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【怪談実話82】歩き回る女


北海道出身の男性Aさんの実家は農業を営んでおり、家の周囲は広大な田畑に囲まれている。実家は一軒家で、家の裏手にある川を挟んで山があり、そこは自殺の名所だそうだ。トイレの小窓からその山が見え、Aさんの母親は夜中に火の玉らしき青白い怪光を何度か目撃しているという。

実家は長い長い一本道の途中に建っており、最も近い隣家でも数百メートル離れている。その隣家も、空き家だそうだ。

30数年前、当時Aさんは中学1年で、7つ上の姉、5つ上の兄と両親、祖父母と暮らしており、犬小屋で一匹の雑種犬を飼っていた。

本エピソードは、Aさんの兄(当時高校生)が体験した話である。

・・・

夏の日の夜9時ごろ、コンサート帰りの兄が自宅に続く一本道を自転車で走っていた。辺りに街灯はなく暗いものの、田園地帯を突っ切る一本道は見通しが良く、遠目に自宅の明かりが確認できる。

その自宅の一軒家の周りを、誰かがぐるぐる歩いて回っているのが見えた。

まだ自宅まで距離もあり、暗くて正確には視認できないが、彼はそれが姉だと思った。白いスカートを履いており、なんとなく姉に近い印象を受けた。自宅は田園地帯の真ん中にぽつんと建っており、こんな夜に家族以外の者が徘徊しているとは考えにくい。

ただ、姉だとしても不自然な点がひとつあった。
家族には絶対に吠えない飼い犬が、しきりに吠えていることだ。

あれ誰なんだろう。姉ちゃんか?
姉ちゃんだとしても、何やってんだ?

諸々の疑問が頭をよぎる中、えっせこらせと彼はペダルをこぎ続けた。

自宅に到着し、いつものように家の裏側にある駐輪場に自転車を停めた。
依然として、飼い犬は吠え続けている。
表玄関に歩いて向かう途中、自宅脇の犬小屋のほうから、さっきのスカートの女がぬうっと彼の方に歩いてきた。

正確には、スカートから下だけの女だった。

上半身が、存在しない。
見えるのは、白いスカートと両脚だけだ。

彼はすっかり全身硬直してしまい、立ちすくんだ。
その女の下半身は、啞然とする兄の目の前を通り過ぎ、空き家の隣家の方に向かって、とぼとぼと歩いていった。

・・・

翌朝。

自宅の裏に、赤色のハイヒールが転がっていた。片方の靴だけ(右靴か左靴は不明)で、横に倒れた状態で発見されたそうだ。新品ではなく、多少使い古された様子だったという。家族の所持品でもなく、前夜までは存在しなかった物だ。

家族会議の末、ハイヒールは処分せずにそのまま放置することになった。その後、飼い犬がその靴をくわえたりしているのをAさんは見たことがあるが、いつの間にか見当たらなくなっていたそうだ。

兄が目撃した女の下半身がハイヒールを履いていたかは不明のため、女とハイヒールとの関係も解らないままである。

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