欺瞞的なタイトル。
『「ひきこもり」の30年を振り返る』という本(ブックレット)がある。
読んでいないからこの記事はレビューではなく、タイトルに対する突っ込みであることを最初にお断りしておく。
この本の発刊は2023年8月である。
つまり、この本が出た30年前は1993年、ちょうど私が不登校業界の大ボスと喧嘩して※不登校界隈を追い出された年だ。
もしその本が1993年以前のことに言及してしまったら、当時の不登校業界が、今でいう大人のひきこもりと対立し、排除していた現実が、白日の下に晒されてしまう。
だから「30年」というのも、これまた絶妙な切り取り方をしたものだ、とつくづく感心する。
今日のひきこもりを取り囲む現状からは信じられないことだが、わたしが不登校支援者と繋がろうとした当時(1989年~)は、今でいう大人の引きこもりの人が何等かの主張や発言をすることは、当時の現役の不登校当事者の子どもたちの人権を侵害するものとされ、糾弾され、発言することを封殺された。
で、その当時の大人のひきこもりを迫害していた当時の不登校支援の関係者が、いつのまにか手の平を返していて(ちょうどわたしを追い出した直後ぐらい?か)、それが今日にまで続く大人のひきこもり支援の主要な流れに繋がっている。
それは、ある人達にとっては希望であり救いかもしれないが、少なくともわたしにとっては悪夢だ。
追い出しなんかをするぐらいなら、最初から(わたしが働きかけていた時点で)大人のひきこもりを素直に受け入れてくれればよかったのにと思う。
現在、ひきこもり支援で活動する当事者とやらも、わたしより後から来た人達で、それら迫害者たる当時の不登校支援者の息の掛かった人たちだ。
そう考えると、彼ら不登校・ひきこもり支援者の振る舞いは、偽善的ですらあると思う。
そういう欺瞞的な30年を振り返るという意味では、このブックレットを読む意味はあるのかな、とも思う。◆
(2024.4.25)
※拙著『自閉女(ジヘジョ)の冒険』(2022),pp.140-144
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