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第二巻~オオカミ少年と伝説の秘宝~ ③-4-2


 
 黒蘭月の間を抜けると、また壁画の間だった。
「結婚式の次だから何かと思えば……」
 アルヒェの唸りも当然だった。壁に描かれていたのは、先ほど倒したばかりの二匹の魔物だったのだ。王子は魔物に勇敢に立ち向かい、戦った。そして、その魔物を従え、凱旋したのだ。
「これって、さっきの魔物たちを連れて帰ってきたってこと?」
 ランの問いに、アルヒェが壁画を見つめながら、
「そうみたいだね。しかし、魔物を飼う場所など普通はないだろうから、さっきのところに押し込めておいたんじゃないか。どちらも黒蘭月に徘徊する魔物のようだし、この先にあると思われる秘宝の番人としては適切だしね」
「学者先生、でも、ここって古代の遺跡なんだろ? なんであんなバケモノがエサもなくずっと生きてるんだ?」
「今まで誰も来なくて暇だから寝てたんじゃないですか? 動物や虫にも冬眠する生き物はいますし。そう考えると珍しいことではありませんよ」
 アルヒェはそう結論付け、次の壁画の前に立った。
 今度はまた祭りのような場面だった。王子が、晴れて王となったのである。民は喜びに沸き、歌い踊り、国中が祝っている。
 その次は一転して、とてもおだやかな光景だった。王となった王子が妻とたくさんの子どもたちに囲まれている絵だったのだ。
「王子は敵国を平定し、魔物を従えたのち、王となった。そして、しあわせに暮らしました。めでたし、めでたし……って感じですね。で、この先は」
 アルヒェは奥を見た。
 物語はこれでおしまい、といった雰囲気だった。
今までの流れで行くと、次は黄蘭月の通路に出るはずだったのだ。
 しかし、ランたちの前には、この神殿の入り口と同じような両開きの扉が立ちふさがっていたのである。
 
「なんでまた扉があんのよ?」
 
 アージュが目の前の扉に文句をぶつけた。
「学者先生、いよいよじゃねーか? この扉を開けると、壁画に描かれてた王様が隠したお宝がどっさりあるに違いねえ」
 ガレオスがニヤリと笑い、乾いた唇をなめた。
「そうかもしれませんね。ちょっと待って下さい」
 アルヒェは淡々と答えて、扉に彫られている古代文字を指でなぞった。
「なんて書いてあるの?」
 マーレがわくわくとアルヒェの手元を覗き込む。
「……輝く月の光のもとに……死の眠り……永遠に……汝、汝……えっと……。すみません、これ以上はちょっと読めません」
 死、という言葉を聞き、誰もが眉をひそめた。
「まだ先があるってことか」
「そうかもしれませんね。油断は禁物です。じゃ、オード、とりあえずよろしく」
《わかった》
 ランがオードを首から外し、鍵穴に差し込んだ。
 扉は簡単に開いた。また一枚を三人がかりで開けると、その向こうにはまばゆい光に満ちた空間が広がっていた。
「明るい……」
 暗いところばかり通ってきたため、ランはまぶしげに目を細めた。
 天井には黄金の円板がはまっている。黄蘭月を模したものだ。
そして、壁一面に黄金が貼りつけられており、どういう仕掛けかさっぱりわからないが、この部屋は明るい光に満ちていた。
 壁際にはずらりと宝箱が並び、それらの後ろに宝物を守るように剣を掲げた鎧が立っている。
「よっしゃあ! ついにお宝を手に入れた!」
 ゲネルが雄叫びを上げると、海賊たちは一斉に散り、宝箱に飛びついた。
「すっげ――っ」
「こんなにたくさんの宝箱なんて、初めて見たわ!」
 マーレとランもうれしそうに駆けていく。
「おやおや、みなさん、はしゃいじゃって」
 宝には興味がないアルヒェが苦笑し、「歴史的に価値のあるものを見つけた場合は、ちゃんと僕に見せて下さいね」などと声をかけている。
 ガレオスはうまそうにパイプを吸い、煙を吐いた。さすがはキャプテン、落ち着いている。
「お嬢ちゃんはお宝が欲しくねえのかい?」
 黙ったままのアージュに、ガレオスが話しかける。
「もちろん、あとでいちばん良いのを頂くつもりよ」
 アージュはすっとこの広間の奥を指さした。
 そこにはまた扉があり、剣を掲げた鎧が守るように両脇に立っている。
「秘宝はあそこにあると見たわ。ここは前座。余興みたいなもんよ」
「抜け目ねえな、お嬢ちゃんは」
 ガレオスはおもしろそうに笑った。
 アージュとガレオスのやりとりなど知らないランは、宝箱に手をかけあけようとしていた。
が、当然のことながら宝箱には鍵がかかっていた。
「オード、よろしく〜」
《……海賊に加担するのは本意ではないが……》
 ぶつぶつ言うオードを手に、ランは鍵穴に差し込んだ。
 かちっ、と鍵の開く音がすると、あちこちからお呼びがかかった。
「おーい、こっちもよろしく」
「こっちも開けてくれ〜」
「はーい!」
 ランは次々と宝箱をまわって、オードで開けた。
 が――しかし、喜んだのも束の間だった。
「おい、なにも入ってねーぞ?」
「どうなってんだ!?」
「こっちも空だ! なにもない!」
 宝箱はすべて空だった。
「そんな馬鹿な……」
「けどよぉ、なにもないぜ?」
「ここまで来て、そりゃあねえよなあ」
 海賊たちの間から、落胆の声が次々とあがり、「わたしのも空よ。つまんない」とマーレも泣きそうな声でつぶやく。
《すでに誰かが奪ったあとだったのでは?》
「でもさ、ここって今まで誰も入ったことないんだよね? オレたちだって、オードがいないと扉を開けられなかったワケだし」
 オードとランはそう言い合ったが、話しても結論が出るものではない。
 がっかりしたのは、アルヒェも同じだった。
「無意味に宝箱が並んでいるなんて、考えられない……」
「やっぱ、秘宝はあの奥だな」
「そうね。ラン、オード、行くわよ」
 ガレオスとアージュはさっさと奥へ歩いていく。
「なにか意味があるはずだ、なにか……」
 愕然と頭を抱えてつぶやき続けるアルヒェの声に呼応したかのように、異変が起きたのはそのときだった。
 奥の扉の前にガレオスとアージュが立った直後、両脇で扉を守っていた鎧剣士の剣が動き、扉の前にバツ印を作ったのだ。
「動いた!?」
 アージュが驚きの声を上げる。すると、背後からも「うわーっ」という声が次々に起こった。
 宝箱を守るように後ろにあった鎧剣士たちが動きはじめたのだ。よくよく見れば、鎧の中身は皆、骸骨である。
《――呪術がかかっていたのか》
 黄蘭月は魔の月ではない。だから、侵入者は油断する。その心理をついた仕掛けだったのだ。
 海賊たちは再び、剣を抜き、身構えた。
「ここまで来て、こんなヤツらにやられてたまるかよ!」
「さっきの魔物より弱そうだ! すぐに終わらせちまおうぜ!」
「お――っ!」
 あちこちで剣戟がはじまった。武器を持たないアルヒェひとりがあちこち逃げ回る。
 ガレオスもマーレもアージュもそれぞれの武器を手に、果敢に戦いを挑んでいく。ランもさっきの短剣片手に応戦するものの、
「わ、とっ、わっ!」
 しかし、短剣では戦いづらかった。
ランは振り下ろされる剣を受け流すのに必死になり、ちっとも相手にダメージを与えることができない。
 そして、最悪なことにランは短剣を弾き飛ばされてしまった。
「まだ一体も倒してないのに〜っ」
《ラン、剣がダメなら、蹴飛ばせ! 相手はただの鎧で中身は骸骨だ! バラバラにすれば立てなくなるだろう!》
「――だね!」
 ランは剣が振り下ろされようとするその瞬間に、鎧剣士を蹴飛ばした。
鎧剣士は後ろに吹っ飛び、開いていた宝箱のひとつに尻から突っ込んだ。
 とたんに、中の骸骨が崩れ落ち、ただの鎧となった。作戦は成功だ!
《ラン、剣を拾え!》
 今倒した鎧剣士の剣が床を滑っていく。
ランはそこかしこで繰り広げられている剣戟の合間を縫って、それを追ったのだが。
「この剣、もらうわよ!」
 先にアージュに拾われてしまった。
「あーっ、それオレの!」
「うるさいっ! あんたは剣なんてろくに使えないでしょーが!」
 アージュは拾った剣を手に、奥の扉を守る鎧剣士に向かっていった。
「そこどきなさいよ!」
 アージュの戦いぶりは見事だった。
振り下ろされる剣を次々と受け止め、かわしていく。
 そして、ついには斬りかかり、鎧剣士の腕を立て続けに落とすことに成功した。
「すっげー、カッコイイ!」
 思わずアージュに見とれてしまったランである。
 アージュは最後に剣で薙ぎ払うように、首をはねとばした。
そうしてまた、別の鎧剣士に向かっていく。
 
《アージュは剣術の心得があるのだな》
 
「え? そうなの?」
《ああ、見ればわかる。あれはある程度、訓練を受けた者の身のこなしだ》
「アージュって……」
 いったい何者なんだろう? という疑問はすぐに吹き飛んだ。
ランを狙って、また別の鎧剣士が襲いかかってきたからだ。
「うわっ!」
 間一髪、ランは剣を避けた。直後、背後で悲鳴が上がった。
「きゃあああ!」
 マーレだ。ランが振り返ると、マーレは短剣を折られ、右腕から血を流していた。
それでも果敢にマーレは鎧剣士を蹴飛ばし、一瞬の隙をついて逃げ出した。
「マーレ!」
 父親であるガレオスが叫ぶ。
が、彼はもっとも遠いところにいた。しかも、ひとりで三人の鎧剣士を相手に戦っており、とても娘を助けに行ける状況じゃないことは一目でわかった。
「くそっ!」
 ランは向かってくる鎧剣士に体当たりを喰らわせると、マーレの元に駆けた。
ほぼ同時にアルヒェもマーレを守るべく、滑り込んできた。
 が、しかし。最悪なことに三人とも武器がない。あるものといえば、定規ぐらいだ。
「アルヒェ、他になんか持ってないの!?」
「あとはペンとノートぐらいだ」
《ラン! 危ない!》
 次の瞬間、向かってきた鎧剣士にランよりも早くアルヒェが体当たりを喰らわせた。
鎧剣士がよろめく。が、これはわずかな時間稼ぎに過ぎない。
 アルヒェとランはマーレを両脇から抱えるようにして、その場から逃げた。
そうして、入ってきた扉近くに身をかがめる。
 ランは瞬時に周囲に目を走らせ、状況を把握した。
鎧剣士は思ったよりも強いらしい。海賊たちもかなり苦戦している。なかには怪我を負い、動けなくなっている者もいた。彼らをかばいながら、ジッドとゲネルが戦っている。
 ガレオスは相変わらず、三体も四体も相手に応戦しているし、アージュはと見れば、先ほどよりも息が上がっているらしく、なんとか受け流しているといった感じだ。
「もう逃げて逃げて逃げまくるしか……」
 アルヒェがマーレを背負いながら言った。
しかし、それではいつやられるか――アージュ、ガレオス、ジッド、ゲネルもいつまで体力が持つかわからないし。
 ランは天井を見上げ、金の円をキッとにらみつけた。何の因果か、ここは黄蘭月の間なのだ。
《まさか……》
 ランはオードを外してアルヒェに託すと、ふたりに言った。
 
「オレ、今から変身する。絶対、守ってみせるから――だから、驚かないでよ」
 
 ニッと笑うとランは駆け出した。
そうして、先ほど、鎧剣士を突っ込んで倒した宝箱の後ろに隠れるように回り込み、パッパッと服を脱ぐ。
 
(あれは黄蘭月、黄蘭月……)
 
 グランザリアの王城では王女を守るために、金貨を見つめて無理矢理、変身したのだ。あのときに比べたら、ずっと簡単なはず――……
 
 ――オオーン!
 
 ランは見事に銀色のオオカミに変身していた。
(やった! オレってすごい!)
 と自画自賛しながら、ランはまずアルヒェとマーレを追い回している鎧剣士に突っ込んで行った。
「オオカミの魔物!?」
《落ち着いてくれ! あれはランなのだ!》
「ランが!?」
 信じられないといったアルヒェとマーレの目の前で、青い瞳の銀色のオオカミが鎧剣士に襲いかかった。
ランは倒した鎧剣士の兜をはね飛ばし、大きな前脚で頭蓋骨を粉砕した。オオカミに変身すると、普通の少年のときよりも力が出るのだ。


 ランは続いて苦戦しているアージュのそばに行った。
「ラン! あんたこんなところで変身するなんて、バカじゃないの!?」
 毒づきながらも、ランが来たことでアージュが安心しているのがその声音から伝わってきた。
 ――オオーン!
 ランはうれしそうに一声吠えると、同じように鎧剣士を倒した。
「あのオオカミはランなのか? おもしれえじゃねえか」
 ガレオスは相手にしていた鎧剣士の最後の一体を倒し、マーレを守るために走った。ゲネルも自分の周りの敵をすべてやっつけ、ジッドの加勢に向かっている。
 そうして――ランの活躍もあり、ついにすべての鎧剣士を殲滅することに成功したのだった。
 
            


 
「ランが呪われた血を持つ者だなんて驚いたわ」
 マーレがランの銀色の毛を撫でた。
 ――オオン……
(驚かせてごめんね……)
 ランはそう言いたかったのだが、オオカミになった今では言葉で伝えることができない。
「鍵とオオカミか……嬢ちゃんの連れは、おもしれえな」
 ガレオスが剣をおさめながら、アージュに言った。
(本当はあたしも……なんて、ここでは敢えて言わなくていいわよね)
 アージュは半笑いを浮かべ、「でしょ?」と答えた。
 そのあと、怪我をした者たちの手当を終え、少しの休憩を取ると、ガレオスが先頭を切って奥の扉に向かった。
「さてと――じゃあ、とっとと先へ進むか。いくらなんでも、この先はもうねえだろ。な? 学者先生」
「さあ、まだ油断はなりませんが……」
《これ以上は勘弁してもらいたいものだ》
 アルヒェはオードを首から外し、最後の扉(だとみんな思いたい)の鍵穴に差し込んだ。
 そして――。
 かちり、と音がして、拍子抜けするくらい、扉はあっさりと開いたのだった。
 
 そこは薄暗い空間だった。
 しかし、明るい黄蘭月の間からの光が入り込むため、もう、ろうそくの火は必要なかった。
「ここは、やはり神殿だったのか……」
 アルヒェのつぶやき通り、奥には祭壇と思われる高い場所があり、その後ろの壁には岩盤に直接彫られたと思われる大きな女神像の姿があった。
《あれは……女神?》
 アージュの胸にかかったオードが言った。
「そう、女神です! 古代アーキスタの女神ですよ。やっぱり、ゼーガント諸島にはアーキスタの民が住んでいたんだ!」
 歴史的発見だ! とアルヒェが興奮して叫ぶ。
 が、そんなことはどうでもいい海賊たちは、祭壇の上に安置されているふたつの長方形の箱に群がっていた。その箱は石で出来ており、複雑な文様がびっしりと彫刻されている。
「これには鍵なんかかかってねえみたいだな」
「こっちも蓋がしてあるだけのようですぜ」
 男四人がかりで、重い石の蓋をずらして開けていく。
 そうして、中に入っていたものは――。
「が、骸骨?」
 ゲネルがどこか間の抜けた声を出した。中を見ていない海賊たちが、「また鎧剣士か!?」と身構える。
 アルヒェがゲネルを押しのけるようにして、箱の中を覗き込んだ。
「これは……もしかして」
 アルヒェはひとり瞳を輝かせながら、もうひとつの箱の中も確認する。
「やっぱり! みなさん、ここに来るまでに見た壁画を覚えていますか? これは棺です! 壁画に描かれていた王と王妃の亡骸ですよ!」
 うれしそうに報告するアルヒェを前に、海賊たちはみんな面くらった顔になった。
「それってよお」
「……ここはただの墓場ってことか?」
「うそだぁ――っ、ここまで来てそりゃねーよ」
 海賊たちは次々と膝をついた。
あまりの結末に拍子抜けしてしまったのだ。
「みなさん、嘆くのは早いですよ。ほら」
 アルヒェが黄金の王冠を持って、ぶんぶん振ってみせた。
「よく見てください、副葬品がたくさん入ってます。亡骸を傷つけるのは困りますので、僕がひとつずつ取り出しますから、受け取ってください」
「よし、野郎ども! 学者先生の指示に従え!」
 ガレオスが言い、ジッドがマントを床に広げた。副葬品をそこに並べるのだ。
 その様子を見ていたオードが、アージュに話しかけた。
《アージュはいいのか?》
「なにが?」
《宝物をひとつ獲ってもいいと言ったではないか》
「せっかくのオードの許可だけど、あたしはいいわ。そのかわり、これをもらっていくから」
 アージュは先ほどの鎧剣士を倒すのに使っていた剣を軽く掲げて見せた。
「剣、前からほしかったのよ。いいものは高いし、タダで手に入ってよかったわ」
 ――オオン!
(噓っ、アージュがお宝を手にしないなんて信じられない!)
 という心の声が聞こえたのか、ランはアージュに頭をはたかれた。
「うるさいっ」
「ランをいじめちゃダメっ!」
 とっさにマーレがランをかばった。
(マーレはやさしいなあ)
 銀色のふさふさした尻尾をぱたぱたと振ると、マーレがぎゅっとランの首に抱きついた。(イラスト必要?狼ランの絵少ないですよね)
「決めた! わたし、ランを飼うことにするわ」
《か、飼う?》
 オードがひっくり返った声を上げた。ランも同じだ。
 ――オオン、オン!
(飼うって、ちょっと! オレ、一晩寝ればちゃんと人間の姿に戻れるってば)
 冗談じゃないよ、と否定したところで、それが通じるワケもなく――
「ほら、ランもよろこんでるわ」
 マーレがランの頭を撫でる。すると、アージュがニッと笑った。
「じゃ、ランは置いてくか。かわいがってやって」
 

    
 
「――で、なんで、こうなるワケ?」
 青い空の下、大海原に漂う小舟の上で、アージュは遠ざかっていく海賊船をにらみつけた。
「君たちの荷物を無事に戻してくれただけでも、ありがたいと思わなくちゃ。いやぁ、キャプテン・ガレオスがやさしい海賊でよかったね」
 オールを手に小舟を漕いでいるアルヒェがのんびりと笑った。
アルヒェの隣には人間の姿に戻ったランが座り、同じくオールを手にしている。
「あーあ……オレ、海賊になればよかったかなあ」
 昨日、ゼーガント諸島の遺跡から無事に戻った海賊たちは、手に入れた宝を前に飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げた。
 その席で、ガレオスはランとアージュをいたく気に入り、「海賊にならないか?」と誘ってきたのだが、アージュは自分たちの旅の目的を話し、きっぱりと断りを入れたのだ。
 で――今朝、オードが《約束通り、デリアンまで送ってほしい》と言ったら、「勝手に行け」とばかりに小舟に乗せて放り出されたのである。
「もともとガレオスはデリアンまで行くつもりなんかなかったんだよ。だって、今までデリアンの客船をさんざん襲ってるんだ。のこのこ行ったら捕まっちゃうからね」
 つまり、ランたちは騙されたのである。
「ったく、このあたしが騙されるなんて」
《アージュは今までさんざん噓をついてきたからな。いい薬だ》
「なんですって――っ! きゃぁっ」
 アージュは例によってランの頭をはたこうとして、バランスを崩し、船底に尻餅をついた。
小舟が揺れた拍子に海水のしぶきが飛び、とたんに青ざめる。客船や海賊船は大きくてたいして揺れもなかったので気にしなかったのだが、小舟は揺れる。カナヅチのアージュにとっては一刻も早く降りたい乗り物だ。
「……こ、ここから一番近い陸地ってどこなの?」
「ん――……アーキスタかセルデスタかな? 僕としてはアーキスタに行きたいんだけどね」
 アルヒェもいっしょに小舟に乗っているのは、彼が「故国に帰って調査団を結成し、再び、あの遺跡に行きたいから適当なところで降ろしてくれ」と頼んだからだ。
《アルヒェはアーキスタの人なのか?》
「うん、そうだよ。もう三年も帰ってないから、とっくに死んでると思われてるかもね」
 のんびりとした口調でアルヒェが答える。外見は繊細そうだが、こういう性格だから、きっと海賊たちとも打ち解けていたのだろう。
「国に帰ったら、また学問を続けるよ。解き明かしたい謎がいっぱいあるしね。そうだ、君たちが探している『白い蘭』のことも調べてみようか」
「ホントに?」
《それは心強い》
 ランとオードが明るい声を上げた。
アルヒェは考古学者だから、別の糸口が見つかるかもしれない。なにしろ、白い蘭が咲く白い丘がどこにあるのかすら、まだわかっていないのだ。
《アージュ、アルヒェとともにアーキスタへ向かおう。なにも無理にデリアンに行く必要はないのだろう?》
「ま、まあね……」
 小舟の揺れを押さえるように縁をつかんだアージュに、ランが尋ねた。
「ねえねえ、なんでアージュは西へ西へって旅してたの?」
「気が向いたら教えるわ。今はそんな気分じゃないから」
「え――っ」
 とランは口を尖らせたが、微妙に青くなっているアージュの顔色を見て、文句を言うのをやめた。カナヅチのアージュは今、「この小舟が転覆したらどうしよう」という恐怖と戦うので精一杯なのだ。
「ところでさ、その白い蘭の朝露を手に入れてちゃんとした人間に戻ったら、ランは海賊になるのかい? マーレが泣いてたもんな」
 お別れのとき、マーレは泣きじゃくっていた。大人びた口調で話をする子だったから、幼い子どものようにわんわん泣くのが意外で、ランはびっくりすると同時に少し胸が痛んだ。
 アルヒェがからかうような目で続ける。
「君たち、仲が良かったもんね。客船からマーレが戻るなり、君の話をいっぱい聞かされたよ。ランっておもしろいのよ、ランってかわいいのよーって」
「え……えっと、はははは」
 ランは半笑いを浮かべた。
なぜだかわからないが、アージュが凄い目でにらんでくる。
小舟の揺れで気分が悪いせいなのか、自分を騙したマーレのことをまだ怒っているのか。
(なんでそんなに、オレのことにらむワケ? これなら、いつものように頭をぽかっとやられたほうがマシかもしれないよ~~)
 頭をはたかれたらはたかれたで、「なんでオレが〜?」といつものように涙目になるのは、わかっているのだが。
 なんだかいつもと勝手が違う――と妙に背中がむずがゆいランであった。
 
 それから一晩、小舟は波間を漂い――……。
翌朝、ランたちは近くを通りかかった漁船に運良く拾われた。
漁船はセルデスタのもので、漁師たちの拠点であるセルチという港町まで乗せていってもらうことができたのである。
「せっかく来たんだから、魚料理でも食べて行こうか」
 漁師たちにお礼を言ってわかれたあと、アルヒェがうーんと伸びをしながら提案した。
「魚って海の魚だろ? オレ、エビとか白身魚のソテーとか食べたいなあ」
 客船での豪華な食事を思い出し、ランがわくわくと目を輝かせる。
「あ、でも、僕、お金持ってないよ。ランとアージュは?」
「お金なら心配いらないわよ」
 陸地に降りたって、すぐに元気を取り戻したアージュがニッと笑った。
《珍しく気前が良いな》
「痛てっ」
 オードのとばっちりで、ランはいつものように頭をぽかっとやられた。
(いつものアージュだ!)
 と思うとうれしくて、ランはついつい口の端をゆるめて、ニヤニヤと笑ってしまった。
「なによ? 変な笑い方しないで。お金はね、これを売って作るのよ」
 そう言って、アージュはポケットから金の指輪をひとつ取り出した。
「それって、まさか!」
 アルヒェが目を丸くする。
「そう。キャプテン・ガレオスの机の引き出しに入ってたヤツよ。ついでに、こんなのも持って来たけどね」
 しれっと言ってのけて、アージュは今度は細工のうつくしい金の耳飾りと宝石をいくつか取り出した。あの遺跡の王妃の棺の中に副葬品として入っていたものだ。
「そんなもの、いつのまに!?」
「海賊たちがお祝いだって、騒いでる間にちょちょっとね」
「さすが、アージュ!」
《ハッハッハッ、してやったりだな》
 オードが怒りもせずに、大笑いした。自分たちを大海原に放り出した海賊たちの鼻を明かしてやったのだから、胸がすかっとしたのだ。
 が――しかし。
「それは売っちゃダメだ! 歴史的に貴重なものだよ。ひとつでも手に入って、僕はうれしいよ。ガレオスの指輪も実は大変に歴史的価値があってね。よかったあ、君が持ってきてくれて」
 アルヒェが涙を流さんばかりに、アージュの手にした宝飾品をつかみとった。
「ちょっと! あげないわよ」
「くれなくてもいい、貸してくれ、一生」
「どう違うのよ? 同じことじゃないの?」
 アージュが取りかえそうと腕を伸ばす。
 が、意外に運動神経のいいアルヒェは、機敏な動きでアージュをひらりひらり躱していく。
 そんなふたりを見ながら、ランは深いため息をついた。
「ごちそう、食べられそうにないね。当分」
《先は長いんだ。また機会はあるさ》
 オードが励ますように笑った。
 
 青蘭月に入って、十四日目。
 さわやかな青い青い夏の空の下、ここセルデスタという小国のセルチという港町から、ランたちの冒険は再びはじまった。
 当面の目的地は、セルデスタの隣国アーキスタ。
 新しい仲間、アルヒェも加わり、ランたちの旅はまだまだ続く――。


 
(第二巻・おわり)















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