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【取材した怪談240】忠告

40代の哲也さんに憑いている霊は、もう祓うことができないらしい。
出生時から憑いているそうだ。
これまで3人の霊能者に鑑定してもらったが、「強力すぎて除霊は無理」、「こちらの命にも危険が及ぶから関わりたくない」と匙を投げられた。

1人の霊能者の鑑定によれば、その霊は女性で、「江戸よりも前の時代」に生きた人物。
彼女は小さい集落で夫と暮らしていた。
だがその夫が、その土地で起きた犯罪に関して村の権力者に無実の罪を着せられ、処刑されてしまう。
強い強い恨みを抱いたまま、彼女は夫の後を追って自害した。
真犯人はその権力者で、哲也さんと顔つきが酷似している。
それが理由で憑いているようだ。
だから哲也さん本人に直接的な恨みがあるわけではないが、もしかしたら彼はその権力者と遠い遠い血縁の可能性もあるとのこと。

・・・

彼が30歳ぐらいのころ、朝から夕方までの本業の仕事に加え、夜はキャバクラでバイトをしていた。お店の女の子達の送迎業務だ。

「週6~7ぐらいでバイト入れてました。めちゃくちゃ稼いだろと思って」

店舗は大阪に位置するが、女の子らを奈良方面まで送迎することもある。長距離運転は避けられず、一晩の走行距離は約120キロメートルにも及んだ。

当時の1日の生活リズムは、昼間の仕事を終え、そのまま夜のバイトをこなして、1時間ほど仮眠してまた昼間の仕事に出かけるというものだ。十分な睡眠も取れず慢性的に疲労も蓄積していき、キャストの送迎中は「目を開けながら、意識が飛びそうになっていた」そう。交通量の少ない深夜にはスピードもかなり出していた。

このような二足のわらじ生活を2年半ぐらい続けた、ある日。
本業の仕事を終え、夜のバイトに出かける少し前の時間帯に、友人から携帯電話に着信が入った。ここ数年は連絡を取っていない相手だ。
なんやろ、と思って電話に出たら、暗い声でこう告げられる。

「あんたが死ぬ夢を見た」

予想外かつ縁起の悪い発言に、哲也さんは顔を歪めた。
友人の夢は、車を運転している哲也さんが事故を起こして血だらけで死亡する、という内容だ。やけに具体的である。

「あまりにも気持ち悪すぎて現実味があったから電話した。車に乗るのやめといてくれへん?」と強めに忠告された。

謝意を伝えて電話を切った後、厭な気持ちが膨張してくる。めったに連絡してこない友人がわざわざ電話を寄越してきたのだから、よほど鮮明で生々しい夢だったのだろう。まさにこれから、車で夜道を100キロ以上運転しなければならないのに……。

どす黒い感情で脳内が浸食されるなか、再び携帯の着信音が鳴った。
別の友人からだ。その友人も長い間、連絡を取っていない相手だ。

哲也さんが電話に出ると、その友人も「お前が事故で死ぬ夢を見た」と低いトーンで伝えてきた。
車を運転している哲也さんが事故を起こして血塗れで死亡する、という夢を見たそうだ。最初の友人の電話内容と一致していた。どうしても気になったから電話してきたようだ。

それだけでも十分に気が滅入るのに、この友人はさらに「車には、女の人も同乗してた」と付け加えた。この女性が哲也さんを殺そうとして事故を誘発しているように思えたらしく、「悪霊やないか」と陰気な声で示唆された。

「ちょっとやめてや」と弱々しく返答しながら、哲也さんの頭に思い浮かぶのは、自分に憑いている件の女性霊である。

ますます気味が悪くなっている彼に追い打ちをかけるように、この後もさらに3人の友人から次々と電話が入った。皆、口を揃えて「哲也さんの事故死の夢」を見たと言う。

「普段連絡を取らないような友達5人が、同じ日に同じ夢の内容で電話かけてきたんですよ。そんなこと、あります?」

いずれの電話も、哲也さんが本業の仕事を終えて夜のバイトに向かうまでの時間帯に集中した。

電話してくれた5人のうち、5人とも
①車の運転
②事故
③哲也さんが血だらけで死亡
は共通していた。

また5人のうち、「同乗の女性」を見たのは2人だったそうだ。
5人とも特に霊感が強いわけでもない。
一方、哲也さん自身はそんな夢を見たことがない。

「自分自身が怖い体験をするのとは違った恐怖感がありました。だからその日は僕が大事にしている御守り(いつもは財布に入れている)を運転席に出して、めちゃくちゃ安全運転したんです。そのおかげで、どうにか無事でした」と哲也さんは身体を震わせながら振り返る。

「その日は送迎バイトを休むという選択肢はなかったんですか」と私が問うと「当日にいきなり休むなんてできないんですよ」と彼はかぶりを振った。

「あの時の友人達の忠告の電話がなかったら、死んでたんやろなと思います。居眠り運転して事故するとか……」

半年後、哲也さんは送迎のバイトを辞めた。本業との二重生活により過労死の一歩手前まで身体を酷使してしまい、緊急入院するはめになったからだ。

・・・

以上が10年ほど前の出来事である。
ちなみに現在、哲也さんは件の女性霊と「共存状態」で落ち着いている。彼女が一生離れないのは変わらないが、以前よりも攻撃性は薄れたと感じるそうだ。

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