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意識について4(量子論の観点から)

この投稿では、意識について量子論の観点から考えた物理学者の3つの説を紹介します。

量子論的な脳理論というのは、脳をニューロンの電気回路と捉える古典的モデルではなく、場の量子論や量子重力理論のミクロな観点から考えるものです。


「意識について1(脳科学の統合情報理論などの観点から)」では、意識について、統合情報理論を紹介しながら、脳科学(神経生理学)的に考えました。

その中で、統合情報理論では、統合情報量が自然数で表されるので古典的に捉えられているけれど、ダブリン大学・トリニティ・カレッジの研究では、意識は量子的現象であるという実験結果が報告されているので、修正が必要だという意味のことを書きました。

当投稿では、それに答える可能性として、ロジャー・ペンローズ、梅沢・高橋、吉田伸夫の説を取り上げます。


ペンローズは、量子力学の立場から、人間の意識的な知性がアルゴリズムを超えていることが、量子的現象であることの証拠だと考え、マイクロチューブリンというタンパク質で量子的現象の収束が起こると推測しました。

梅沢・高橋、そして彼らを継承した治部・保江は、場の量子論の立場から、意識の物理的実体を隠れ光子のボーズ・アインシュタイン凝縮体であると考えます。

吉田伸夫は、場の量子論の立場から、意識の本質を、量子論的な多次元性にあると考えます。


ペンローズの量子脳理論


意識を量子現象だと主張した一番有名な物理学者は、ノーベル賞物理学者であり、20世紀の物理学を代表する天才の1人である、ロジャー・ペンローズでしょう。

ペンローズは、一般相対性理論が専門であり、ブラックホールの特異点定理の証明や、事象の地平線の提唱者としても知られています。
また、ループ量子重力理論につながるツイスター理論でも知られています。

ツイスター理論については、下記を参照ください。

ペンローズは、「皇帝の新しい心(1989)」、「心の影(1994)」などの書籍で、意識が量子現象であると論じました。

まず、彼は、人間の意識的な知性には、非計算的(非アルゴリズム的)な要素があると論証しました。

ですが、もし、ニューロンの神経ネットワークが古典的物理法則で書けるとすると、それは計算可能なものになります。
ですから、意識の物理的記述は、量子論によらなければなしえません。

ペンローズは、波動関数の収束は計算不可能なプロセスなので、意識の本質はこれが関係している、と考えました。

つまり、量子的な重ね合わせの状態は、「前意識的プロセス」であり、波動関数の収束が起こる時にそれが意識化され、収束が次々起こることが意識の流れであると考えるのです。


そして、ペンローズは、量子力学の理論では、波動関数の時間変動プロセスと、収束のプロセスが結び付けられていないので、意識を解明するためには、両者を包括するような新たな理論(量子重力理論)が必要であると考えました。

ペンローズは、一般相対性理論が専門なので、波動関数の収束に関しても、時空構造の重ね合わせが維持できなくなって、自己選択する過程であると考えました。

また、ペンローズは、細胞骨格の中心を占める微小官(マイクロチューブル)を構成するタンパク質であるマイクロチューブリンで、波動関数の収束が起こると考えました。
マイクロチューブルの構造は、マクロなレベルでの量子状態を維持するのに都合が良いからです。

そして、ニューロン間での量子状態の伝達には、シナプスのボタンに存在する分子(網状組織)が役割を果たすのではないかと考えました。
この分子は、面取りした二十面体で、高度に対称的な構造を持つからです。

ですが、微小といってもマイクロチューブルはマクロな存在なので、これが量子状態を維持することは難しいという批判もあります。


私見ですが、収束を即、意識と結びつけるのは、難しいのではないかと思います。
意識のある時だけ量子的現象が観測されたというダブリン大学の報告とも反対のように思います。


梅沢・高橋の量子場脳理論


「量子場脳理論」は、梅沢博臣、高橋康によって提唱され、治部眞里 、保江邦夫らが継承しています。
この脳理論は、場の量子論の立場から考えられたものです。

梅沢・高橋は、場の量子論の大家で、1966年以降、脳の記憶のメカニズムを場の量子論における秩序形成過程として捉える理論を展開しました。

場の量子論によれば、水は電気双極子(プラウとマイナスの電気がわずかに離れて配置されている物質)の凝縮場(マクロな秩序を持つ場)になっていいます。

そして、脳細胞の内外でも、水が脳全体につながって存在し、水の電気双極子の場によってダイナミックな秩序が作られています。

この電気双極子場の背後には、脳全体に広がる量子電磁場があり、相互に影響を与えあっています。

電気双極子場は、細胞核や細胞膜の近くにあります。
物質的な細胞も電磁場と相互作用しますが、これは電気双極子場として近似できます。

そのため、二人は、脳に2種類の量子場である、「コーティコン場(電気双極子場)」と「スチュアートン場(電磁場)」を考えます。
当然、脳内を飛び交う量子としての「コーティコン」と「スチュアートン(光量子)」も存在します。
そして、これらによって、意識や記憶の物理的メカニズムを説明します。


水分子の電子双極子が凝縮体となって秩序を持つことは、凝縮場が対称性を失うことです。
この時、「ポラリトン」と呼ばれる新しい南部・ゴールドストーン量子が生まれます。
これは質量のない量子で、電子双極子が失った回転対象性を回復するために、回転に関して自由に運動する量子となるので、空間を進行する量子ではありません。

ポラリトンは、スチュアートンと相互作用をしますが、ヒッグズ機構によって電磁場の中に取り込まれて、単独の量子としては見つからなくなります。
ポラリトンが「隠れ光子」に姿を変えるのです。

つまり、電子双極子の凝縮場として近似される物質のごく近くにだけ、質量を持つ「隠れ光子」が存在することになります。


人間にもたらさせる内外の刺激は、細胞骨格や細胞膜の中に作られる大きな電気双極子の形にまで変形されます。
すると、その近くの水の電気双極子の凝縮体(大きさは最大で50マイクロメートル)が形成され、これが安定的に維持されます。

これが記憶のメカニズムです。

ニューロンの電気回路モデルでは、記憶の容量の問題が難題とされていますが、ジョセッピ・ヴィティエロは、この凝縮体の記憶容量が無限大になることを論証しました。

そして、新たな刺激によって、同じ凝縮体のある部位の細胞の生体分子が再び電気双極子を持つ時、その凝縮体にエネルギーが与えられます。
すると、その中にポラリトンが発生し、「隠れ光子」となります。

これが記憶の想起のメカニズムです。


この運動によって、「隠れ光子」は、無限に入れ込むことができます。
これは進行波としての光ではなく、マクロに広がって凝縮体にまとわりつく特殊な光です。

この隠れ光子の運動が最低のエネルギー状態に落ち込んでいる場合は、それは「ボーズ=アインシュタイン凝縮体」です。

*ボーズ=アインシュタイン凝縮は、固体・液体・気体・プラズマとは異なる物質の第5の相と言われ、多数の原子が区別されずに重ね合わされて一つの波動関数で表される巨視的な量子状態です。ヘリウム4の超流動体もその一例で、一般的には超低温で存在します。

これは、一切の刺激がなくなっても、安定的に存在し続けます。

このように、意識・心の物理的実体は、この無限の隠れ光子のボーズ・アインシュタイン凝縮体であり、つまり、物質ではなく光なのです。


安江、冶部は、「物質から遊離して存在する一塊のものであるかのように意識できる」と書いているように、この隠れ光子のボーズ凝縮体は、一種の霊魂のようなものですが、肉体亡き後の持続性については語っていません。

また、隠れ光子のボーズ凝縮体は、現在のコンピューター上では再現できないので、意識を転送することは不可能です。


吉田伸夫の量子場脳理論


物理学者の吉田伸夫は、最新著「人類はどれほど奇跡なのか 現代物理学に基づく創世記」の中で、場の量子論に基づいて、意識について論じています。


吉田は、場の量子論が、原子論的な量子力学とはまったく異なる、場の一元論、波動一元論の世界観を打ち立てたことを強調してきました。

*詳細は下記を参照ください。

吉田は、新著の中で、場の量子論の考え方について、下記のように説明しています。

シュレディンガーの波動関数では、例えば、対象とする電子が2個になった場合、3次元空間が2つ必要になります。
つまり、電子の数だけ次元が増えるのです。

ですが、シュレディンガーは、方程式が示すものをそのまま受け入れることができなかったため、波動関数が電子そのものを表すという主張を撤回し、電子の確率的な振る舞いを記述する関数だと見なすようになりました。

ところが、場の量子論では、次のように、次元の増大が合理的に解釈されます。

すべての地点における粒子の場が、通常の3次元空間とは別の次元の広がりの中で量子論的に振動します。
その内部に閉じ込められた波が共鳴パターンとなる定在波を形つくるのがエネルギー量子です。
それぞれのエネルギー量子は、個々の剰余次元の小空間で形成された存在であり、場の波動が粒子的な状態になったものです。

ですから、例えば、多原子分子も多次元空間を持ちます。


吉田は、意識を生み出す神経ネットワークの活動である膜電位は、膜タンパク質を介してイオンが出入りすることによって生じるので、巨視的ではなく、量子論的な過程であると言います。

ですが、意識は、神経ネットワークの持続的な興奮の連鎖による反響回路によって生じる協同現象であるため、マクロな少数の秩序パラメーターで表現できるものとなります。


吉田は、意識を生み出す神経生理現象に関して、「刺激に対するパターンの複雑さ」、「ニューロンの興奮のパターンの複雑さ」、「各部位と連絡し合う集団的な興奮状態」と表現しています。
これは、「意識について1(脳科学の統合情報理論などの観点から)」で紹介した統合情報理論の考え方とほぼ同じです。

人間の意識を生じさせる神経ネットワークの現象は、各部位と連絡し合う複雑なパターンを持つため、量子論的に、想像を絶するほど複雑な空間的、時間的な構造となります。
それは、量子論的に桁外れに多次元的な存在なのです。

つまり、意識は、秩序パラメーターに支配された安定状態が持続する領域の中で、特に次元数が巨大な領域なのです。


そして、吉田は、意識レベルは、量子論的な次元数と相関すると主張します。

つまり、脳が、異質な情報を同時に処理するほど、興奮するニューロンが多岐にわたり、次元数も増えて、意識レベルが上がるのです。


*主要参考書
 
・「ペンローズの<量子脳>理論」ロジャー・ペンローズ他(ちくま学芸文庫)
・「脳と心の量子論―場の量子論が解きあかす心の姿」治部眞里 、保江邦夫(ブルーバックス)
・「人類はどれほど奇跡なのか 現代物理学に基づく創世記」吉田伸夫(技術評論社)
 ・WEB記事:人間の脳が量子力学的な振る舞いをしていることを示唆する結果が観測される – 意識の謎の解明に繋がることが期待

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