~オオカミ少年と不思議な仲間たち~ ①・3-3.4
第三話「赤い月と陰謀渦巻く王城と消えた姫君」-3・4
3
陽が沈み、緑色の月が昇った。
赤蘭月が近いせいか、月初めより色が濃くなっている。
宿を取ると抜け出したり戻ったりするのが面倒なので、公園の隅で野宿することにして、ランはとりあえず行動開始時間まで横になった。
そうして夜も更け、人々が寝静まった頃——植え込みの陰に荷物を隠し、ランとオードは城に向かった。
王城は大きな石を組んだ城壁に囲まれていた。
南と東に設けてある門前には深夜でも当然、門番がいる。
ランはオードの案内で比較的、人目につきにくいという城壁の北西側に回った。
城壁をよじ登って、城内に潜入しようという作戦だ。
《大丈夫なのか、ラン》
「オレ、結構、身軽なんだよね。高い木のてっぺんとか、するするする~~って登れちゃうんだよなあ」
《木と城壁は違うが》
「細かいこと気にすんなって。登れればいいんだろ?」
《まあ、そうだが》
ランは念のため登る前に、もう一度、周囲の様子をうかがった。
近くに人の気配がないことを確認すると、ランはさっそく登ることにした。でっぱりや組石の欠けている部分などをうまく利用し、器用に登っていく。
《ほほう……なかなかうまいものだな》
「だろ? オレ、得意なんだよ、こういうの」
さして時間もかからず、ランは城壁を登りきり、城の敷地へと降り立った。
北西側は住み込みで働いている下働きや料理人たちが寝起きする建物があり、見回りの衛兵が来るはずのない場所だという。
灯りの消えたその建物の前を足音を立てないように通り過ぎ、ランは城の北側の壁に背を預ける格好で止まった。
《しかし、こんなに簡単に入れるとは……これはいつか警備を強化するように進言せねばなるまいな》
オードがぶつぶつとつぶやいた。
これは、泥棒が戸締りをしっかりするよう、盗みに入った家に対してあとから忠告するようなものだと思ったが、ランは口に出さなかった。
今はそんなことで議論している場合ではない。
「……で、どうすんの?」
ランは小声で言って、城を見上げた。
夜空にそびえる王城はとてつもなく大きく見えた。
実際、とても広いのだ。ここに来る前にオードに聞いた話によると、城は大きく分けると三つの区画に分かれているのだという。
中央は謁見室や広間など主に政やパーティなど公の行事に使われ、最上階には王の寝室がある。
左側——つまり城の西側は低層階に武器庫や屋内剣術場や古書室などを有し、上層階には学者や大臣などの部屋があるという。
そして、右側——東側は低層階に調理場や城内に常駐している侍女たちの部屋、上層階に王女や王族の部屋があるのだ。
「王女さまの部屋って、入れんの?」
《入れるわけがない》
「……入ったことないの?」
《そんな、おそれおおいこと……》
「じゃあ、どうすんだよ?」
《このまま朝まで潜み、下働きに混じって仕事をし、情報を集めるか……それとも》
「下働きって、ひとりぐらい増えてもバレないの?」
《ん——どうだろう……あ、いや、ダメだ、この案は使えない。ランの金髪は目立つ》
入り込んだはいいが、ここで行き詰まってしまった。
「城に詳しいんじゃなかったのかよ!」
《詳しいからこそ、慎重になっているのだ。調理場の食材庫にでも潜むか……料理人たちが王女さまの噂に触れるかもしれん》
「なんか地道で地味だけど……」
しかし、派手にやるわけにはいかない。捕まれば子どもといえど、重い刑に処せられるだろう。
ランは城の北側から調理場のある城の東側へと向かった。
そうして、調理人たちが出入りする調理場の裏口に辿り着いたとき、
《すまない、ラン。南側の庭園のほうへ回ってくれないか》
「庭園……って、もしかして、オードが魔物に襲われたとこ?」
《そうだ。少しの間でいい。庭園が見えるところに》
ランはうなずき、庭園が見える場所まで移動した。
庭園は正門から城を結ぶ道の役割もしているらしい。
真ん中に白い石畳が敷かれ、両側に花が植えられた花壇がある。
そして、城と正門の中間地点に円形の噴水があり、噴水を囲む形で両脇に緑鮮やかな芝生が位置し、その中にそれぞれドーム状の屋根の建物が見えた。噴水や花々を愛でるための東屋である。
しかし、花を愛でる時刻でもないのに、東側の東屋に人影があった。
「あれ? 誰かいる……?」
緑色の月明かりの下、顔はよく見えないが——
身なりの良さそうな男がふたり。
口ひげを蓄えた恰幅のいい中年紳士と、まだ青年と呼べるような感じの、精悍な顔つきの男が柱にもたれ、話し込んでいる様子である。
《ん……あれはグラド公と内務大臣のジャルグ殿ではないか》
男たちの正体を、オードが口にした。
「どっちもエライ人?」
《グラド公は王の弟君。つまり、フィアルーシェ王女の叔父にあたる方だ》
恰幅の良い中年紳士がグラド公で、若い方がジャルグ大臣だという。
《こんな時間に散歩……というわけがないな》
「ってことは、王女さまのことで……?」
《そうかもしれん。ラン、近くまで行けるか?》
「うん、やってみる」
庭園の芝生は植え込みでぐるりと囲まれており、城壁と植え込みの間は人ひとりがやっと通れるほどの空間が空いている。
ランは腰を落とし、素早く植え込みの後ろに走り込むと、地面に伏せ、匍匐前進の要領で王弟と大臣のいる建物のそばまで進んだ。
そうして、建物の裏側に潜み、聞き耳を立てる。
「まったく、ルーシェのヤツはどこに行ったのだ? まだ見つからないのか」
「申し訳ございませぬ。しかし、城下を出た形跡はありませんので、城の中かおそらくは城下のどこかに身を隠しているものと」
こんな夜中にこんなところに、そんなエライ人たちが集まっているということは、やはり王女が城から姿を消したのは本当で、大騒ぎにならないようにこうして密かに話し合いをしているんだろう。
——と思っていたら。
ランとオードはとんでもないことを耳にしてしまった。
「ところで、王の容態はいかがですか?」
「時間の問題だ。薬に少しずつ毒が盛られているとは、療術士も気づいておらぬ……それにルーシェの失踪で、だいぶ心を痛めておるわ」
「では、このまま待ちますか?」
「いや、予定通り、赤蘭月に魔物に襲われるという段取りでよい。ああ、赤蘭月に入ってすぐはダメだ。数日経ってからがよかろう。我らのことを疑っている輩もおるしな」
「ああ、バスパやゼンブルグのことですね。彼らもいずれは——」
「そうだな。私が王となった暁には、この国の大臣どもは一掃してくれるわ」
「このジャルグ以外、と言ってくださいませ」
「もちろんだ」
密談の内容は衝撃的だった。
まさか、王暗殺計画だったとは——。
ランはバクバクいう心臓の音がグラド公とジャルグに聞こえないかと、心配したくらいだ。
この国の人間でないランでさえ、こんなに驚いているのだから、オードの衝撃ははかりしれない。正義感の強い彼が今、人間の姿だったら、剣を抜いてふたりに斬りつけていたかもしれなかった。
ランは思わず胸元に下がっているオードを抱きしめた。
密談はまだ続いている。
「しかし、ルーシェの失踪は考えようによっては、実に好都合だな。皆の関心がルーシェの安否に向いておるしな」
「ルーシェさまは明日にでも見つけ出します」
「いや、その必要はない。王が亡くなったと聞けば、自分から姿を現すはずだ」
「……なるほど」
「ルーシェはこのたびの縁談を嫌がって、すねているだけだ。王が亡くなってから、私が縁談を潰してやると言えば、おとなしくなるだろうよ。そもそも、私も反対なのだ。ルーシェをデリアンに嫁がせ、そこで生まれた王子のひとりをいずれ我が国の王に据えるなど……もってのほかだ。そのようなことをすれば、我が国はデリアンの属国になってしまう危険がある。なんとしても、それだけは阻止せねばならない」
「では、グラドさまが王となられた暁には、このジャルグにぜひルーシェさまを」
「わかっておる」
(ええっ⁉ 王女さまをこのジャルグっておじさんに?)
びっくりしたランは思わず身を乗り出しそうになってしまった。その拍子に植え込みに足先があたり、がさりと鳴った。
「ん? 誰かいるのか?」
敏感に反応したジャルグが腰の剣に手をのばした。
(ど……どうしよう……)
冷や汗がどっと出てくる。心臓が口から飛び出そうだ。
緊張に耐えかねて、起き上がり、走り去りたくなってきた。
と、そのとき。
《……にゃあん》
オードが猫の鳴き真似をした。
あまりに古典的すぎる手に、
(そんなん、バレバレだって!)
とランは焦ったが。
意外にも、ジャルグとグラド公は納得した。
「猫のようですな」
「ふん、びっくりさせおって」
「グラドさま、そろそろ戻られたほうがよろしいのでは? あまりここに長居しますと、誰に見られるかわかりません」
「そうだな。では、先に行くとしよう」
「それでは、また明日」
「明日は古書室だな」
「ええ、お待ち申し上げております」
グラド公が先に建物から出て、堂々と庭園を歩き、城に戻っていった。
もし誰かに見かけられても、「散歩をしていた」と言い訳するために平然さを装って歩いているのだ。
充分に時間を置いてから、今度はジャルグが東側に入ったグラド公とは反対側の、西側へと歩いていく。
二人が城の中に戻ったのを確認し、地面に伏せっていたランはその場で仰向けになった。
「ふう……びっくりした。寿命が縮む思いって、こういうことをいうのかなあ」
《——ラン、すまなかった。危険な目に遭わせてしまったな》
「いや、いいって。見つかんなかったし。でも、猫の鳴き声にはまいったよ」
《なかなか、うまかっただろう?》
「いや、ほめてんじゃなくって……」
ランは仰向けの状態から、半身を起こした。
夜空には色濃くなった緑蘭月。
その緑色の月光を遮るかのように、雲が動いている。
「どうする? このまま、どっか隠れる?」
《いや、明日の夜、また来よう。他に行きたいところがあるのだ。詳しいことはまた城を出たあとで》
「わかった」
ランはふたたび注意を払いながら城の北西に移動し、入ったときと同じように城壁を登って、外へと出た。
4
オードに言われ、ランが向かったのは、街の南に位置する大きな噴水のある公園だった。ここは最初にいた公園の何倍もの面積があり、公園の中に小さな森を抱え込んでいる。
その小さな森の中に入り、いくらか進むと少し開けた場所に出た。そこには白い女神像が置かれていた。肩の部分や右足のつま先が欠けているので、だいぶ年代物らしい。
「これ、サテラ像?」
《いや、古代の女神だ。ここは遺跡の一部なのだ。詳しいことはわかっていないが、何百年も前の王朝のものらしい……》
「で、なんでここに来たの?」
ランは女神像を仰ぎ見る位置に座った。芝生がひんやりと冷たかった。
《ここは前に、ルーシェさまとお忍びで来たことがあるのだ。ここで、四つ葉のクローバーを見つけたルーシェさまはとてもうれしそうで……》
「あー、だから、ここに王女さまがいるかもって思ったのか」
《ああ、だが……》
王女はここにはいなかった。
さきほどのジャルグの言葉では、まだ城下にいる可能性が高く、もしかしたら、城のどこかに隠れているのではないか——ということだった。
「他に心当たりはないの?」
《……残念ながらない》
「友だちとかは?」
《ご学友は多いが、どちらも身分あるご令嬢方ばかりで、ルーシェさまを匿っているとは思えない。そんなことがあとでバレたら親に迷惑がかかるからな》
「なるほど……良いお家の人はいろいろ大変なんだね」
《私は城にいる可能性が高いと思う。ルーシェさまは城下に詳しくない。それにもうすぐ赤蘭月だ。外に出るのは危険だ》
「そうだね。でもさ、オードの他に信頼できる護衛官っていないのかな?」
《それは……この二年間のことはわからないが……おそらくいないと思う》
それから、オードは昔のことを語りはじめた。
当時、フィアルーシェ王女は十三歳。オードレックは十四歳。
王女の警護には、いかめしく年の離れた護衛官が数人あたっていたのだが、王女がそれを嫌い、年の近い護衛官をそばに置くことを望んだ。
そうして、数ある貴族の子息の中から剣に長けたオードが選ばれたのだ。
王女はオードをとても気に入り、ふたりはすぐに仲良くなった。
《私がルーシェさまにお仕えするようになって一年ぐらい経った、ある春の日——古書室でこの遺跡のことを知ったルーシェさまが、一度ここを見たいとおっしゃられたのだ》
王女がお忍びで行きたいと望んだので、オードは侍女の服を手に入れ、王女はそれを着て、ふたりでこっそりと城を抜けだした。
《あれは、ちょっとした冒険だった……。記録によると、この像は愛の女神らしい。ルーシェさまは静かに祈りを捧げたあと、ここで四つ葉のクローバーを見つけ、それを摘んでから——こうおっしゃったのだ》
——これをもとにペンダントを作らせましょう。鍵のかたちよ。それをオードにあげるわ。あなたがしあわせであるように。
それから、王女は頬を赤らめ、はにかみながら小さな声で続けた。
——覚えておいて。わたくしの心の鍵を開けられるのは、あなただけよ。
ランはまだ十一歳だが、これを聞き、さすがに真っ赤になってしまった。
「それって、王女さまがオードのことを好きってことじゃないか!」
《だ、だだだだがっ、私の家は貴族と言えど没落寸前で、あまりにも身分が違い過ぎて……》
「そんなの、どうでもいいよ。とにかく、オレも、どっかの王子と王女さまが結婚するの、反対!」
ランがこういったところでなんの影響力もないのだが、その気持ちがうれしくて、オードは礼を口にした。
《ありがとう、ラン》
「でも、今の話でやっとわかったよ。オードが鍵になったのって、その思い出のせいだろ?」
《ああ、おそらくは……だが、まだ自分でもわからないことだらけなのだ》
「どういうこと?」
《これは別に黙っていたわけではないのだが……言い伝えでは、赤蘭月と紫蘭月に襲われ、呪われた血を持つようになった者は、次にまたその魔の月がめぐってきたときに魔物に変わると言われているだろう?》
「うん、じっちゃんからそういうふうに聞いたよ」
うなずいて、ランは初めて「あれ?」と思った。
「なんで、オードはずっと鍵のままなんだよ? その法則で言うと、紫蘭月以外は人間に戻ってなきゃ、おかしいよ」
《やはり、そう思うだろう? 不思議なことに私は逆に、紫蘭月の間だけ人間の姿に戻ることができるのだ》
「ええっ? そうだったの⁉」
ランは驚いた。これは初耳だった。
「じゃあ、なんで、去年の紫蘭月にグランザックに戻らなかったんだよ?」
《君が夜、オオカミに変身してしまうように、私が人間に戻れるのは月が出ている間だけだ。昼は鍵の姿に戻ってしまう。それに、次の白蘭月からずっと鍵の姿のままだったから、思うように移動ができなかったのだ》
「あ、そっか……」
魔の月の影響力は、月によってどれだけ違うのだろうか?
しかし、今はこのことを深く追求している場合ではない。
王城では今、陰謀が渦巻いているのだ。
《少しでも早く、ルーシェさまを助けなくては》
「オードだって、王女さまのことが好きなんだろ? だったら、なんとしても見つけなくっちゃ。王子と結婚しなくても、あのジャルグっておっさんのお嫁さんにされちゃうよ。そんなの絶対、許せない。それにあいつら、王さまを殺そうとしてるし」
《ああ、なんとしても阻止せねばならない。故国の一大事だ。黙って見ているわけには絶対いかない》
ここまで言って、ランは肩を落とした。
「……って、どこのウマの骨ともわかんないオレが乗りこんだところで、どうにもなんないよ。ジャルグっておっさんに斬られて、おしまいってカンジ?」
《ルーシェさまを見つけ出そう。ランが私の使いだと言えば、きっと話を聞いてくださる。そして、夜、古書室に忍び込んでグラド公とジャルグの話をお聞かせすれば——》
王女は動かぬ証拠を手に入れ、すぐにでも彼らの陰謀を暴くことができる。
王暗殺計画は未遂に終わるはずだ。
「そっか。そうだよね、その手で行こう」
ランは服についた芝を払いながら、立ち上がった。
最初の公園の植え込みの陰に、荷物を隠したままなのだ。もう時間も遅いし、荷物を枕に寝たほうがいい。
《明日からは赤蘭月だ。昼間のうちから忍び込もう。夜は魔物対策で警備が厳重になるだろうし——》
「うん、わかった」
ランはうなずいて、ふと、木々の向こうの緑蘭月を仰ぎ見た。
半分雲がかかっていて見えない。明日の天気はこの分だと、あまりよくなさそうだ。
しかし、天気が悪かろうがなんだろうが、明日の夜空に姿を現すのは赤い魔の月だ。
(アージュ、大丈夫かな……)
ひとり旅に出てしまったのか、それともまだこの街にいるのかわからないが。
けれど、心配したところでなにもできないので、ランは彼女のことを心の隅に押しやって、遺跡をあとにした。
最初の公園に戻ったランは、すぐにでも荷物を枕に寝るつもりだった。
だったのだが——植え込みの陰に隠したはずの荷物が消えていた。
「うそ……誰か持ってたのかな」
ランは蒼白になった。
荷物の底には保存食をはじめ、大事な青いマントが入っているのだ。
「……どうしよう」
《なにか、大事なものでも入っていたのか?》
オードにもアージュにも、あれが父親が残していったものだ——ということは話していなかった。
あのマントは、顔も知らない生死すら不明の父親のものだった、というよりは、ランにとっては「じっちゃんがくれたもの」という意味合いのほうが大きかったのだ。
しかし、ないものはないし、探すあてもない。
ランが茫然としていると——
いきなり、頭上からなにか布のようなものが降ってきて、ランを覆った。
「うわっ? なに?」
あわてて払いのけると、それはあの、青いマントだった。
「なんで上から……」
ランが頭上を振り仰ぐと、そばに立っている木の枝に、深紅の髪をみつあみにしたひとりの少女が座っていた。
「アージュ⁉」
《……アージュ! なぜここに?》
驚くランとオードの前に、アージュはスタッと降り立った。
「こんなところで、きれいなマントを拾うなんて、あたしってツイてるよね」
初めて逢った夜と似たようなことを言い、アージュはニッと笑った。
「まったく、不用心よね~~。荷物置きっぱなしで、どっか行っちゃうなんてさ。あたしが拾ったからいいようなものの……」
「ごめん。でもさ、仕方なかったんだよ」
ランがマントを丸めながらそう言うと、アージュが、
「やっぱり、王女さまに会えなかったの?」
と言ったので、またまたランとオードはびっくりしてしまった。
「ええっ?」
《なぜ、それを?》
「王女さまが行方不明になったっていう噂を聞いたのよ。で……オードが落ちこんでるだろうなーって思って」
照れているのか、アージュは腕を組んでそっぽを向いた。
《アージュ……!》
「心配して戻ってきてくれたんだね!」
ランがうれしそうに言うと、アージュは怒鳴るように否定した。
「そんなんじゃないわよ! 野宿しようと思って、この公園に来たら、たまたま、あんたの荷物を見つけちゃったの! ……ったく、くされ縁っていうかなんていうか」
「お金持ってるのに? なんで野宿?」
「節約よ、節約!」
今は半分以上、月が雲に隠れているので、顔はよく見えないが、アージュは真っ赤になっているのが、ランにもオードにもわかった。
きっと、彼女は自分たちを心配して捜してくれたのだ。
「オレたちと別れて、やっぱ、さびしかったとか?」
「うるさいっ」
「痛てっ」
いつものようにアージュに頭をぽかりとやられ、ランは笑った。
「あは、あははは」
「なによ? なにがおかしいの」
「やっぱ、アージュはこうじゃないと、って思って」
「……もう一発、お見舞いする?」
「ううん、いい……痛てっ」
いらないと言ったところで通用するはずもなく、やっぱりまたぽかりとやられた。
ランはうれしくて、思わずアージュに抱きつきそうになって——またまた、頭をはたかれたのだった。
(第三話 4・5 に続く…)
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