見出し画像

重症妊娠高血圧腎症になった話

3月に2人目を出産
今は2人の育児に励んでいます。

順調だった妊娠生活でしたが
37週1日に妊娠性腎症ってことが判明。
緊急入院して帝王切開で出産をしました。

“わたし死ぬかも”

人生ではじめて死を覚悟した数日でした。

今日はそんな出産を振り返り。



妊娠高血圧症候群

『妊娠高血圧腎症』
聞いたことがありますか?
とっても重症度の高い母体異常の疾患です。

妊娠時に血圧のみが高い場合は妊娠高血圧症候群といいます。
高血圧に加えて、尿たんぱく、肝機能障害、腎機能障害、神経障害、血液凝固障害や赤ちゃんの発育が不良のうち1つでも認められた場合、妊娠高血圧腎症と診断されます。

はっきりとした原因はわかっていないようです。

妊婦さんの20人に1人の割合で起こるとされています。

これの何が怖いかというと
お腹の中の赤ちゃんに酸素が届きにくくなったり、赤ちゃんがお腹の中で育たなくなったり、胎盤が子宮から剥がれやすくなったりと母子共に命の危険が高まることです。


36週までは順調だった妊娠生活

妊娠初期に食べずづわりで体重が増え過ぎてしまったけれども!
先生からも『これ以上は体重を増やしすぎないでね〜』と言われるくらいで妊婦生活は順調でした。

出産に向けて1日8000歩以上、歩いて
食事も食べすぎないように
お菓子とジュースは控えて
たくさん寝て自分なりに頑張っていました。

自然分娩予定だったから
ソフロロジー呼吸法が大事と聞いて
毎日、イメトレをして過ごしていました

37週の妊婦健診後に即入院

37週1日の妊婦健診で血圧を測ると160/104mmHgと高い値。
先週まで110/70台だったのに。
不安であと数回、血圧を測るも150/100台と高い。不安な思いで診察をまちました。

診察室で先生から
妊娠高血圧腎症かつHELLP症候群の疑いがあることを告げられました。

HELLP症候群
血圧上昇、蛋白尿に加えてけいれん発作(子癇)、脳出血、肝臓や腎臓の機能障害、肝機能障害に溶血と血小板減少を伴う疾患

日本産婦人科学会

わたしの体は血圧が高いだけではありませんでした。
尿たんぱくも出ていて(2+)先週に採血をした血液検査の肝臓の数値も普段の5倍の数値(ASTとALTが100台)に上がり、血小板数も1/2に減っている状態でした。

先生から
『このままの状態だと母体にいつ何が起きるかわからないので今から入院しましょう!もう一度、採血して数値が先週から悪化をしていたら総合病院に搬送します。動くとリスクが上がるから家にはタクシーで帰って荷物を取ってきてください。タクシーで来てください』と言われました。

気持ちが動揺してしまい、
途中から先生の話が頭に入ってこなかった。

オットに連絡をし家に帰ってきてもらって2人で病院へ。

結果、肝臓の数値が先週から2倍に上がっていたのでそのまま総合病院へ緊急搬送をされました。

不安が爆発して救急車の中で号泣。
『大丈夫だから』病院まで付き添ってくれた妊婦健診の先生に励まされ、また号泣しました。

MFICUに入院へ

私はMFICUに入院しました。
MFICUとは母体胎児集中治療室のことです。

重度の疾患や妊娠リスクがある妊婦が入院する病室です。こういう病棟があることも知らなかったし私がまさかこの病棟に入院するなんて思ってもいませんでした。

入院をして担当医から体の状態のことや今後の予定やリスクについてのお話がありました。

『HELLP症候群の一番の治療法は赤ちゃんを産むこと。だから定期的に血液検査をして、これ以上に数値の悪化が見られたら緊急帝王切開に、数値が悪化しなければ37週4日のタイミングで計画出産します』
とお話がありました。

当然、気持ちが動揺してるので話の内容はほとんど入ってこなかったけど

“まだ死にたくないからなんでも良いです”

と答えたことだけは覚えています。

本当は自然分娩で産みたかったけど
母体のリスク、私の体と赤ちゃんが小さめなので自然分娩だと難易度が高まるとのことで帝王切開が優先されました。

入院〜出産まで

血圧は点滴でコントロールされ、毎日3回ほど血液検査をして経過をみてくれていました。

手術が終わるまで毎日不安でした。
頭の整理がつかず、不安と後悔で毎日、泣いていました。

“私、もしかしたら命危ない?”
“赤ちゃんは大丈夫なん?”
“なんでわたしが??もっと食事/体重管理をきちんとすればこんなことにならなかったのかな”

でも悩んでも仕方がない
不安な気持ちは赤ちゃんに伝わると思ったので赤ちゃんに『がんばろうね〜!生まれてきたら大きな声で泣いてね〜!』と話しかけて気持ちを落ち着かせていました。

あとは体力温存しなあかん思って
よく寝て病院食は残さず食べるようにしていました。

赤ちゃんがお腹の中で元気に動いてくれているが唯一の救いでした。

手術前日。
“もし、私と赤ちゃんに何かあったら、あとはよろしくね”
とオットに伝えて怒られました。

手術当日

検査数値が安定していたので、37週4日で帝王切開をしました。

手術の時間が近づくにつれて、心が落ち着かなく、血圧も上がったらあかんのに140/90台まで上がりました。

“大丈夫。大丈夫”

という気持ちと

“もし万が一のことがあったらどうしよ、、”

という不安な気持ちが交互に訪れていました。

でも私のために頑張ってくださるDr.をはじめとした医療スタッフを信じ、

“赤ちゃんの泣き声をきいて抱きたい。私は生きる”

赤ちゃんの誕生日となる日。

私は人生ではじめて心から死にたくない。生きたいと願い、手術室に向かいました。

手術の様子〜無事出産

手術室に向かう前、お見舞いに来てくれていた母とオットに応援されて手術室へ。

母は私の無事を祈って神社へご祈祷までしてくれていました。

手術室に入り気持ちが爆発。

号泣しながら手術台に上がりました。

周りのスタッフに優しい声をかけてもらい気持ちを少し落ち着かせる。

麻酔で気持ちが悪くなり、点滴を追加されながら手術が開始されました。

“大丈夫、大丈夫”

目をつぶりながら手術中はずっと祈っていました。

しばらくして

“オギャーオギャー”

元気な産声が聞こえてきました。

ママ、僕は元気だよ!
ママも頑張って!

と言ってくれてるかのように元気いっぱいの声で泣いて生まれてきてくれました。

赤ちゃんの産声をきき、嬉しさにママも号泣。

“ママ、手術がんばるよ”

前向きな気持ちが高まった状態で手術の終盤に挑みました。

幸いにも胎盤や子宮に異常はなく、無事に帝王切開術は1時間程度で終わりました。

さいごに

入院から出産まではほんの数日でしたが、私にとって生きるとうことを考えさせられた日々でした。

本当に医者や助産師さんをはじめ、医療スタッフの皆さん!ありがとうございました!心から感謝申し上げます。

本当に今、生きていてよかったよー!!

こんな出産もあるんだなと知っていただけると幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

読んだよ〜と印に♡を教えていただけると励みになります。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?