【短編小説】宇宙人になった息子
私は今、夜空を眺めています。ある日の息子との会話を脳裏に浮かべながら、星々がさざめく、涙が出るほど美しい夜空を眺めています。
それは十二年前、息子の翔太(しょうた)が小学四年生だった頃の話です。
学校の先生によると、翔太は『ちょっとみんなと違う子』らしく、母子家庭なのも相まってか、同級生からちょっかいを出されることがよくありました。でも、当の本人はと言うと、この日だってお気に入りの消しゴムを真っ二つにされたというのに、「みんな俺のこと好いとっとばいね~」とへらへらしています。いつもそんな調子なので、私も「人気者たい」と、心配する素振りは見せないようにしていました。
「お母さんはさ、生まれ変わったら何になりたか?」
翔太は大好きなオカルト番組を観ながら、夕飯の支度をしている私にそうたずねました。番組の中でそんな話題が出たのでしょう。私はしばらく考えました。
「鳥がよかかな。空ば飛んでみたか」
「えー、普通やん」
私の回答を待ちわびるように顔をじっと見つめてくるものですから、なんとも当たり障りのない答えを半ば咄嗟に口にしたところ、普通と言われてしまいました。
「じゃあ翔太は何になりたかと?」
「宇宙人」
翔太は即答しました。彼らしいというかなんというか。そう思いました。
「へー、宇宙人になって何ばするつもりね」
私がたずねると、翔太はしばらく黙り込んだあと、口を開きました。
「地球ば侵略するっさ。侵略してさ……」
翔太の目が少し赤らむのがわかりました。ぱちぱちとまばたきを繰り返すので、私が「どがんした? 痒かと?」と聞くと、鼻をじゅるりとすすって言葉を続けます。
「地球ば侵略して、誰も泣かんでいい星にするっさ……!」
翔太はそう言った途端にわんわんと泣き出しました。その時、私は理解しました。翔太は耐えて、耐えて、耐え続けていたのです。限界を迎えた胸の奥のダムはついに決壊し、濁流が溢れ出したのです。私はただ、抱きしめることしかできませんでした。つらかったねとも、ごめんねとも言えず、どれだけ理不尽な目にあってもやさしさを手放さない翔太を一晩中抱きしめることしかできませんでした。
明日、翔太が三年ぶりに帰ってきます。
翔太は現在、ブイチューバー? というものになっているそうです。『イケボ星人・星宮(ほしみや)ソラ』として地球を侵略中なのだとか。変わったのか、変わっていないのか、よくわかりません。私はちょっと心配ですが、今生きていてくれているだけで十分です。
あの日は言えませんでしたが、私は生まれ変わっても翔太の母でありたいと思っています。明日、そのことを翔太に伝えてみようかな、なんて考えてしまいますが、それはさすがに気持ち悪いでしょうか。
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