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『ダーバヴィル家のテス』の伝統と貨幣経済の狭間

批評について勉強しようと思って、放送大学の教材『文学批評への招待』を読んだ。
『ハムレット』についての記述もとても面白かったのだけど、

トマス・ハーディの、あのどこまでも救いのない小説『ダーバヴィル家のテス』についても記述があったので残しておきたい。

許容されるダブルスタンダード

テスの生まれ持った純粋な性質と美貌が災難を招くこの物語。

彼女の父親、貧農のジョン・ダービフィールドは自分が「名門ダーバヴィル家の末裔である」と人づてに聞き、根拠がないにも関わらず信用して疑わない。
父と母は器量の良いテスをダーバヴィル家に使いに出し、あわよくばダーバヴィル家の息子と結婚させられないかと思案。
なんとか経済的な窮地を脱しようと試みる。

楽観的かつ怠惰な両親。
散々めかし込ませて他力本願でダーバヴィル家に送り込んだにも関わらず、何も知らない純粋なテスがアレックに強姦されたと聞くと、態度を一変させるのである。

「誘惑しろ」というような命令をしておきながら、「純潔であれ」と言う。ヴィクトリア時代に限ったことではなく、長い歴史の中で維持されてきたこのダブルスタンダードな掟は、テスを追い込む。

貨幣経済と罪

貨幣経済の浸透した社会の中で、自分の意思に反して「堕落した女」となったテスは、乳搾り女として故郷を離れて働きに出る。
そこで出会ったエンジェル・クレアと恋に落ちるが、テスの過去を知ったエンジェルは1人でブラジルへ。

テスは臨時の仕事を転々として生きるが、牧師であるエンジェルの父によって表面上改心したアレックと再会。
その後、父親が死んでダービフィールド一家が住居を失ったことで、しつこく言い寄ってきたアレックに屈服する。

テスがアレックと暮らしていることを知って、帰国したエンジェルは絶望する。テスはアレックを殺害し、立ち去ろうとするエンジェルを追いかけ、ともに逃走する。

警察に見つかったテスが無抵抗に「どうぞ」と発し処刑を受け入れる描写は、諦めと神々しさが混在していて複雑かつ絵画的だった。

テスは自分より高次の階級の者に経済的にも肉体的にも支配される。そして、誰よりも純粋な心を持っているにもかかわらず、裁かれるのはテスそのひとである。

伝統と移りゆく社会の仕組みの間でさらに大きな歪みが発生した、ヴィクトリア時代の闇を提示するこの物語。

いつも読んでいるオースティンやエリオットとは全く違う女性の描き方。ハーディがテスを愛情を持って描いていることがひしひしと伝わる。
他の作品もよく観察したい。

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