ツイスター理論とループ量子重力理論
「現代物理の自然観」に書いた文章を転載します。
「ループ量子重力理論」、「ツイスター理論」は、「超ひも理論」と同じく量子重力理論です。
「超ひも理論」には、時空を前提としているという問題があります。
ですが、「ループ量子重力理論」と「ツイスター理論」は、時空が生み出されるプロセスを解明する基礎理論であり、「万物理論」の構築には重要な意味を持つと予想されます。
「ループ量子重力理論」は、時空の最小単位があると考え、ループする運動のつながりである「スピン・ネットワーク」が時空を生じさせると考えます。
「ツイスター理論」は、「スピン・ネットワーク」を動的に拡張した理論です。
このページでは、ペンローズの「スピン・ネットワーク」と「ツイスター理論」、そして、「ループ量子重力理論」について、簡単に紹介します。
参考書は、
・「超ひも理論入門(下)ツイスターから究極理論へ」F・D・ピート(講談社ブルーバックス、原書は1988年)
・「ペンローズのねじれた四次元」竹内薫(講談社ブルーバックス、1999年)
・「量子宇宙の3つの道」リー・スモーリン(草思社、原書は2000年)
・「すごい物理学講義」カルロ・ロヴェリ(河出文庫、原書は2014年)
・「ループ量子重力入門」竹内薫(工学社、2005年)
です。
ペンローズのスピン・ネットワーク
ロジャー・ペンローズは、波動関数は実在するものを表現していて、量子力学には波動関数の収縮を引き起こす物理的なメカニズムが必要であると考えました。
また、量子系が幾何学を定義して、時空を生じさせると考えました。
そして、時空間は量子的な重ね合わせになっていて、重力のエネルギーが大きいほど重ね合わせが持続する時間は短くなり、収縮が起こると考えました。
ペンローズは、「スピノール」を最も基本的な存在と考え、それから出発します。
「スピノール」は、量子論における粒子の「スピン」の記述に利用する数学的対象です。
量子論で一番単純な数学的対象であり、また、相対性理論でも大きな役割を果たします。
スピン1/2の「スピノール」が2つ合わさるとスピン1の光子になるので、「スピノール」は「光の平方根」であり、光より根源的な存在だと言えます。
これは、ペンローズが、「点」ではなく、「ねじれた線」を基本としていると考えていることを意味します。
ペンローズは、「スピノール」をネットワークにした「スピン・ネットワーク」から空間が生じると考えます。
「スピン・ネットワーク」の算術演算のみから出てきた「方向」が、3次元ユークリッド空間の「角度」を生み出すのです。
そして、「スピン・ネットワーク」はなめらかにつながらないので、空間に曲率が生まれ、重力が生じます。
ペンローズのツイスター
「スピン・ネットワーク」は静的な性質を持つものであったため、ペンローズは、それを拡張して、直線運動を体現する「ツイスター」という存在を考え出しました。
そして、これによって、時空間を生み出し、素粒子とその内部構造や対称性を表現するような基礎理論を目指しました。
「ツイスター」は、「スピノール」を一般化したもので、「スピン」の特殊なペアです。
それは、ねじれた光の束、あるいは、光の渦巻のようなイメージで表現されます。
それは、無数の入れ子になったドーナツのようであり、ドーナツの表面には無数のねじれた輪があるような構造を持っています。
*視覚像は例えばこちらを参照 ↓
「ツイスター理論」は、ニュートリノが伝播する時に見る世界として記述されます。
それは、光速で飛んで左巻きに旋回しながら見る世界です。
「ツイスター」の定式化は、質量のない場から始めます。
質量は二次的な量だからです。
「ツイスター空間」は、3つの複素数で定義される複素空間です。
まっすぐなヌル・ライン(光線)から生み出された、同じ方向にねじれたその集まりから構築されます。
「ツイスター空間」の「点」は、時空での「線(ヌル・ライン)」になり、また、その逆も成り立ち、「線」が「点」になります。
この光速で動く質量のない粒子の世界は、長さには意味がない共形幾何学の世界です。
場の決定には微分方程式は不要で、「周回積分」で定義され、幾何学的特徴のみが問題となります。
質量のある粒子、場は、2つ以上の「ツイスター」の相互作用から生じます。
ヌル・ラインが相互作用を始めると、共形不変性が壊れて、質量が生じるのです。
「ツイスター空間」に重力子が生じて波動関数が収縮します。
そして、ペンローズは、波動関数の収縮は、「ツイスター間」のぶつかり合いやジャンプとして解釈できるのではないかと考えました。
「ツイスター」は時空全体に存在し、「ツイスター空間」の大域的構造が時空の局所的構造を決めます。
ホイーラーの湾曲した量子的空間
ジョン・ホイラーはプランク・スケールの量子的空間を、相違なる幾何学図形が重なり合ってできた雲のようなもの、あるいは、ブクブクと泡立ったものとしてイメージしました。
そして、1966年に、特定の湾曲した空間が観察される確率を表す「ホイーラー=ド・ウィット方程式」を見出しました。
これは、一般相対性理論の軌道方程式の一種です。
ですが、この方程式は、意味のない解が多数得られ、何を意味するのか分かりませんでした。
ウィッテンのトポロジカルな場の理論
アインシュタインの方程式の束縛条件は、なかなか量子力学に書き直せませんでした。
ですが、エドワード・ウィッテンの考えた「トポロジカルな場の理論」(1988年)の状態を使うことによって、自動的に満たされることが分かりました。
ウィッテンの「トポロジカルな場の理論」は、数学の「結び目」の理論に関わるジョーンズ多項式と場の理論を結びつけました。
「結び目」の理論における「結び目(ノット、ノード)」とは、輪(ループ)のことです。
そして、輪が絡みあったものを「絡み目(リンク)」と呼びます。
ウィッテンは、物理的な場(空間)がループと関係していることを示したのです。
また、ウィッテンは、2003年には、超ひも理論とツイスター理論を結びつけました。
彼は、ツイスター理論が超ひもの場の出発的になるのではないかと考えました。
ループ量子重力理論
80年代終わりに、リー・スモーリンが、完結している閉じた線(ループ)を対象にすると、ホイーラー=ド・ウィットの方程式の解を求めることが可能であることを発見しました。
この解をきっかけにして、「ループ量子重力理論」が誕生することになりました。
このループ量子重力理論の方程式は、アミタバ・センやアブヘイ・アシュテカーが、一般相対性理論の新しい定式化を行ったものに、量子論を結びつけることで生まれました。
ホイーラー=ド・ウィットの方程式を簡単な形にし、そこに時空の幾何学の量子状態を記述する公式をはめ込みました。
スモーリンは、量子重力が絡み合い、ねじれ、「結び目(ループ)」の理論に還元できると考えました。
量子時空の状態が一種の「絡み目(リンク)」として記述できることを発見したのです。
一般相対性理論は時空を場に統合した理論、量子場理論は粒子を場に統合した理論です。
それに対して、「ループ量子重力理論」は、すべてを場(共変的量子場)に統合する理論です。
「ループ量子重力理論」では、空間は重力場であり、その量子的な最小単位が存在すると考えます。
そして、空間の体積が取りうる値は、離散的です。
この空間の量子的な粒を、ループ量子重力理論では、「ノード(ノット、節、結び目)」と表現します。
これは体積を持ちます。
また、2つの領域を隔てる、あるいは、つなぐ境界を「リンク(エッジ、絡み目)」と表現します。
「リンク」はその性質を表す半整数(1/2の倍数)を持ち、面積に対応します。
この半整数は、角運動量から来ています。
「リンク」が「ノード」を結びつける全体を「グラフ」と呼びます。
この体積と半整数を割り当てられた「グラフ」が「スピン・ネットワーク」です。
これが空間などを形作ります。
*図示したものは例えばこちらを参照 ↓
ループ量子重力理論は、ペンローズの「スピン・ネットワーク」を取り入れることで、量子幾何学の計算が可能になりました。
個々の「スピン・ネットワーク」が空間の幾何学に対する可能な量子状態を与えます。
「スピン・ネットワーク」は、方向を固定した矢印を携えて閉じられた輪を進んで出発点まで戻ると、矢印の向きがどれだけ変わったかによって、空間の曲率が測定できます。
また、時間に関しては、ホイーラー=ド・ウィット方程式は時間を変数に含んでいませんが、各事象のそれぞれが固有の時間を生成すると考えます。
つまり、「スピン・ネットワーク」の変化が、空間と共に時間も形成するのです。
時間発展するスピン・ネットワークは、「スピンの泡」とも呼ばれます。
「ループ量子重力理論」の方程式が表すのは、起こりうるすべての状態の確率であり、「スピンの泡」の総和です。
ちなみに、「ループ量子重力理論」は、通常は4次元時空で展開されますが、次元数は決まりません。
また、「ループ量子重力理論」に、ペンローズのツイスター理論を結びつけている研究者もいます。
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