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コロナで「人災」を生んではいけない

新型コロナウィルスの「感染者数」が更新を続けている、と日々報じられています。

ネットや新聞、テレビで報じられる、これらの感染者数という「数」に不安や恐怖を感じ、神経を尖らせている方も多いと思います。

しかし私はこれらの報道に、少し違和感を感じています。


1.陽性者数と感染者数は異なる

まず、報道で伝えられている「感染者数」は、実際には「PCR検査の陽性者数」です。(以下、厚生労働省HPご参照)

「PCR検査の陽性者数」と「新型コロナウィルスの感染者数」は異なります。PCR検査はインフルエンザやその他の要因でも陽性となる可能性があります。

だから、「PCR検査の陽性者数」 > 「新型コロナウィルスの感染者数」です。


今年はインフルエンザの感染者数が劇的に減っているという話もあります。

新型コロナウィルスの感染対策が、インフルエンザの予防になった面もあるかもしれません。

しかしそれでもって、インフルエンザの感染者が例年の0.3%以下になることが本当にあり得るでしょうか。

PCR検査は陽性であるものの、新型コロナウィルス特有の症状(味覚や嗅覚の異常)が見られないようなケースがあります。

これは実は、インフルエンザ感染者の一部が新型コロナウィルス感染者としてカウントされている可能性もあるのではないでしょうか。


日々、報じられている「新型コロナウィルスの感染者数」が本当に正しい値なのか。

数値で判断することは大切ですが、中途半端な数値はむしろ「害」になることもあり得ます。


2.コロナ関連の数値のみが「見える化」されている

新型コロナウィルスの感染を収束させるため、人の移動や会食等の制限を強化すべきとの意見があります。一方、そうすると経済がダメージを受けて、それに伴う死亡数の方が大きくなるのではないか、との意見もあります。

これを正しく判断するためには、コロナ関連の死亡数だけではなく、他の要因の死亡数や死亡総数の変動も併せて見ることが必要です。

しかし日々、コロナ関連の数値のみが大きく報道され、その数値だけを基にした議論・検討が多く行われています。

マスコミは基本的に情報を刺激的にしたいものです。その刺激でもって多くの人をひきつけ、販売部数や視聴率、クリック数を得ることが商売です。

だからコロナ関連の数値のみを刺激的な形で報道する。

その刺激によって多くの方々が「不安」や「恐怖」を感じ、反射的・感情的な意見が出てしまっている面もあるように思います。


3.不要な苦しみを生まないために

数値を見るときに、短期的な変動を見るか長期的な変動を見るか、という違いもあります。

「経済を回し続けたい」というのは、長期的な観点でもって数年規模・数十年規模で考え、今一時的にコロナの死亡数を抑えたとしても、結果的に経済の崩壊でもって死亡数が増加してしまっては逆効果だ、という考え方だとも言えます。

政府も本当に国民を守るために「経済を回し続けたい」と思っているならば、たとえ支持率が下がろうとも非難を受けようとも、そのことをはっきりと述べ、説明を尽くして、(陽性者数次第で若干の調整をしつつも)実行し続ければ良いのではないでしょうか。

しかし現状は支持率次第で方針を変え、「経済を回し続けたい」というのも自らの支持団体・利権を守るための行動であるように見えてしまいます。

新型コロナウィルスを指定感染症の2類から5類に変更するという話も消えてしまいました。これも5類に変更することで「新型コロナウィルスの脅威を甘く見た」と批判され、支持率が低下するのを恐れてのことではないでしょうか。

その結果、一部の医療従事者の方々に大きな負担がかかり続けています。


医療従事者の方々、飲食業界の方々をはじめ様々な方々が、今回の新型コロナウィルスの影響によって、「人災」とも言えるような形で苦しんでおられます。それでも皆、感染を抑えるために必死で耐えておられます。

にもかかわらず、政治家が「自分のために」保身に走ってしまったら、国はバラバラになってしまいます。

菅首相が基本的に経済を優先したいと思っておられ、しかし昨年末の陽性者数の増加を見て、若干の方針変更をされたというのは、個人的には理解できるところです。

ただ苦難に際し、国民の心を一つにできるかどうか。そして恨みや怒りの思いではなく、感謝と助け合いの思いで皆で進んでいけるか。

政治家というものは、そのためにまず己自身がまず無私となり、その姿でもって国民全体にメッセージを発していくことが必要ではないでしょうか。


政治家にそういった姿が見られない今、私たち国民は何をすべきでしょうか。

政治家に対して意見を持つとき、「彼らは特権階級だ」という意識でもって、妬みや僻み、疑い、怒りの思いが入り込みやすいものです。

また、国民同士の間でも、自分とは異なる意見、行動をとる人に対して、不満の思いを持ちやすいものです。

そういった思いに「感染」してしまい、互いに互いを批判してバラバラになってしまってはいけません。

ある意味、新型コロナウィルスよりも恐ろしい「感染症」があるのです。

人は団結すれば、恐怖よりも強く、賢い。
恐怖に振り回されずに、正しく知り、正しく恐れて、
今日、私たちにできることを、それぞれの場所で。


マスクを強いられている子どもたちを見ると、本当に申し訳ない気持ちになります。

もっとのびのびと遊びたいだろうに。

大きな声で笑いたいだろうに。


今、大人が保身に走ったり、互いにケンカして分裂している場合ではないように感じます。

「コロナのおかげで、皆が一つになることができた。」

私たちの思いと行動次第で、そのように感謝できる日を迎えることも可能ではないでしょうか。


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