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【読書感想】文学に支えられてーロイド・ジョーンズ著『ミスター・ピップ』を読んで

ロイド・ジョーンズ著 大友りお訳 白水社 2009年出版

 書評に取り上げられていたらしく、これから読む本リストに挙げられていたので、読んでみた。

 ニュージーランド生まれの作家。ブーゲンヴィル抗争と呼ばれる事件が背景となり、一人の島に住む少女が主人公となっている。白人の先生からディケンズの『大いなる遺産』の物語を聞いて、それに魅せられ、大人になってから研究者になるまでの過程が書かれている。この主人公となっている少女は実在する人なのかと一瞬思ったくらい、フィクションかと思う小説である。白人と黒人の関係、島を襲うレッド・スキンとの抗争、娘と母親の繋がり。キリスト教徒である母が無神論者である白人の先生と常にピリピリした関係を保っているのだが、母は、最後には彼が殺された真実を語り、殺されてしまう。信仰を別にする白人と黒人の譲れない関係を書きつつも、その彼が殺された出来事に対して、神に誓って勇敢に証言して殺されてしまう母の姿は、とても大人の人間関係の複雑さを思う。娘はそんな母のことを、「ジェントルマン」だったというが、女性の毅然とした態度にもまさにふさわしい言葉だと思う。それがその少女が『大いなる遺産』を読んでいくうちに、先生に教えてもらったことだった。

 後半にその少女が大人になってから、先生から教えてもらったディケンズの研究者なって、ニュージーランドにいって先生の元妻を訪ねるシーンがある。そこで先生の若き頃の姿を知るんだが、彼女はそれでふと、先生だった姿はもしかして彼の演技だったのかもしれない、と思う。そういう自分が大人になってから、子どもの頃に接した尊敬する大人の事情を改めて知ると、すごいと尊敬していた大人が小さく見える瞬間がある。今となっては本人に確かめるすべもなく、予想するしかないのだが、こういう事情があったのかな、と考える少女が成長した姿は、ちょっとせつなかった。年をとる、ってこういうことのような気がした。

 ある南の島に住む黒人の少女が、イギリスの国民的作家ディケンズに魅了されるという設定に、なんだか始めは違和感があったが、そこに新鮮味があって、自分たちには未知なる世界がある、と子供は思ったのかもしれない。町の風景、聞いたこともない仕事の名前。大人になった少女がイギリスを訪問するシーンは自分が聞いてきた小説の世界を確かめるようだった。

 文学というものがある一人の少女の生きる支えになり、それと共に生きていく姿が見事に描かれた小説だった。


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