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第二巻~オオカミ少年と伝説の秘宝~ ①-3

第一話「湖畔にたたずむ古城と吸血鬼伝説」-3


    
 
 それから、十日が経った。
 ランとアージュは古城ですっかりくつろいでいた。持ち主がいないなら、「このまま、ここに住んでいてもいいかも~~」ってなくらい快適に過ごしている。
 月の出る晩になると、吸血コウモリになったアージュは誰にも気兼ねすることなく自由に城の中を飛んで回っているので、気分も爽快だ。
「夜は飛べるし、雨はしのげるし、お宝もあるし、最高よね~~、ここ」
 一階の南に面した社交室で、毎日少しずつ集めた戦利品を前に、ソファにふんぞり返ったアージュは満面の笑みを浮かべた。
剥製に埋め込まれた宝石類のみならず、婦人の部屋からは金銀細工の櫛やブローチ、細工の美しい宝石箱や手鏡など、売ればお金になりそうなものがざくざく出て来たのだ。
 調度品や装飾品、家具の類まで、なぜこんなにも多くのものが残されているのかは疑問だが――三人でつらつら話した結果、きっと伝説を知った伯爵の子孫が怖がり、近づけぬまま、長い時間が経ってしまって今に至るのだろう……という推測に落ち着いた。
《だからと言って、人のものを盗るのはどうかと思うが……》
「またカタイこと言って。持ち主がいないんだからいいのよ」
「そうそう、気にしない気にしない」
アージュの言葉にお気楽にランが同意していると、コンコン、と窓を叩く音がした。
ぎくっと肩を強ばらせて、ランとアージュが振り返ると――
 
「ローイ!?」
 
 訪問者はローイだった。彼は少し青ざめた顔で、ふたりに手を振った。 
アージュが窓に寄り、あわてて開ける。
「アージュ、生きてたんだ! よかったあ」
 心底心配してくれていたらしいローイの顔を見て、アージュは「しまった」と心の中で舌打ちした。一度くらい、北グオール村に顔を出しに行けばよかったのだ。
 けれど、十日も経つのに今まで誰もこなかったということは、やはりこの城が恐れられているからに違いない。物心ついた頃から植え付けられた恐怖心を抑えてここまで来たローイは、さぞかし勇気がいっただろう。
「村に戻ってこないから、すごく心配して……」
「ごめんね、ローイ。あたしたちはこの通り、元気だから安心して」
「吸血鬼……いたのか?」
「ううん、まだ見てないわ。その代わり……」
 そう言って、アージュはテーブルの上の宝の山を指し示した。
「小さな魔物ならいくつか倒したわ。あれらはその魔物から取り上げたものよ」
「ホントに? すごいな」
「ええ、言ったでしょ? あたしたちは退魔師の卵だって」
 アージュは宝の山から赤い宝石をひとつ取り、ローイに渡した。鷹の剥製の瞳にはまっていたものだ。
「これは魔物の目が宝石に変化したものなの。これを持っていって、村長さんに魔物を倒した証拠だって言うのよ」
「うん、わかった」
 ローイはうなずいて、宝石をポケットに入れた。
「それで……まだ、この城にいるつもりなのか?」
「ええ、一晩に一部屋ずつ確認して、二度と魔物が現れないようにお清めしてるから、もう少し時間がかかるわ。あかずの間もまだ見てないし」
 アージュはまたまた噓をついた。青蘭月になるまで居続けるための、もっともらしい理由付けだ。本当は全部屋確認済みで、改めて一部屋ずつ丁寧に探索しているのはお宝を探しているためなのだが……。
 が、純朴な少年であるローイはたちまち反対した。
「ええっ、あかずの間は絶対に開けちゃダメだよ! あそこには処女の死体が……」
「わかってる、でもそれが本当かどうか確認しないと……村長さんから謝礼が……じゃなくて、北グオール村の人たちが安心して暮らせないでしょ?」
 アージュはランが見たこともないやさしい微笑みを浮かべ、ローイの手を握った。
「ローイのために、魔物を一掃して見せるから。さ、もう帰って。日が暮れたら大変よ。それと、もう二度とここへ来てはダメよ。魔物を退治し終わったら、あたしたちの方から村に報告に行くから」
「わかった、もう行くよ。気をつけてね、アージュ」
 手をそっと離し、ローイは名残惜しげに何度も振り返りながら、帰っていった。
 ローイの後ろ姿が完全に見えなくなると、アージュは窓をきっちり閉めて、ソファにどかっと腰を降ろした。
「アージュ、宝石あげちゃってよかったの?」
「あげてないわよ。あとで謝礼と一緒に戻してもらうつもりよ」
「なるほど、さすがはアージュ。けどさ、ローイって、なんかムカつくよな。アージュばっかり心配してオレのことなんて見もしなかったような気が……」
《ローイはアージュに気があるんだよ、ラン。アージュもそれがわかっているから、あんなふうに言ったのだろう?》
「……まあね」
 少し困ったような顔でアージュがみつあみの先っぽをいじった。
「でもさ、噓ばっかりついてて大丈夫かな~~。さすがに少し心配になってきたよ、オレ。魔物なんか一匹もいないのに」
《そうだな。アージュ、あまり調子に乗ると、そのうち痛い目に遭うぞ》
 なにもない古城をお祓いしたことにして、赤蘭月の最後の日に村人たちを招き、安全を確認させる。
 で――翌日、暦が青蘭月に変わったら、この城から出立すればいい。
 あと十日あまり快適に過ごしたあと、謝礼も手に入るのだ。なにがなんでも、噓を本当にしなくてはならない。タダで泊まった上に、お宝もがっぽり。
「まったく、おいしいことこの上ないわよね~~」
 悪女よろしくアージュは高笑いした。
 しかし――世の中、そう甘くはないのであった。
 
            


 
 それは、ローイが訪れてから、三日目の夕刻だった。
 この日は朝から薄曇りで、雨が降りそうで降らない、あいまいな天気であった。
 ランとアージュが隠し扉でもあるんじゃないかと、三階に位置する書斎の本棚を動かしているとき、城のどこかで物音がし、叫び声が聞こえてきたのだ。
「今のなに?」
《またローイが来たのではないか?》
 
「も、もしかしてさ、本当に吸血鬼がいるんじゃ……?」
 
 ランが笑われるのを覚悟でそう口にすると、
「とりあえず、確かめに行きましょ。ローイならとっとと追い返さないと」
 アージュは服についたほこりを払い、先頭に立って歩き始めた。
 まずは一階へと思い、降りてみると、ホールの前の扉に面した薄暗い廊下に数人の人影が見えた。北グオール村の人たちだ。
「ローイ!」
 栗色の少年の姿を見つけ、アージュが駆け寄った。
「アージュ!」
「来ちゃだめって言ったのに」
「ごめん、君が心配で……」
 そう言ってローイはうしろにいる村人たちをちらりと見てから、
「君たちの話をしたら、もし役に立てることがあれば……ってついて来てくれたんだ」
 と言った。
アージュは一瞬、ムッと眉をしかめたが、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ローイ。あたしたちはこのとおり大丈夫よ。ちょうどさっき、最後の部屋のお清めが終わったの」
「あかずの間か?」
「ええ、そうよ」
「あかずの間なのに、あいたのか?」
 驚くローイに、アージュは疲れを声に滲ませ、こう言った。
「ええ、強力な魔力で扉が開かないようになっていたから、あけるのに苦労したわ。でも、もう大丈夫。もしよかったら、中見る? 北の一番奥の部屋だけど」
「あかずの間をか?」
 村人たちの間にざわめきが走った。視線を交わす彼らの瞳は一様に「どんな部屋か見てみたいなあ、少し怖いけど」と言っている。
 それを読み取ったランがアージュの芝居に乗り、「心配いらないよ」と続けた。
「アージュがすべてうまくやったから。オレなんかただ見てただけ。女の子にも平気なんだから、大丈夫だって」
「そ、そういうことなら……」
ローイが代表してうなずくと、アージュとランは村人たちを案内した。
北の一番奥の部屋とは、例の拷問道具の数々が置いてあった趣味の悪い部屋のことだ。
重たげな両開きの扉をぎぎーっと音を立ててあけると、村人たちは「ひっ」と息をつめた。世にも恐ろしい殺戮の道具などが目に入り、背筋が寒くなったのだ。
「ただの拷問道具よ。怖くないわ」
「き、吸血鬼は……?」
「そんなもんいなかったわ。処女の死体もないし、これでただの伝説だったってことがわかったでしょ?」
 アージュはにっこり笑うと、「あ、小さな魔物ならいたけどね。それももう全部退治したから」とあわてて、以前ローイについた噓をつけ足した。
 
「な、なあんだ……」
「そうか……ただの伝説だったのかあ」
 
 村人たちは互いに顔を見合わせ、乾いた笑顔を浮かべた。完全に安心する、とまではすぐにはいかないようだが、とりあえず納得はしたらしい。
 拷問部屋から出て、薄暗い廊下を歩くうち、村人たちの間には軽口を言い合う余裕も生まれていた。
「吸血鬼伝説なんて、ちょっとできすぎてるとは思ってたんだよなあ」
「なに言ってんだよ、ガキの頃、おばあちゃんに『悪いことすると吸血鬼が来て血を吸われるぞ〜』って脅されて、ぴーぴー泣いてたのは、どこの誰だっけ?」
「さっそく村に帰ってお祝いしなくちゃ! アージュ、僕たちといっしょに村に戻ろう!」
 ローイがはしゃいだ声を上げた。魔物の心配はなくとも、こんな不気味な城にあまりいたくないのだ。
「で、でも……もう遅いし。まだ後片づけも残ってるから、明日うかがうわ」
「なに遠慮してんだよ。あかずの間が最後だって、この前言ってたじゃないか」
 アージュの言い訳をはね返し、ローイはつかつかと近くの窓に寄った。そうして、カーテンを開ける。
「それに今日は雲が出てるし、月が出る心配もないよ……ほら」
 しかし、外の天気は言葉とは反対になっていた。
 赤い月光が廊下に射し込んだのだ。いつのまにか雲が切れ、月が顔を出していたのである。
「やばっ……アージュ!」
 ランはアージュをとっさに突き飛ばそうとした。
が――時すでに遅し。
 
――キキッ、キキ――ッ!
 
 吸血コウモリに変身したアージュが怒ったように鳴き声を上げていた。
「きゅ……吸血コウモリ!?」
「で、出たあ――っ」
場所は吸血鬼が出るという伝説の古城。
目の前には、牙をむいた吸血コウモリ。
そして、廊下にはさっきまで「ここは安全よ」と笑っていた少女の服が落ちている――。
という揃いに揃った恐怖の現象に、蜘蛛の子を散らすように、村人たちは悲鳴を上げて逃げていってしまったのだった。

《天罰だな》
 オードが冷たく言い、噓ばかりつくからだ、とつけ加えた。
 赤い月に向かって飛ぶアージュの影を見上げ、ランは残念そうな声を上げた。
「あーあ、せっかく快適な住まいを見つけたと思ったのに」
 ローイや村人たちが城から逃げ去ったあと、オードの指示のもと、ランはすぐさま荷物をまとめ、古城をあとにした。皮袋ふたつに小さなトランクひとつ、そして、テーブルクロスにくるんで持ち出した古城で手に入れたお宝の数々を抱えて。
 これでまたしばらくは野宿が続くだろう。約束の謝礼をもらうこともできなくなり、トホホな気持ちでランは湖にそって森を歩く。
 しかし、誰よりも悔しいのはアージュだろう。彼女が今、なにを思い、なにを考えているのかはわからないが……。
 きっと明日の朝になって人間の姿に戻ったら、まずはぽかっと頭を叩かれるに違いないとランは思った。
「アージュのせいなのにさ……オレだけでもあの城に戻ろうかな」
《ラン、我らの旅の目的を忘れてはいまいか?》
「あ、そっか……」
 お気楽なランはすっかり忘れていた。
そうだった。
自分たちは、呪われた血を清めるという『白蘭月の白い丘に咲く白い蘭の朝露』を求めて旅しているのだ。
「でも、せめて青蘭月に入るまで、あそこにいたかったなあ」
 木立の向こう、もうすでに遠くなった古城を振り返り、ランはそっとため息をついた。
血塗られた伝説を持つ城は赤い月明かりを受けて、その姿を不気味に湖面に映し出していた。
 
 三人は旅立ったあと、この古城に新たな伝説が生まれた。
 それは、吸血鬼は実は『吸血コウモリの姿で人の生き血を吸う』……という内容であった。
 

(第二話に続く…)


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