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【怪談実話88】子牛

※動物に関して酷な描写が含まれますので、苦手な方はご遠慮ください。

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男性獣医師Nさんが獣医学部生だったころ、2年次の必修科目『解剖学実習』で子牛を解剖したことがあった。

解剖学実習の流れは、以下のとおりだ。

・生きている新鮮な子牛を、学生が屠殺する。
・皮を除去し、筋肉をスケッチする。
・筋肉を除去し、内臓をスケッチする。
・内臓を除去し、骨格をスケッチする。
・廃棄処分。

実習は、解剖専用の実習室(解剖実習室)で行われる。1日では全て終わらないため、屠殺した1頭の子牛を冷凍保存して2~3回使用する。

解剖対象となる子牛は生後6ヶ月ぐらい、体重2~300kgで、農家から無償で提供された黒毛の牛だ。出生後に肉用牛として育成されたが筋肉量が増えず、商品化に至らなかった子牛である。筋肉量が少ないだけで、筋肉そのもの、内臓、骨格は正常であるため、獣医学部の解剖学実習に使用されるそうだ。

屠殺には、電気を流して感電死させる方法が用いられる。<電殺>と呼ばれる。鉄板上に子牛を載せ、学生が電極を子牛の皮膚に接触させて通電する。電殺前は、子牛は縄で繋がれた状態で立っており、殺されるとは思っておらず、非常におとなしいそうだ。その子牛を、学生らが取り囲んで実習が行われる。

Nさんも、電殺の担当になったことがある。「何事も経験」と思い、立候補したそうだ。子牛(性別は覚えていない)の口の中に電極を入れ、口腔粘膜に電極を接触させて電殺した。通電時に全身の筋肉が収縮し、ばきばきばきばき、と鈍い音を響かせ、子牛は崩れ落ちた。

瞬殺だった。
数秒前まで無垢な表情で生きていた子牛が、目の前で即死するのだ。実習室は、緊迫、憐憫などが入り混じった独特な雰囲気に包まれる。この光景がトラウマになり、獣医学部を辞めた学生もいたほどだ。

「獣医師は動物を救うだけでなく、安楽死させることもあります。自ら絶命させることを受け入れられないと、獣医師には就けないんです」

解剖実習室は、大学構内のA棟の1階に位置していた。

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時計の針は進み、それから2年後。
4年生に進級したNさんは遺伝子関係の研究室に配属され、夜遅くまで実験をすることが多くなった。研究に没頭すると、夜0時を超えることもしばしばだったという。

彼が所属する研究室はB棟にあったが、A棟に頻繁に足を運んでいた。A棟の上層階にしかない特殊な研究設備を使用するためだ。A棟とB棟は隣接しており、両方の棟を歩いて往復する研究生活を送っていた。

ある夜、0~1時ごろ、いつものようにA棟に向かうと、A棟とB棟の間の外の通路に、もぞもぞと動く黒いものが視界に入った。解剖実習室の近くだ。Nさんが通る場所から20メートルほど離れた位置に見え、狸か何かだと思ったそうだ。暗いため、遠目では明確に視認できなかった。

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(現場の模式図。両棟の入口を行き来する際、視界の端に、もぞもぞと動く黒いものが見えた)

だが、その日以降も夜中にA棟に向かうと、決まって同じ場所にその蠢(うごめ)くものが見えることに気付いた。昼は見えず、夜中だけだ。そこで歩み寄って姿を確認しようと思い、ある夜、それに近づいてみた。5メートルぐらいの距離まで接近したとき、その正体がわかった。

「倒れて藻掻(もが)いている牛でした。黒毛の。藻掻きながら、めっちゃこっちを睨んでくるんですよ。凄い形相で。直観的に(あ、僕が殺めた牛だ)と思いました。本来、牛の眼って丸くてクリクリしてて可愛らしいだけに、あれだけ睨まれたら、ほんと背筋が凍って、しばらく固まってしまいました」

彼は恐怖感に覆われてしまい、我に返った後は慌ててその牛から遠ざかることしかできなかった。だが、時間が経つにつれ、その子牛に対して申し訳なさ、心苦しさが溢れてきた。だから次にその子牛を見かけたら、謝罪するつもりでいた。自分の理解と感情をその牛に伝えないと、この先も姿が消えることはないのではないか、という憶測もあった。

それから数日後の夜中。同じ場所に、同じ子牛が目に映った。(どうしても必要なことだったんだ。申し訳ない)と念じ、頭を下げた。

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その日の就寝後、Nさんは牛の夢を見た。
自分の視点で牛が客観的に見えるのではなく、自分が牛の視点になっている。つまり、自分が牛になっているのだ。

夢の内容は、牛の自分が、大量の餌を食べさせられるものだった。牧草、固形サイレージ(タンパク質、ミネラルを含む牧草発酵飼料)、流動食を強制的に与えられ、まるで拷問のような苦しみと辛さだ。

強烈な腹痛により、彼は目が覚めた。朝の4時ごろだ。痛すぎて眠れず、腹部を抱えながら横になるしかなかった。夜明け頃になると、次第に腹痛は治まっていった。

「その夢は、僕が電殺した子牛が農家で飼育されていた時期の記憶そのものだったと思います。強制的に大量の飼料を与えられたが筋肉が増量せず、そのまま解剖材料にされた、その子牛の一生を体感させられました。申し訳ないことをしたと思う一方、これが世の中の仕組みで、こういった事情を知ったうえで獣医師にならなければいけないと勉強されられました」

それ以降、夜間に蠢く子牛は姿を現さなくなったという。

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