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【怪談実話110】深夜のテニスコート

二十年ほど前、Aさんが中学一年生の頃の話。
彼女は年上のB君に片想いしており、頻繁に連絡を取り合っていた。

その夜も、自宅で電話越しにぺちゃくちゃと彼と雑談していた。彼から「今からちょっと、コンビニ行かない?」と誘われ、Aさんは快諾した。

夜間に、しかも片想い中の男性とふたりで会うことは、Aさんにとって初めての経験だった。夜だというのに張り切ってオシャレもした。もしかしたら手を繋いでくれるかも……と淡い期待を胸に秘め、ワクワクしながら彼が自宅前まで迎えに来るのを待っていた。

B君と合流した後、一緒に歩いてコンビニへ向かった。当時は最寄りのコンビニに行くにも、歩いて二十分ぐらい要した。それでもAさんは、彼との初デートに内心かなり浮かれていた。

他愛ない話をしながら、ゆっくりと歩いて行く。その途中、Aさんが通っていた中学校に続く道があった。「コンビニに近いから、そこを通って行こう」ということになり、中学校の方に向かった。

校舎の周囲には街灯が設置されているが、点灯していないものもあったり、点灯していても光量が乏しいものが多い。そんな中、ぼんやりと校舎が見え、薄暗い中でテニスコートが正面に見えてきた時のこと。

トンッ……トンッ……トンッ……トンッ

ボールを地面につくような音が、聞こえてきた。
音の感じからして、バスケットボールかな、とAさんは思った。少し重さのあるような音だ。

隣りを歩くB君も、その音に気付いたようだ。「こんな時間に、自主練してんのかな?」と彼が不思議そうに呟く。時刻は二十二時を過ぎている。

「真面目な奴も居るもんだな」と彼が感心したタイミングで、テニスコートにひとりの人影が見えた。

……トンッ……トンッ……トンッ……トンッ

「あの子が練習してんじゃない?」と、Aさんがその人影のほうを指差した。

「ああ、マジだ。アイツすげぇな。こんな時間まで練習するなんてな」
「でもさ……。テニスコートでバスケの練習って、なんかちょっと変じゃない?」
「言われてみれば……。そうだな、おかしいよな……」

ふたりでそんな話をしながら、テニスコート側へと向かって歩いていた。

「ちょっ……? えっ……? アイツ、なんかおかしいぜっ」

突然、彼が焦るように小声で言ってきた。
Aさんも目を凝らし、その人影をまじまじと見つめた。

トンッ……トンッ……トンッ……トンッ……

その人影が、地面についているボール。
それは、ボールではなかった。

───頭。
人間の頭だ。

街灯の逆光で顔や服装などははっきりと分からないが、全身真っ黒のシルエットのその人影には頭部が欠けていた。首のない胴体が、(おそらく自分の)頭部をバスケットボールのように手で地面に弾ませている。

Aさんは全身が凍りついた。隣のB君も同じ状態に陥っているようだ。怖くて一刻も早くそこから逃げ出したかったのだが、身体が強張って直ぐには動けずにいた。

すると、その <頭のない人影>が彼女たちの存在に気付いたようだった。それまで地面についていた頭部を両手に抱え、こちらに向かってゆっくりと歩き出した。

「ヤバいっ……! ヤバいっ……! ヤバいっ!」

B君は更に焦りだす。

その間にも、人影はゆっくり、またゆっくりとじわじわ接近してくる。Aさんは、逃げたいのに動けない恐怖と、目を逸らしたいのに何故か目が離せない不思議で奇妙な感覚に襲われていた。

「ヤバいって……マズいって!」

隣でB君がすっかり狼狽していた、その時。
Aさんの耳のすぐ近くで、少年らしき声がひとこと聞こえた。

いっしょに、やろう?

瞬間、B君はAさんの腕をぐいと掴み、「おいッ。早く逃げるぞ、走れ!」と言い放って凄まじい勢いで走り出した。

B君に腕を掴まれ、引っ張られながら走っていた彼女は、脚がもつれそうになりながらも必死で走った。彼の速度に合わせ、それまで歩いて来た道を全力で駆け抜けて引き返した。

Aさんの自宅前まで走って戻った時には、ふたりとも息が上がっていた。幸い、その人影は追跡してくることなく、無事に逃げ切ったようだった。呼吸が落ち着き始めた頃、彼女はB君に聞いてみた。

「ねぇ……あの人影の声、聞こえた? 『一緒にやろう?』ってやつ」
「ああ、聞こえたよ……」

彼は続ける。

「その前から声は聞こえてた。『どこに行くの?』『僕も、ついてっていい?』って……。そう言いながら、アイツはこっちに向かって来てたんだ。でもお前が動かなかったから、お前の腕を掴んで逃げたんだよ」

彼によれば、その人影がAさんを動けないようにして、そのまま彼女を<どこか>に連れて行こうとしていたそうだ。

その後もAさんはそのテニスコート付近を時々通ったが、その人影を見たのはその日が最初で最後だった。 

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