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【読書感想】SFという言葉の範囲に収まらないーーチョン・セラン著『声をあげます』を読んで

チョン・セラン著 斎藤真理子訳 亜紀書房 2021年出版

 図書館の棚見てたらあって、タイトルに惹かれたので、借りてみた。

 SFというジャンルに入るらしいが、読みやすい。韓国文学における「SF」といわれるものって、アメリカのSFというジャンルとは全然違くて、どこか独特の道を歩んでいっているような気がする。韓国文学はどことなく「純文学のなかのSFよりな作品」て感じ。抵抗感なく読める。そもそもSFというものが、早川書房に代表されるサイエンス・フィクションという分野を開拓していったような感じがして、では、韓国文学におけるSFはという話になると、これは独自の純文学に続く道を歩んでいると、私は思った。

 チョン・セランさんの著作はこの一冊含めて、全部で三冊の連作になっているらしいが、歯切れのいい短編集。

 表題作「声をあげます」という話は社会的、政治的問題にもつっこむかたちになっていて、ただのサイエンスフィクションではなく、読者に問いかけるものがある。先生として働いていた人が声が原因で人殺しや反社会的な行動する生徒が現れたと言われて、国に拘束されるのだが、つれていかれた先は、いろんな原因で人を殺人においやってしまう力が備わっている人が隔離されているとこ。そこで、結局、一人、なぜか他人に不思議な影響を与えてしまう人がやってきて、その人にみんな惹かれるのだが、次々と病気にかかるので、その人を脱出させてあげようとする話。

 なにが原因で人は犯罪を侵したりするのかはわからないが、それが、ただ、声が原因で、とか言われるだけで、拘束されるなんと不条理な社会が書かれていて、こういう人が捕まるのは非現実的だけど、もしかしたら、現実にこういう声を、人に犯罪を犯させてしまうような原因になる声を持っている人はこの世に存在しているのかもしれない、と思ってしまう。声だけじゃない。他愛もないことが原因とされて隔離されている人全員、なんだか、なさそうで、ありそうな理由で、こういう人が実在すると言えると思うし、そういう人たちを国が率先して隔離しているとこも、なんかありえそうと思ってしまう。そういうとこが、韓国文学がとてもSFという範囲に収まっていない感じがする。

 また、「小さな空色の錠剤」という短篇は、認知症のために開発されたこの空色の不思議な錠剤を飲むと、記憶が鮮明になるので、受験勉強などに使われ始め、人々が重宝しはじめるのだが、結局、数年後に、その薬の副作用として、記憶がおかしくなる、ということが発見されて、国がおかしくなっていく話。日本と同じように、良い大学に進学出来たら良い仕事に就けるという神話をいまだに抱えている韓国ならではの社会問題を主題にした作品だ。なんていうのか、韓国文学はこういう分かりやすさがある。それは日本の二の舞を韓国が歩んでいっているというわけではないと思うが、日本の文学の世界で問題提起できなかったことが、いとも簡単に、さっぱりとした素材としてこうした作品になっているような気がした。

 韓国の現代文学は、とても読みやすい翻訳がされている。斎藤真理子さんのおかげなのだろうか。斎藤真理子さんの功績はとても大きい。


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