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【怪談実話103】瞬光

「体操は危険なスポーツで、事故も多いんです。だから怪我しないようにと、定期的にお祓いに行ってました」

そう語り出してくれたのは、体操競技の経験者である美穂さんという女性だ。本エピソードは彼女が小学6年生の時の出来事である。

・・・

当時彼女は、ある大規模な試合に向けて日々練習に明け暮れていた。
その試合の何日か前に、いつもお祓いを受けている神社に足を運んだ。その際に神主さんから出た言葉は、意外なものだった。

「次の試合、良からぬ気配を感じる。どうしても出なきゃならんのか?」

その神社では何度もお祓いを受けているが、こんなことを言われたのは初めてだ。だが、美穂さんには、試合に出ないという選択肢はなかった。結局、その場でお守りを作製してもらうことになった。

「不動明王の氣を封入したお守りだ。首から下げれるようにしておいたから、肌身離さず持ってなさい」ときつく忠告された上で、お守りを受け取った。

・・・

試合当日。
美穂さんは体操の演技中、お守りを首から下げて競技用レオタードの内側に入れて着用していた。この試合には母親と姉が応援に駆けつけ、2階の客席から見守っていた。

競技内容は、跳馬、段違い平行棒、平均台、床の4種目。彼女は日頃の練習の成果を発揮して次々とソツなくこなし、3種目終了時点では特に何事もなかった。

残すは、最終種目の「床」だけだ。女子の床競技は、12×12メートルのスペース内で曲に合わせて90秒間にわたり演技する競技である。美穂さんは所定のスタート位置に立ち、深呼吸し、静止して曲が流れるのを待っていた。

曲が流れ、競技が開始した瞬間だった。

「心臓にズキリと痛みが走ったんです。やばい、立てなくなるかも、と思いました。まるで何かの発作というか、息ができないぐらいで。時間にしたら、コンマ何秒ぐらいです」

幸いにも疼痛はすぐに収まった。大きなミスもなく床競技を終えることができ、美穂さんは胸をなでおろした。

試合終了後に家族のもとに駆け寄ると、姉が開口一番、こう聞いてきた。

「ねえねえ、床の最初の時さぁ、あんた何かあった?」
「なんで?」
「あんたの胸の辺りがピカっと光ってさ。一瞬。絶対に何かあったんじゃないかと思った」
「胸が痛くなって、ヤバいと思った」
「やっぱりね。ドキドキしながら観てたもん」

胸の痛みは、それ1回だけ。光が見えたのは姉だけだった。なお、姉は感受性の強い女性で、人が亡くなる予知夢を見ることもあるという。

「お守りがなかったら、その場で倒れていたかもしれません」と、美穂さんは振り返る。

・・・

※正確には、体操競技においては「床」ではなく「ゆか」と平仮名表記するが、わかりやすさを優先して漢字表記とした。

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