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《ユウとカオリの物語》番外編:素敵な人たち

「今から練習、行ってくるよ!」

仕事を終えた僕は最寄りの駅から電車に乗って、カオリにLINEした。仕事終わりのジム練習。少し間が空いて久しぶりになっていた僕は、ワクワク感ににやけながらスマホを握りしめていると、カオリから返事が来た。

「行ってらっしゃい(^^)」

フフ......

付き合い始めのカオリは、メールもメッセージもえらく短い文章が多かったんだよね。絵文字も使う習慣がなくってさ。だから僕は、「短い文章の時は、最後に絵文字を付けるのは相手への気遣いだよ。文章だけじゃ、気持ちがちゃんと伝わらないじゃない」そう何度か言うとカオリは、それはそうね、と納得したようでそれから、短い文章の時は必ずその時の気分を表す絵文字を付けてくれるようになった。

ま、最近の若い世代は絵文字とかって使わないみたいだけどさ。僕たちメール世代はさ、拙い文章から生まれるコミュニケーション上の「誤解」というものを避けるために、相手への気遣いとして、絵文字を駆使してきたんだよね。それは僕はとても日本人らしい良い文化だと思うんだ。

それに、絵文字を使う使わないで、送ってきた人の心の変化が文章から読み取りやすい。僕自身は絵文字がなくっても、文字からその人の気持ち......特に負の感情が生まれた時は、気付いちゃう能力があって、カオリはそれを僕の「特殊能力」だと言うんだけどね。みんなそんなものだと思ってた。だけどカオリからは「なんで同じ言葉なのに違いがわかるの??」ってびっくりされるんだよね。そうなのかなぁ、特殊能力?ま、いいや。カオリにとっては役に立ってるみたいだしね。

だって昨日なんてさ、カオリが仕事のことで落ち込んで、LINEでずっとやりとりしててさ。「ありがとう」なんてLINEが来たのに、そのありがとうが悲しそうでさ。本人気づいてないからね。後から「わたし、悲しかったみたい」なーんて、泣きながら電話がかかってきて。やっぱりだったよ。でもいいんだそれで。僕が包めば彼女は気づく。そうやって2人で補い合って生きていくんだから。

そんなことを思いながら電車を降りて、重いバックパックを抱えてジムに急いだ。

「あ、ユウさんこんにちわ!」

ジムに入ると、あれ?今日は会長一人だ。他の練習生は来てないのか。

「最近、週末は少ないんですよねぇ」

会長がそうボヤキながら頭をかいた。ラッキー!そう思いながら更衣室に入って着替えていると、またワクワクしてきた。

こんな日は会長と色んな話ができるんだよね。

僕はこのヨツハシ会長が大好きだ。格闘技系ジムはこれで5つ目なんだけど、僕はもうここにずっと落ち着くつもり。数々のプロ選手を育てた会長は、僕が求めていた技術力、指導力、人間性を兼ね備えている。そして誰も気づいてはいないんだろうけど、とても繊細な人なのだ。そんなところも気に入ってる。格闘技ジムなのに、オラオラ系男子が一人もいないのも、この会長だからだろうな。会長は以前、オラオラ系の人は苦手だと言ってたし。フフ......とっても強い人なのにね。おかしいよね。だけどそんなところも好きだな。

「ずっと来てないクルミちゃん、明日来るかもなんですよ」

会長がそう言って少し嬉しそうに笑った。

「あ、そうなんですか!レディースクラスなら来やすいんですかね!」

クルミちゃんは昨年プロデビューした大学生の女の子。だけど負けてしまってそれ以来、ジムには数回しか来ていない。クルミちゃんのことをとても気にかけていた会長は、とても落ち込んでいたんだよね。明るくふるまってはいたけど知ってる。もう、次にデビューするトモキくんでプロを育てるのは辞めようかとか言ってたしね。

「ここ数ヶ月で人の入れ替わりが結構ありましたからね。あれでも結構人見知りなんですよ、彼女。僕もそうだからわかる......とか、言ったりしてあはははは」

あはは。ごまかさなくてもわかりますよ。ちゃんと。僕はそういうのには敏感なんだから。それに僕もかなりの人見知りだしね。会長はそれでいい。それだからいい。オラオラ系が苦手で人見知り。それでいて、話すと人懐っこくて愛嬌があって。ここに来るみんなそうなんじゃないかな。だから格闘技ジムなのに、ジムに来れば優しい空気が流れてる。

カオリが前に言ってた「自分を大事にできるようになると、自分を大事にしてくれる人に囲まれるようになる」って言葉。このジムに来てから実感してる。僕がこの人たちにたどり着けたのは、やっぱりカオリのおかげだよ。カオリが僕を大事だと言ってくれたから、僕は僕を大事に思えた。そしたらこんなに、素敵な人たちに気付けたんだ。

まだまだどんな、素敵な出逢いがまっているんだろうな。楽しみだ。


読んでくださりありがとうございます。
2人でそれぞれの目線から、2人の物語を書きあっています。
随時マガジンにアップしていきますので、
良かったら最初から読んでみて下さいね。
ユウとカオリの物語|https://note.com/moonrise_mtk/m/mafeab246795b

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