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第二巻~オオカミ少年と伝説の秘宝~ ③-3-3

その日の夕食は大変にぎやかだった。
 海賊たちは大きなテーブルをみんなで囲み、大皿から好きなように料理をとって食べ、酒を飲み、陽気に歌い、大声で話す。
「まるでお祭りみたいだね」
「いつもこうよ。はい、スープ」
 マーレがスープを入れたカップをランに回してくれた。
《客船でかしこまって食べるより、このほうが気が楽だろう、ランは》
 オードとは食堂で再会した。今はいつものようにランの首にかかっている。
 アルヒェとオードは意気投合したようで、「どうだった?」と、ひとこと尋ねると、《実に有意義な時間だった》という答えが返ってきた。
「オードと話していて、海に捨てたくなったりしませんでしたか?」
 ランが冗談めかして、向かいの席にいるアルヒェに訊いた。
「一回だけ。君の言うとおり、おカタイね、彼は。身体もカタイけど」
「あははっ、それおもしろーい」
《私はおもしろくない》
「カタイなあ、本当に」
 アルヒェが手を伸ばして、オードを指先で軽く弾く。
「人生には笑いも必要ですよ」
《君は学者のくせに、変わっている》
「おや、知らなかったのかい? 学者には柔軟な発想が必要なんだよ」
 そんなやりとりを聞いて、ランは思わず笑ってしまった。
アルヒェは学者とはいえ海賊の仲間だから、オードがここまで打ち解けるとは思ってもみなかったのだ。
「よお、小僧。ちゃんと食ってるか」
 突然、肩にがしっと太い腕を回されて、ランはびっくりした。ゲネルだった。
「おまえがさ、俺に蹴りを入れてきたときゃ、正直おどろいたぜ。ちっこいのにお嬢さんを助けるために海賊に挑んでくるなんざ、たいした度胸だ。おまえ、海賊の素質あるぜ」
「え? ホントに?」
 ランがうれしそうに目を丸くすると、ゲネルや、まわりにいる海賊たちがどっと笑った。
「ああ、ホントホント、身軽だし、マストもするする登っちまうし」
「帆桁で逆立ちなんて、俺たちでもできない芸当だぜ」
 ランはほめられていい気分になった。
「じゃあ、このまま海賊になっちゃおうかな――っ、なーんて」
《ラン! 本気か!?》
 お気楽なランを叱るように、オードが怒鳴る。
「ん――、半分本気。とりあえず古代遺跡まで行くんだしさ、だったら、その間、海賊になりきるのも悪くないかな――っ、なんて」
 言葉通り、半分本気らしいランの様子にオードは頭が痛くなってきた。
 と――いちばん奥の席で、ゆったりと構えていたキャプテン・ガレオスが酒の入ったカップを手に立ち上がった。
「諸君! 我々はあと七日もすれば、ゼーガント諸島に到着する。そして、あの古代遺跡にいよいよ突入するのだ!」
「おお――っ」
 と海賊たちが一斉にカップを掲げ、吠えた。
「今度こそ、滝の奥に眠るお宝を手に入れるのだ! 我々には魔法の鍵がある!」
「おお――っ」
 すると、海賊のひとりが鍵のかかった宝箱を抱えてやってきて、ランの前に置いた。
 余興だ。海賊たちの前でオードが本当になんでも開けられる魔法の鍵だと示してみせ、士気を高めようというのである。
「オード、お願い。あれを開けてちょうだい」
 マーレがそっとオードに話しかけた。
《いいだろう》
 承知すると、オードは声を張り上げた。
 
《私が見事、この箱を開けてごらんにいれようではないか!》
 
「おお――っ」
 期待に高まる視線が一気にオードに集まる。食堂内は静かになった。
 ランはオードを宝箱の鍵穴に差し込んだ。かちり――と小さな音がした。
 オードを鍵穴から抜くと、ゲネルが腰から抜いた剣の切っ先で宝箱の蓋を押し上げた。
 中には酒の入った瓶がいくつも入っていた。
「野郎ども! 今夜は存分に飲むがいい!」
 ジッドが瓶を取り出し、栓を抜いた。発泡酒だったらしく、勢いよく泡を吹く酒が景気よくあたりにまき散らされた。
 誰かが笛を吹きはじめ、陽気な音楽が流れ出す。肩を組んで大声で歌をうたい、テーブルのうしろで踊り出すものが現れ、食堂はまたまた祭りのような騒ぎになった。
「海賊って、楽しい――っ!」
 ランも席を立ち、海賊たちの踊りに加わったのだった。
 
            


 
 その頃――アージュは。
「――あいつら、なに、馴染んでんのよ!?」
 食堂の外の通路を腰をかがめて小走りになって突っ切っていた。
 そう、実はアージュもこの海賊船に乗っていたのである。
「あたしのことなんて、すっかり忘れてんじゃないでしょうね」
 アージュはイライラとつぶやき、誰もいない通路を進んだ。かがめた腰が少し痛い。それもそのはず、一晩ずっと樽の中に潜んで身をかがめていたからである。
 昨晩、一度、船室に戻り皮袋ふたつとトランクを抱えて飛び出したアージュは、ランが捕まったところを目撃し、とっさに海賊たちが運び出そうとしていた樽のひとつに隠れたのだ。
 機を見計らってランたちを助けようと思っていたのだが、昨夜は樽の中でいつのまにか眠ってしまい、今日はずっと倉庫の中でカードゲームに興じている海賊たちがいたので、今さっきまで出るに出られなかったのである。
 誰も足を踏み入れたことのない古代遺跡のお宝――には興味があったが、マーレとランの仲直りのいきさつや、アルヒェのことを知らないアージュは、海賊と行動をともにする気などさらさらなかった。
 隙を見てふたりを助け出したら、船の横っ腹につけられている小舟に乗って逃げるつもりだ。
カナヅチのアージュは大海原に小舟で乗り出すのは怖くて仕方なかったが――それは逃げたあとで考えればいいと――要は問題を先送りにしただけだが――腹をくくった。
 で――今、アージュが目指しているのは船長室だった。
(海賊となれば、宝の地図とか伝承を記した本とかがあるはず……もしかしたら)
 呪われた血を清めるといわれる『白蘭月の白い丘に咲く白い蘭の朝露』についてもなにかわかるかもしれないと考えたからだ。せっかく海賊船に乗ったのだから、物にしても情報にしてももらえるものはもらっていこうと思ったのである。
 アージュは無事、船尾に位置する船長室に忍び込んだ。
 大きな机の後ろの壁には海図が貼ってあり、両側の本棚にはたくさんの本がびっしり詰まっていた。お宝らしいものと言えば、机の上に銀細工の紙切りナイフと、文鎮のかわりか水晶の原石が紙の束の上にどんと置いてあるだけだった。
 机の引き出しをあけると、金の指輪がひとつと、ルビーをあしらったボタンが出て来た。
「……ったく、ろくなお宝がないわね。やっぱり、別のところに隠してあるのね」
と、つぶやいたとき、アージュのおなかがぐーっと鳴った。
無理もない。昨夜からなにも食べていないのだ。
「あとで食料庫を探さなきゃ……」
 机から離れ、まずは左の本棚の一番上の棚から片っ端から本を引き抜き、めくっていく。
しかし、船長は意外に読書家なのか、古典の名作が多く、なかなか目当てのものが見つからない。
 ふと、本棚の中段に蓋つきの壺が置いてあるのに気がついた。
(もしかして、お宝?)
 とアージュが期待して蓋を開けたのだが――中に入っていたのはナッツだった。
「なんだ、ナッツか……」
 と言いつつ、おなかのすいたアージュはナッツをつかんで食べはじめた。
「おいしい……これ、どこのナッツかしら?」
「それはアーキスタ産のナッツだよ」
「ふーん……アーキスタの……え?」
アージュはその場で固まった。
肩越しに振り返ると、海賊らしくない眼鏡をかけた青年が立っていた。
アージュは知らないがアルヒェだ。アルヒェは食堂の騒ぎからひとり抜けだして、本を借りるために船長室に寄ったのである。
「君、もしかして……オードが言っていたアージュじゃないのかい? 驚いた、この船に」
 乗っていたんだね、とアルヒェは続けられなかった。
 
「だあ――っ」
 
 とアージュが体当たりをかまし、部屋の外に飛び出していったからだ。
「ちょっと待って! 待てってば!」
 アルヒェもすぐに飛び出し、あとを追った。
 アージュは走りに走り、甲板に出た。
すると、夜風に当たりながら酒を飲んでいた一団にいきなり出くわしてしまった。
「な、なんだあ?」
「女だ! 女!」
 アージュは「女だ!」と叫んだ丸顔の海賊の顔面を踏み台にして、跳躍した。
それで一気に距離をかせぎ、船首方面へと向かう。
 いきなり現れた闖入者に船の上は大騒ぎになった。
誰もがアージュを捕まえようと、追いかけてくる。
 アージュは持ち前の身軽さを発揮し、跳んだりはねたりして、逃げに逃げ回った。
 捕まりそうになれば鋭い蹴りを放ち、時には海賊たちの股間を容赦なく蹴り上げる。
挟み撃ちにしようとして、スッと身をかがめられ、頭と頭をぶつけて伸びてしまった海賊もいた。
 
「アージュ!」
 
 ランの声が聞こえ、アージュは振り返った。
 その一瞬の隙に、アージュは手首をつかまれ、動きを封じられてしまった。
 彼女をつかまえたのは――キャプテン・ガレオスだった。
「随分と気の強いお嬢さんだ。それに運動神経もいい」
 アージュはキッとガレオスをにらみつけた。


 燃えるような深紅の瞳を黒い瞳で受け止め、ガレオスはにやりと笑った。
「それに度胸もいい。大事な従弟を助けに来たのか」
アージュは答えなかった。
助けに来た――と素直に言うのが、ランやオードにたいして癪にさわったからだ。しかも、このふたりは自分抜きで楽しく過ごしていたみたいだし。
 
「助けに来たんじゃないわ。『このバカ!』って頭をはたきに来たのよ」
 
「アージュ~~……」
 ランが情けない声をもらし、海賊たちの間から笑いが起こった。
《まったくもって、アージュらしい》
 オードの声が聞こえ、アージュはランの胸元に下がっている彼を見た。
「オード、あんたまでなに馴染んでんのよっ。それでも元王立騎士隊の騎士なの!? 見損なったわ!」
《す、すまない……しかし、私は君に会うためにいろいろと》
「いろいろとなによ!?」
 アージュは鋭い声で言い放ち、ランのそばにいるマーレをにらみつけた。
「そもそも、あたしはそこにいるお嬢ちゃんが気にくわなかったのよ! 海賊の仲間だったのね? あの客船に仲間を手引きしたのもあんたでしょ? おかげで久しぶりの贅沢がパアになっちゃったじゃないの! 一等船室の料金高かったのよ! 返してよっ」
 一気にまくし立てるアージュに、海賊たちの間からどっと笑いが巻き起こった。
「ランは海賊になりたいと言っている。お嬢さんもどうだ? 素質は充分あるみたいだしな」
 ガレオスが、からかうように笑い、海賊たちがやんやとはやし立てる。
「ラン、あんた本気?」
「本気っつーか、楽しそうだしさあ、なんとなく、なってもいいかな~~なんて。海賊って、なんかカッコイイし。お宝求めて冒険! なんておもしろそうだし」
「それだけ? 相変わらずお気楽すぎるわ」
「アージュだって、お宝大好きじゃん」
「それとこれとは別よ!」
「お宝好きは本当らしいな」
 アージュの左手の親指にはまっていた金の指輪を、ガレオスが抜き取った。
それは先ほど、船長室で引き出しの中から見つけたものだった。
「キャプテン・ガレオスの机から物を盗むとは――ますますもって気に入ったよ、お嬢さん」
 
 アージュは懲罰牢へ押し込められた。
「――ったく、昨夜は樽の中で今日は牢屋? あたしだけ、なんでこんな目に遭わなきゃなんないのよ!」
 と、そこへ。
「アージュ、おまたせ」
 食事を載せた盆を手にランがやってきた。食事の差し入れ口から、そっと盆を中に押し込む。
「おなかすいてるんでしょ、食べなよ」
「……言われなくても食べるわよ、バカ!」
 アージュは毒づいて、パンをつかんで食べはじめた。
 彼女が食事をしている間、ランとオードはかわるがわるこれまでの経緯を説明した。
「――で、今、この船はその古代遺跡に向かっているってワケね」
 最後のスープを飲み干し、アージュはふーっと息をついた。
《海賊に加担するのは本意ではないが、歴史的な観点から見て、非常に興味深いものなのだ。古代の謎を解き明かす、研究の一助となれば……》
「そんなの、あたしにはどうでもいいわ。白い蘭の手がかりがあるなら別だけど。でも、デリアンまで送ってくれるなら、協力すれば?」
 とげとげしい言い方に、ランはおずおずと切り出した。
「オレ、もうマーレとは仲直りしたから。アージュも許してあげてよ」
「許す? どうしてよ。快適な船旅をブッ壊されたのに?」
 絶対にイヤよ、とアージュは頬をふくらませた。
「でもさー、海賊もなかなか楽しいよ? せっかくだから、アージュもいろいろ体験してみればいいのに」
「ロープの結び方とか? マスト登り競争とか? 別に興味ないわ」
「アージュ~~……」
 ランが半泣きになった。
 
《アージュ、もういい加減、私たちを許してくれないか? ……そうだ、損をした一等船室の船賃のかわりに遺跡のお宝で好きなものをひとつ獲ってもいい。今回ばかりは目をつぶろう》
 
 正義感の強いオードの、意外な譲歩案だった。
 そう言われなくてもアージュはお宝をくすねる気満々だったのだが――いつまでもすねているのはいい加減、子どもっぽいと思い、これを機に折れることにした。
 
「わかったわ。そのかわり、遺跡から戻ったら、とっとと海賊とはおさらばするのよ」
 
《了解した》
しかし、ランはすぐに返事をしなかった。
《ラン、どうした?》
「あんたまさか、本気で海賊になりたいなんて思ってるんじゃないでしょうね? あたしたちは呪われた血を持つ身なのよ。来年の黄蘭月がめぐってきたとき、あんたはオオカミに変身しちゃうのよ? そのことをマーレは知ってるの?」
「ううん……言ってない」
 ランは首を振った。言えるワケがなかった。オードの存在をあっさり受け入れたのは、彼らが魔法の鍵を必要としていたからだ。オオカミや吸血コウモリならば、海賊たちは剣で刺し殺したかもしれない。
 マーレと別れるのはさびしいが――仕方ない。
「明日、ここから出してもらえるようにキャプテン・ガレオスに頼んでみるよ」
 ランは言って、空になった食器の載った盆を手に立ち上がった。
 

(第三話-4へ続く…)


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