものだから
若いときには得られないものを感じる可能性も大きい。

老齢にさしかかったYMOの三人を見ていて
そんなことを思った。

もうこの三人で話している姿を見ることはできない。
残念でしかたない。

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