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積み荷の分際 第3話

 筑波先端科学技術大学で教鞭をとるレイ・タウンズ教授は、茨城県警交通事故捜査係の事情聴取に応じた。

 事件のあらましについては、モニター越しに観測していた。

 自動運転車MeMoveミーヴの運転席には、教授の教え子である在沢有意が座っていた。助手席には、国土交通大臣政務官の柊木尚志。

 ミーヴは試験走行路のど真ん中に躍り出た撮影クルーを轢いた後も停止せず、噴煙をあげながら暴走を続けた。リポーターは辛くも逃げおおせたが、重量のある報道カメラを抱えた撮影クルーが犠牲になった。なおも走行し続けたミーヴは路端にある単柱式の道路標識に激突し、ようやく自動運転がストップした。

 フロントガラスが砕け散り、車両内に黒煙がもうもうと立ち込める映像を車載カメラが捉えたが、映像はそこで途切れた。

「事故の犠牲者と搭乗者は無事なのかね」
「いえ……」

 交通捜査係は沈痛な面持ちで答えた。撮影クルーは即死状態で、在沢有意と柊木尚志は茨城県立厚生中央病院に搬送されたという。

「死亡したのは網野あみのあきら、四十三歳。報道番組『直撃ステーション』のカメラクルーでした」

 事故死した人物の名に聞き覚えはなかったが、報道番組の名には覚えがあった。人工知能の安全性について取材を受けたことがある。タウンズ教授の意見は都合よく切り取られ、人工知能の脅威を過剰に喧伝する煽情的センセーショナルな内容に編集されていた。

 自律的に人を殺す殺人ドローンなどに人工知能が悪用されれば、テロリストにとっては夢の兵器となり、核兵器よりもよほどコストのかからない人類史上最悪の大量破壊兵器になる、といった調子の黙示録を垂れ流した。

 時代のテーマであるAIについて、学者も含め、その実像を誰も正確には掴んでいない。産業界導入への大きな期待や経済再生への夢がまことしやかに語られる一方で、AIが人間の職を奪うとヒステリックに騒がれる。

 極端な敵対論も過剰なる礼賛論も同じ親から育った双生児であり、いたずらな脅威論でも夢見がちな万能論でもなく、人工知能の本質を捉えようとする姿勢こそがまさに今問われている。

「ご冥福をお祈りいたします」

 タウンズ教授は流暢な日本語でお悔やみの言葉を口にする。

「事故の経緯についてお聞かせ願いたいのですが、なぜブレーキが作動しなかったのでしょう」

 伊丹いたみと名乗った交通捜査係はまだ三十歳にも届いていなさそうな若い男だった。巨木のような体躯としゃくれた顎が武張った印象を強調し、目には義憤の色が見え隠れする。

「私は現場にいたわけではないので分かりかねる」

 緊急ブレーキが作動しなかった原因を尋ねられたが、テスト走行現場に居合わせたわけではないタウンズ教授に詳細は分かりかねた。

「自動運転車はなぜ減速せず、加速したのでしょうか」
「先も申し上げたが、私は現場にいたわけではない。お答えする立場にない」
「人が死んでいるんですよ。責任は感じないんですか」

 伊丹の声音には、犯罪者をなじるような非難の色があった。

「……責任?」
「試験走行を担当したのは、教授の教え子であったそうですね」

 タウンズ教授が眉をひそめると、伊丹は畳みかけるように言った。メタルフレームの眼鏡越しに見えたのは、鬼の首でも獲ったかのような勝ち誇った笑みだった。

「事故ではなく、事件であった可能性も視野に入れております」

 この男は、この場面でいったいなぜ笑ったのだろう。

 著名な人工知能研究者であるタウンズの頭脳は、即座にその意味を理解した。

 から「事故ではなく、事件として処理せよ」との命が下ったのだろう。自動運転車が人間を轢き殺した、という事実を前にして、警察組織は責任の所在を明らかにするのではなく、人心が納得するような明確な生贄スケープゴートを欲しているのだ。

 上層部では結論はすでに出来上がっており、無用な真実はブラックボックスの中に埋める気でいるのだ。

 これが人間の過失による事件であったならば、犯人を逮捕し起訴してしまえばいい。しかし事故であったならば、話はまったく別物になる。人工知能の導入を阻む逆風となり、その影響は自動車業界だけではとどまらないだろう。

「事故原因は精査いたします。過失のない人間に責任を押し付けることだけは避けていただきたい」

 タウンズ教授はしっしと手を振って、権力の犬を追い払った。

 今こそ、信頼できる明瞭な知性を持つAIこそが必要だった。

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