[小説・ユウとカオリの物語] 月はずっと綺麗でした │ユウ目線11話
あの日の僕は、仕事でとても疲れていた。以前カオリさんが「魔の5時過ぎね」と言って笑いながら教えてくれたんだけど、僕はいつも夕方5時過ぎになると、疲れたとかしんどいですとか、憂鬱なLINEを送ってるみたいで。あの日も僕は夕方、カオリさんに何度もLINEしてしまっていた。
「あぁ......もう嫌われてるかもな......だれもあんなメッセージ送ってこられて、嬉しかないよ。ダメだな、僕。なんでこうなんだろ。カオリさんは、面白いわよって笑ってくれてたけど、きっといつか嫌がられるよな」
そんなことをブツブツと言いながら、夜の田舎道を急ぎ足で歩いて帰った。家に着いてため息交じりに缶ビールを開けて。つけていたテレビの音がやけにうるさく感じた僕は「っるせーな」と言ってテレビを消した。いや、テレビがうるさいんじゃないな。いつもの聴覚過敏だ。うるさく感じるのは疲れてるんだな。音をシャットアウトして部屋を静かにして。カオリさんとのLINEを眺めながら僕は、ぼーっとツマミを食べていた。
そしたら突然スマホが鳴りだして、僕はびっくりして飛び上がった。
プルルルル......プルルルル......
「カ、カオリさん??」
カオリさんとのトーク画面が電話の呼び出し画面に代わっていた。この前僕がうっかり電話ボタンを押してしまって、慌てて切ったことがあったから、もしかして押し間違えたのかな……そう思ってしばらく画面を見ていたんだけど……
「鳴りやまないよ......取ってもいいのかな……」
僕は恐る恐る、電話にでた。
「も、もしもし?カオリさん??」
「はい、カオリです。操作ミスじゃないですよ。」
心を読まれた!と思ったら、笑いが止まらなくなった。初めての電話で緊張しながら電話を取った僕の心は、一気にほぐれた。二人でしばらく笑いあった後、カオリさんは静かにこう言った。
「今夜は月が綺麗ですね」
突然の事で僕は少し混乱しながら答えていた。
「え?そうなんですか?見てませんでした」
「それだけです。」
ツー、ツー、ツー......
......え??......え?え?今のは何?どういうこと???僕はとても混乱した。それだけで本当に電話が切れてしまったのだ。
「あれ?だけど今の、どっかで聴いたセリフだ。なんのセリフだっけ?」
そう思った僕は、スマホでググってみた。そして出てきた検索結果の一番上には、こう書いていた。
「あぁ!!!なんてことだ!!!そうだった!!!」
居ても立っても居られなくなった僕は、ランニングウェアに着替えてスマホだけ握りしめて、外に飛び出していた。見あげるとそこには、澄んだ夜空に美しく光る、満月があった。
「そうだ。今日は中秋の名月の日だ。そうだよ、月だ。月が導いてくれてたんだよ!」
感無量だった。なぜなら、僕が産まれた日も中秋の名月。数年前に亡くなった父が、よく言ってた。
「お前が生まれた日は、お月さんが綺麗でなぁ。綺麗なお月さんを見ながら、病院に走ったんだよ。そしたら生まれてきたお前は顔がまんまるでなぁ。お月さんみたいだったんだよ」
だから僕は子供の頃から、寂しい時、孤独な時、泣きそうな時、いつも月をみていた。そんな月が僕を導いて、あの日あのBarでカオリさんに会わせてくれたんだ。カオリさんはあそこで僕を待っていてくれたんだ。そしてカオリさんに気付かせてくれたんだ。僕への気持ちを。月が、もういいんだよって。そうなんだ!
僕は走った。カオリさんに伝えたくて。LINEじゃない。電話じゃない。この想いを直接、伝えるんだ。数十分、全力で走った。はぁはぁと息が上がって、少し呼吸を整えながら僕は、インターホンを鳴らした。しばらくして、カオリさんが扉を開けた。驚いた顔をしていたカオリさんに僕はこう言った。
「月はずっと綺麗でしたよ」
そうだよ。月はずっと僕らを照らしてくれてたんだ。僕とカオリさんが、ちゃんとその時に出逢えるように。愛を伝え合えるように。僕はきっとずっと、カオリさんに出逢う為に、月に照らされて走ってきたんだ。
「そうね......そうよね」
ニッコリと微笑みながらカオリさんは、両手をそっと出した。僕も両手を出してカオリさんの手を握り締めた。そしたらカオリさんに抱き寄せられた。しばらく僕を強く抱きしめていたカオリさんは、僕の顔をそっと撫でながら、口づけた。
「ユウ、あなたに完敗よ。これからはずっと一緒に、月を眺めましょう」
そう言いながら涙をにじませ、空を見あげたカオリさんの顔を、月が照らしていた。それはとても優しく、暖かな光だった。
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