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国東半島のみち 〜国東半島峯道ロングトレイル〜 (2/6)

旅の計画


話を2日目に進める前に、この旅の計画とトレイルのルールについて少し触れておきたい。
 
国東半島峯道ロングトレイルは先に述べたとおり、半島の西側に位置する豊後高田市に属するT1〜4と、東側の国東市に属するK1〜6の全10コースからなる。各コースはそれぞれ12㎞前後で、六郷満山の史跡や自然景観の見どころを巡る。総延長は123㎞である。

トレイルのウェブサイトより引用(http://kunisakihantou-trail.com/course/index.html)


今回このトレイルを6日間でスルーハイクする計画を立てた。計画にあたり問題となったのが、どこで夜を過ごすかという点である。トレイルのルールに以下のとおり記載がある。
 
「宿泊は決められた場所で行いましょう。※トレイル及び登山口付近にはテント指定地はありません。近くのキャンプ場や宿泊施設をご利用ください。」
 
もし登山道や公園の片隅に、ひっそりとでもテントを張るつもりであれば、ずいぶん余裕のある旅程が立てられたであろう。でもそうはいかない。運営者や定められたルールへの敬意を欠いては、本当の意味でトレイルを楽しむことはできないだろう。
 
ぼくが調べた限りでは、令和5年3月時点で、トレイル上及びその周辺の宿泊施設だけを利用してスルーハイクすることは不可能だった。旅程の中で一度、宿泊のためにバスで国東市街に下ることにして、なんとか以下のように日程を組んだ。
 

○1日目
・コース :T1&T2
・歩行距離:約28㎞
・宿泊場所:並石ダムこっとん村キャンプ場(T2終点)

○2日目
・コース :T3
・歩行距離:約12㎞
・宿泊場所:真玉温泉 山翆荘(T3終点)

○3日目
・コース :T4&K1
・歩行距離:約18㎞
・宿泊場所:国見温泉 渓泉(K1の中間地点から2.5㎞はずれ)

○4日目
・コース :K1〜K3
・歩行距離:約28㎞
・宿泊場所:国東市街のホテル(K3終点からバスで市街へ)

○5日目
・コース :K4&K5(K4始点までタクシーで復帰)
・歩行距離:約28㎞
・宿泊場所:梅園の里キャンプ場(K5終点)

○6日目
・コース :K6
・歩行距離:約13㎞


低山ながらも山岳修験の道をベースとしたトレイルである。また寺院や史跡の見学なども踏まえると無理のある計画ではあったが、必要に応じてその場で変更すればなんとかなるだろう、ととにかく歩いてみることにしたのである。
 
この成り行き任せの精神は、1日目にして早速ぼくに後悔をさせることになるのだが、このトレイルをスルーハイクしようとする場合、やはりこれ以上の良案は無いようにも思うのである。

2日目(並石なめしダム〜真玉温泉またまおんせん 山翆荘さんすいそう

並石ダム

疲れてぐっすりのはずが、花粉症による鼻水と鼻詰まりでほとんど眠れなかった。薬で症状を抑えているはずだが、この杉や桧の中では大した効果もないらしい。両足にできた大きなマメと右膝が少し痛むが、歩けそうではある。空は全体が低い雲に覆われて、一面にびいろであった。
 
昨晩は到着が遅れたので受付は閉まっていた。パッキングを終えてキャンプ場の料金を支払う。この施設はその名称を「里の駅 並石ダム グリーンランド こっとん村」という。ダム湖畔が公園になっていて、そば屋を営みながら敷地内でコテージやキャンプ場もやっているということらしい。公園には桜の木が沢山植わっている。まだ花は咲いていなかったが、もうしばらくすれば壮観であろう。
 
キャンプ場の受付はそば屋が兼ねているようだった。雑談がてらに峯道ロングトレイルを歩く人はくるかと尋ねると、たまにくるという。この地点でテント泊やコテージ泊を提供している彼らは、ハイカーにとってはとてもありがたい存在である。受付のご婦人に礼を言い、2日目の旅路につく。

湖畔の遊歩道をゆく。ダム湖は他のため池と比べて規模が大きい。完工記念碑を見ると、完成が昭和60年と比較的新しい。遊歩道に被さる木々の上では小鳥たちが賑やかに鳴いている。コゲラが枝々を移動するのが見える。好物の虫を探しているのだろう。

杉林をゆく

トレイルは西に向かって、山道へと入ってゆく。やがて杉の人工林の中に入る。道らしい道は無く、そうであろうと思われる筋を探しながら、斜面を少しずつ上ってゆく。杉は胸高の直径が20〜30㎝ぐらいの細木が中心だ。枝葉は頂点あたりに少し残るのみで、マッチ棒のような形状である。この後も同じような杉林の中を何度も歩くことになる。日本全国に見られるという課題の例に漏れず、ここでも間伐が遅れているということだろう。
 
外から眺めている限りは、国東半島の森は比較的広葉樹が優占する、自然林に近いような印象を持っていた。しかし今回は何度も杉や桧の人工林の中を歩いた。おそらく、山岳が急峻であるために人が入らないエリアが多く、そこには自然林が残っているが、トレイルになるような、つまり人が歩けるようなところはやはり人工林として利用されてきたのだろう。
 

長安寺ちょうあんじ

トレイルは屋山ややまという山の北側を巻いて、西斜面の里に出る。長安寺という寺がある。鎌倉期には将軍家の祈願所として栄え、西叡山高山寺さいえいざんこうざんじが衰退した後は長らく六郷満山全体を統率した寺だという。境内入口に受付所らしい小屋があって、人はいない。いくつか案内書きがされている。
 
「入山料300円」
「国指定重要文化財、拝観料一人300円」
「拝観の方へ、下のブザーを押して下さい」
「拝観をご希望される方のみ押してください。別に拝観料がかかります」
 
おそらく境内への入場が300円で、さらに300円を払うと文化財の収蔵庫を開けてくれる、ということだろう。なるほど小屋の向かいに収蔵庫らしき建屋がある。
 
ブザーを押したが誰も来なかった。300円を料金箱らしきトレイの中に置いて、境内を見学させて頂いた。
 
展望は西側に開けていて、下に広がる山林が見渡せる。境内では椿の木が鮮やかな花をつけている。奥手に立派な本堂があって、その手前には奥の院へ続く上り階段がある。
 
階段の下に阿吽の仁王像が立っている。仁王像のデザインはなんだかマンガっぽくて、ちょっと間の抜けた愛らしさを感じさせる。国東の仏像らしい雰囲気である。
 
奥の院へ進む階段を上る。緑の濃い落ち着いた空間に、ひっそりと神社がある。身濯神社みそぎじんじゃとある。森の中の、誰もいない静かな神社が好きである。自然と心が鎮まる。
 
お参りをして再びトレイルへと戻った。
 

川中不動かわなかふどう

北西方向へ下ってゆくと長岩屋川ながいわやがわに沿う谷に出る。流れを渡って右へ折れ、上流のほうへ少し歩くと、川の中に立つ巨岩に不動明王が掘られているのが見える。川中不動というらしい。
 
長岩屋川は昔から氾濫を繰り返す暴れ川として恐れられていて、川を鎮めるために彫られたものだという。身の丈は3mぐらいであろうか。両脇に一人ずつ童子が侍っている。
 

天念寺てんねんじ修正鬼会しゅじょうおにえ

川の北側は大きな岩壁で、その下に茅葺き木像の講堂が建っている。天念寺てんねんじである。講堂の中には修正鬼会しゅじょうおにえの説明展示があった。

修正鬼会は国東独特の仏教行事で、正月を祝う修正会しゅしょうえと、悪鬼を払う追儺ついなが習合してできたものらしい。仏の化身である鬼が人々に幸せを届ける、という解釈もあるようだ。
 
この行事は国の無形重要民俗文化財に指定されている。現在ではこの天念寺で毎年、ならびに岩戸寺いわとじ成佛寺じょうぶつじで隔年、それぞれ実施されているという。某動画配信サイトでライブ映像を観ることもできる。
 
寺院主催の仏教行事だが、そこには地域住民も多く参加しているようだ。真冬の池に飛び込んで禊をしたり、巨大な松明を大勢で担いだり、鬼と僧侶が独特の掛け声とともに踊ったり、住民が燃える松明で背中を叩かれたり、となかなかの熱気である。聖と俗が結びつく、国東文化を象徴する催事といえるだろう。

天念寺耶馬てんねんじやば

天念寺を過ぎて川沿いを東、つまり上流側へしばらく歩いた後、北側の岩稜を越える山道へ入る。天念寺耶馬越てんねんじやばごえという。この地方では岩峰群を「〜耶馬やば」と呼ぶそうだ。中津の耶馬渓やばけい(大分県北部)に似た景観を指しているとのことである。民家の脇から山道に入る。ルートが危険箇所を含むことを警告する看板に身を引き締めて、登山道を進んでゆく。
 
鎖を頼りに岩壁をよじ登る。岩壁の側面を歩く。もし落ちればただではすまないだろう。重い荷物を背負っての歩行は、それなりのスリルを感じるものだった。峠のあたりには岩屋があって、小さな石仏が沢山並んで、穏やかな顔で座っている。よく見ると一つずつデザインや表情が違っておもしろい。
 
ちなみに山頂付近は更に切り立った岩峰で、両側に切れ落ちた岩稜同士を繋ぐ小さな石橋が掛かっている。無明橋むみょうばしという。修験道の修行場だった場所だが、あまりに危険なためかトレイルルートには含まれていなかった。

真玉またまの里

天念寺耶馬を越えて下っていくと、谷あいの里に出る。真玉川またまがわが西に向かって流れていて、それに沿って集落が形成されている。牧歌的な、長閑のどかな田畑の風景が目に入ってくる。
 
谷の北側にはまた巨大な岩峰がそびえている。その岩壁を背に、無動寺むどうじが佇んでいる。拝観はしなかったが、本堂には見事な仏像が多数所蔵されているという。
 
真玉川に沿って北西に進む。椿光寺しゅんこうじ應暦寺おうれきじなどを経て更に進むと、真玉温泉 山翆荘にたどり着く。T3コースの終点であり、この日の宿泊地だ。
 
チェックインする前に、道を挟んだ向かいの簡易郵便局に駆け込んだ。荷物の中で無くてもよいものを全て自宅に郵送した。初日に体力を消耗し、また足を痛めていたこともあり、少しでも荷物を軽くしたかったのだ。
 
閉店間際だったが局員の方は快く対応してくれた。登山ですか、と興味を持ってトレイルのことなどを聞いてくれる。手続きを終えると、お気をつけて、と笑顔で送り出してくれた。背中がいくぶんか軽くなった。これで明日も歩ける、と心も軽快になった。


つづく

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