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【怪談実話98】巻き戻し

霊感の強い男性Tさんは30代の時、精巣癌を患ったことがある。疾患が判明した時点で既に末期だった。全身に転移が進行している可能性が高く、助かる見込みが極めて薄かったそうだ。

もう自分は長くないと思った彼は、残された時間で何ができるか、自問自答していた。その結果、家族に金銭を残したいと思うに至り、当時住んでいた地域のパチンコ店の景品交換所の場所を全て調べ上げ、強盗を計画していたほどだった。

だが検査の結果、奇跡的に癌の転移が全く認められず、精巣腫瘍の摘出により一命を取り留めることができた。

「死ぬ予定だったから、それ以降、霊に対して恐怖が完全に消えたよ。それまではちょっと怖かったんだけどな」

・・・

腫瘍摘出手術のために入院していた病院でのこと。
病院の各階の外壁には、モダンな木製の庇(ひさし)が設けられていた(イメージ↓)。無論、人間が歩行できる場所ではない。

摘出手術から1週間後ぐらいの、ある夜中。
6階の病室の窓際のベッドの上から、(助かったんだ……俺)と感慨に浸りながら、Tさんは窓の外を眺めていた。全身の至るところにチューブが挿管されてほとんど身動きできない中、街の灯りに照らされた夜景が身に沁みたのを覚えている。

すると庇の上で蠢く、人型の影が視界に入った。

「庇の上から、伽耶子(かやこ)(映画『呪怨』参照)みたいな女が這って出てきて、コウモリのように庇に逆さにぶら下がったんだ。本当に、映画の伽耶子のように顔は真っ白、無表情。逆さまだけど、髪の毛は重力に逆らってたな」

この光景を目の当たりにしたTさんは、げらげらと大笑いした。

「馬鹿じゃねぇの、おまえ!」
「暇だねえ!」
「すげえ器用ぅ」
「なんで落ちねえんだよッ」
「先輩(既に死者という意味で)じゃないすか! 俺はまだ死なないけど」

笑いながらも、ありったけの罵詈雑言を声に出して浴びせた。
その声が届いたかどうかは分からないが、女は表情を変えずに、ささささ、と庇の上部に戻っていったという。

「女が戻っていくのが、這って出て来た動作の〈巻き戻し〉みたいだったな。ビデオテープの逆再生みたいな感じで、消えていったよ」

かかか、と豪快に笑いながら、Tさんは話してくれた。

・・・

※伽耶子の参照画像

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