【取材した怪談話129】朝比奈峠(神奈川)

二〇〇六年の初夏、神奈川。
当時中学三年だった雅史さんは、同級生の友人A君、友人の母親、その母親の友人と四人でドライブに出かけた。A君とは家族ぐるみでの付き合いで、暑くなってきたから夜の海を見に行かないか、と雅史さんが誘われた形だ。

二十三時ごろ。友人の母親の運転でドライブが始まる。江ノ島方面に向かい、夜の海を堪能した。その帰り道。運転中の友人の母親が、「朝比奈峠ににある電話ボックスに、女の霊が出るらしいから行ってみようよ」と陽気な口調で言い出した。その電話ボックスは、鎌倉市の朝比奈峠に位置する霊園の入口付近にあるという。噂では、その女は電話ボックス内で受話器を持って会話をしているそうだ。

深夜二~三時。県道二〇四号の峠道をひたすら登っていく。本当に見えたら厭だなあ、と思っていると、友人の母親が「あれだよ、あれ」と興奮気味に言いながら車を停車させた。運転席の真後ろに座っていた雅史さんが視線を巡らすと──。

霊園入口付近の芝生区域の中央に、電話ボックスがぽつんと佇んでいる。辺りは暗いが、ボックス内の弱い照明により中の様子を視認できる。

電話ボックスの中には、こちらに背を向けた状態で女が立っていた。白かベージュのスーツを着ており、髪型はポニーテール。片手に受話器を持って立っている。女は微動だにせず、通話している様子はない。

「立ってる! 立ってる! もう行こうッ」

雅史さんが喚き、発車を促す。だが他の三人には全く見えないらしく「誰もいないじゃん」と冷たく返されるだけだ。

嚙み合わない会話に、もどかしさを感じた矢先。彼らの存在に気付いたのか、その女が受話器を持ったまま、ゆっくり、ゆっくりと振り返ってきた。振り返りの速度は、尋常でないほど遅い。機械仕掛けの人形のようなスローモーションが、薄気味悪さを掻き立てる。

<彼女>と目が合ったらヤバい──。
そう直感した彼は、「行け行け行け行け!」と思わず命令口調で運転席の背もたれをバンバン叩きながら友人の母親を急かした。

その勢いに気圧された友人の母親は、車を急発進させた。そのおかげで、女が完全にこちらに振り返る前に電話ボックスから離れることができた。

「どうしたの」
「女の人が、こっち向こうとしてて……」

車中でそんな会話を交わすうち、雅史さんは気分が悪くなりだした。頭がモヤモヤし、発熱しているわけでもないのに、ぼーっとする感じだ。隣に居るA君が言うには、顔色もかなり悪いらしい。

帰りの道中、コンビニに立ち寄って少し休憩させてもらった。車から降りて外の空気を吸い、水で喉を潤す。
その際、コンビニの前の明るい場所で皆で写真を撮った。A君の母親の友人にガラケーで撮影してもらったのだが、その画像を確認して雅史さんは絶句した。

彼の顔だけ、顔の右半分が外側に引き摺られ、まるで炎が横になびいてるように写っている。一緒に写っている他の三人の顔は正常だ。

何度撮り直しても、雅史さんの顔だけが真横に引き摺られて写る。

「これ、ヤバいよ……」
「ついて来てんじゃない?」

写真という絶対的な証拠により、皆の顔色もみるみる青ざめていく。

効くかどうか分からないが、帰宅前に粗塩を買って皆でお清めしよう、と話がまとまった。写真を撮ったコンビニでは売っていなかったため、その後に別のコンビニに立ち寄って購入した。

(悪ふざけで行ってしまって、ごめんなさい)と心の中で何度も祈りながら、雅史さんは塩を頭から振り撒いた。電話ボックスで女の姿を見ていない他の三人も、念のため塩を被った。

自宅近くに戻った頃には雅史さんの体調は快復し、その後も何事もなかったという。

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