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絵本研究についてー『トミ・ウンゲラーと絵本』を読んで

今田由香著 玉川大学出版部 2018年出版

 児童書、とりわけ絵本についてなにか研究書がないか調べていてこの本に出会った。絵本をランダムにとりあげて紹介する本や、母子関係について、あるいは翻訳家の生涯についての本は多いのだが、絵本研究はなかなか少ない。「研究」として成り立っている書籍を読んでみたかった。

 この本は、作家の生い立ちから、トミ・ウンゲラー美術館の紹介、作品分析、などと、絵本研究のできることが一通り行われている本で、研究書というより読み物として読みやすく構成されていた書物。

 しかし、作品分析は、かなり細かい。一ページずつ、なにが描かれいてるか、分析してある。でも、絵の分析はいわゆる美術でのディスクリプションとは違い、研究者の感情が入っている分析というか、思い込みとも読み取れるのではないか、といった記述が多かったように思う。

 一番、疑問なのは、なぜ児童書はこうも作家論と精神分析論を踏まえた研究にされやすいんだろう、といつも思う。作家の生い立ちは重要だが、それが研究のベースになるのは、私は文学研究やっていたときから、どうも違うように思っていた。しかし、ウンゲラーなどあまり知られてない作家は幼少期の思い出などは大事なことだろうとは思う。思うけど、そういうこと以外の研究ももっとされてはいいのではないだろうか。

 絵本の枠の使用のされ方の研究は、ちょっとマンガ研究にもつながるな、と思った。私が、マンガ研究と結びつけてなにか絵本研究したい、と思っていたのは、まさにこういうことで、マンガのコマやフレームと結びつけて論じられたら、もっと面白いだろうな、と思う。

 絵本の枠については、言葉と絵の相互依存、とくに緊張をはらむ関係性を表現する方法のひとつと著者は述べており、ジェーン・ドゥーナン『絵本の絵を読む』"Looking at Pictures in Picture Books"1993 という人は、「どのような枠で囲まれるかによって、枠の中の絵が、見る者にもたらす心理的な意味あいは変わる」とし、著者は枠の三つの機能を述べる。1.情報を整理する 2.異なる世界を閉じこめる 3.枠の存在自体がメッセージとなる。確かにこの本を読了後、ウンゲラーの絵を見てみると、どれも枠が丁寧に描かれている。まるで、藤田嗣治が自分の絵に丁寧に額を作ったように、遊び心さえ感じられる。心理分析で絵を描く療法をやっている中井久夫も、患者に絵を描いてもらう時、四角く枠を書くと患者が自由に絵を描きやすくなると言っていた。絵と枠の関係はあるようだ。

 「撞着語法」という反意語を組み合わせる修辞技法を用いたキャッチコピーで読み手を引きつけ、常識にとらわれなあたらしいイメージを作り出していったと著者は言っている。「その方法は「ステレオタイプ」や「型」を活用した彼の物語絵本の作り方とも共通する。」

 ウンゲラーの絵本はどれも型がある。世の中のステレオタイプをあざ笑うような、社会を風刺するようなニュアンスさえある。そういった彼の作品をくまなく研究されている書物だと言いたい。


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