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多世界解釈

「現代物理の世界観」に書いた文章を少し編集して転載します。

最初に、量子力学の「多世界解釈」を扱います。

当ブログ主は、多世界解釈に大きな興味を持っています。

多世界解釈を主に扱った一般書は、日本でも何冊か出されています。

その中でも、「量子力学の奥深くに隠されているもの」(ショーン・キャロル、紀伊国屋書店、原書は2019年)は、比較的新しい書で、「世界」の概念を創発的なものと考えたり、分岐のあり方などに関して観察者の主観的要素があると考えます。

また、多世界解釈から量子重力理論やエントロピック重力理論を考えていて、独自な面白さがあります。

そのため、以下の文章は、この書を主に参考にして書きます。

サブの参考書は、「量子重力の解釈問題」(コリン・ブルーズ、講談社ブルーバックス、原書は2004年)、「量子力学が語る世界像」(和田純夫、講談社ブルーバックス、1994年)です。

多世界解釈は、アバウトに言えば、世界は一瞬毎に異なる世界へと無限に分岐しているという、一種のパラレルワールド説です。

量子的な重ね合わせになっている(いくつかの状態が確率的に共存している)それぞれの状態が、相互作用しなくなる(干渉性を失う=デコヒーレンス)たびに、世界が分岐していくという理論です。

ですから、一度、分岐した世界同士は、一切の相互作用がなくなり、その存在を知ることもできません。

一般の量子力学では、この重ね合わせがなくなる過程は、波動関数が収束して、偶然に一つの状態だけが実現すると考えますが、多世界解釈では、波動関数は分岐する世界全体を記述していると考えるので、収束はしません。

私が多世界解釈に興味を持つ理由は、常識的な見地からすると、恐ろしくバカげたトンデモ説であるにも関わらず、理論的には合理的で、正しいかもしれないので、その理論に沿って考えることが大きな知的冒険になると感じるからです。

事実、多世界解釈はトンデモ理論ではありません。

例えば、リチャード・ファインマン、スティーブン・ワインバーグ、ジョン・ホイーラー、スティーブン・ホーキングといった超一流物理学者達が、多世界解釈に好意的な見解を述べています。

また、多世界解釈が及ぼす哲学的、心理的な影響にも、大きなものがあると思えます。

人は一瞬ごとに選択をして生きていますが、そのたびに選ばなかった可能性を殺し、選んだ責任を負い続けます。

多世界理論は、この厳しさに対する別の見方を提供してくれます。

また、人は自分の人格を形成するに当たって、常にそれに合わない性質を無意識に排除し続けています。

そのため、人は、常に、多数の別の自分を無意識に感じながら生きています。

多世界解釈は、この現実の比喩になっているという側面もあります。


多世界理論とコペンハーゲン解釈


一般に「量子力学の多世界解釈」と呼ばれているものを、キャロルは、「量子力学の基礎理論」における「多世界理論」と表現します。

この表現には、多世界理論が単なる「解釈」ではなく「基礎理論」であるという主張があります。

多世界理論は、1957年に、プリンストン大学の大学院生であったヒュー・エヴェレット3世が提出した論文に由来します。

1973年に、ブライス・ドウィットがエヴェレットの論文集を出版し、「多世界解釈」の命名者となりました。

一般に、量子力学の教科書は、計算することだけに関心があり、解釈や自然観には興味を持ちません。

また、多くの物理学者は、定説になっているコペンハーゲン解釈以外の理論や、基礎理論を研究すること自体に、拒否反応を持っています。

コペンハーゲン解釈では、物理系を2つに分けて、観測対象を量子力学的なもの、観測装置を古典的物体と考えて区別します。

この境目は「ハイゼンベルグ・カット」と呼ばれます。

そして、後者に対しては、従来の古典物理の実在観を当てはめます。

観測以前のプロセスはシュレディンガー方程式に従いますが、観測すると波動関数が収束して別の関数になると考えます。

ですが、この変化はシュレディンガー方程式から説明されるものではなく、背後で何が起こっているのかについては考えません。

キャロルのような多世界解釈を支持する物理学者から見れば、これはある種の神託であって、真の理解にはなっておらず、基礎理論としては相応しいものとは言えないと感じています。

それに対して、基礎物理の研究者は、多世界解釈を好む傾向があります。

それは、多世界解釈が、コペンハーゲン解釈と違って、シンプルでエレガントだからです。

多世界解釈は、シュレディンガー方程式に従った波動関数の時間発展のみを採用し、他の原理、要素を認めません。

多世界への分岐はその結果にすぎません。

宇宙全体がシュレディンガー方程式の対象であり、波動関数は収束しません。

一つの世界の観測者から見れば、収束したかのように見えるだけです。


Q&A


キャロルは、多世界解釈に対するありがちな疑問とその答えを、物理学者の架空の親子の対話という形式で書いています。

実務家タイプの物理学者である父が質問して、多世界理論を研究している娘がこれに答えています。

これは、以下のようなやりとりです。


Q 科学の理論は、可能な限り単純であるべきだと思うが、無数の見えない世界を仮定することは、単純であることと正反対ではないか?

A 多世界解釈が仮定しているのは、波動関数がシュレディンガー方程式にしたがって時間発展することだけであって、極めてシンプルよ。

Q 多世界理論は反証が不可能ではなか?

A 波動関数の時間発展は反証可能よ。
多世界解釈には、これ以外の仮説はないの。
多世界の存在が検証できなくても、これを受け入れない理由はないわ。

Q なぜ世界が分岐するのに、融合はしないんだ?

A 分岐が起こるのは、系が環境と量子もつれの状態になってデコヒーレンスを起こす時で、これは時間が未来に向かって進んでいる時に起こるの。
波動関数分岐の数は、エントロピーと同様に増加するだけよ。

Q 分岐した世界の数は無限大なのか?

A 多世界解釈においては、「世界」は基本概念ではなく創発的概念なの。
つまり、マクロなレベルで現れる近似的な存在と見なすの。
そして、粒子の位置のように、原理的に連続的である量を観測するのであれば、分岐の数ははっきりと定義されないの。
それは観測結果をどれだけ精密に細分したいかによって変わるのよ。
でも、世界の数に関する上限はヒルベルト空間の大きさ(2の10乗の122乗)よ。
量子重力理論では個別の可能な量子状態の数が有限であることが示唆されるので、世界の数も有限になるの。

Q 分岐は一度に起こるのか、それとも相互作用があった系から広がっていくのか?

A 分岐という現象そのものが複雑な波動関数を便宜的に記述できるようにするために、私たち人間が発明したものにすぎないの。
だから、一度に起こると考えるか、広がっていくと考えるかは、どちらが便利かによるの。
分岐が光の速度で広がると記述することも、宇宙のいたるところで即座に起こると記述することも可能なの。

Q 分岐によってエネルギー保存則が崩れるのではないか?

A それぞれの世界のエネルギーは基本的に一つだった時(分岐前)の世界と同じよ。
各世界のエネルギー量にその世界の重み(振幅の二乗)を掛けて足し合わせれば、総エネルギー量を計算できるの。


以上のように、多世界解釈について疑問に思われることが、答えられています。
ですが、分かったような気もする一方、ごまかされたような、という印象を受けていまいます。


量子重力理論


多世界解釈から量子重力理論へアプローチする立場があります。

この立場は、時空を波動関数から導く可能性について考えます。

キャロルによれば、量子重力の難問に関して研究している物理学者は、自分が多世界理論を使っているとは思ってもいませんが、実は使っているのだそうです。


量子重力理論の候補とされる弦理論もループ量子重力理論も、まず、古典的な変数を出発点にしてから量子化を行っています。

ですが、多世界理論的では、本来が量子的である波動関数から空間や場を抽出します。

多世界理論の観点では、量子状態だけを基礎的なものとして扱って、それ以外はすべて創発的なもの、つまり、マクロなレベルで現れる近似的な存在と見なします。

場の量子論では、波動関数は、空間に広がっている特定の場の配置(空間中の各点での場の値)が見つかる確率を示します。

重力を含む量子論においては、単一の時空は存在せず、多数の異なる時空の幾何学の重ね合わせだけが存在します。

エントロピック(熱力学的)重力理論では、時空が量子もつれから出現すると考えます。

量子もつれの強さが、空間における「近さ」を生み出します。

つまり、2つの自由度が直接の相互作用をするときに、それを「近い」と定義すると考えます。

空間の総エントロピーは、境界の外との量子もつれの量に依存し、その値は境界の面積に比例します。

自由度の集まりのエントロピーから境界の面積が定まるなら、創発的な空間の幾何学が定まります。


シュレディンガー方程式を素直に受け取れば、時間は基礎的なものとして最初から存在しています。

ですが、エネルギーが0の系では、シュレディンガー方程式は時間発展しません。

一般相対性理論によれば、閉じた宇宙の全体としてのエネルギーは0なので、宇宙の量子状態は発展しないことになります。

ですが、これは不合理であり、時間が存在するならば、それは創発的なものでなければなりません。

思考実験として、一つの時計とその他すべての宇宙からなる系を考えます。

そして、時間発展していると思われるすべての瞬間の量子状態を重ね合わせてみると、その量子状態には時間はありません。

ですが、時計とその他の宇宙には量子もつれがあるので、その関係の中に、もと通りの時間発展があると考えることができます。

こうして静止状態から時間が現れます。



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