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9月に思い出すこと

9月も半分過ぎた。9月と言えば、思い出すことが二つほどある。まずは、小2の時。季節の変わり目というのもあってか、喘息の発作が毎日のように起きた。決まって夜中から明け方にかけて。咳も出るけど、それより辛いのが呼吸困難。真横になれず、布団などを積み上げて、もたれかかる様にして寝てたというか、うとうとしてた。あ、この間書いた、ジュース10缶の話はこの時だったかも???その頃、私には弟が2人できていて、母は弟たちの様子も気にしながら、私の背中をさすってくれてたりしたな・・・うん。病院にも何度も連れて行ってくれてた、自転車で。・・・お母さん、あの時は本当にありがとう(涙)って思うべきところなんだろうけど・・・確かにほったらかしではなく、一緒に寝られない夜を過ごしてお世話をしてくれたことにはとても感謝なんだけど、けど、けど・・・・何か心からの母への信頼みたいなのが・・・私は薄い(;'∀')

その時代は、発作止めの吸入薬なんてなかった。苦しいのをひたすらやり過ごす感じ。いつ終わるのかわからない苦しさと毎日戦うのは、ほんま、辛かった。今も辛いこと(現実)から瞬時に逃げたくなるのは、この時の影響かも?!なーんて。痛いのも苦しいのも辛いのも、すぐ失くしたい!っと身体が本能的に思う。・・・もしかして、この発作、度を越した赤ちゃん返りに近かったのか?w

2学期が始まったばかりだというのに、学校に行けず。発作で欠席続きだったにも関わらず、なんと私はおたふく風邪にかかってしまった( ;∀;)どこでもらったんだか(風にのっておたふく風邪のウィルスが運ばれてきたんやろうか?w)発作とのダブルは中々でしたわ・・・咳き込むと耳の下が痛いっていう・・・。

長男を妊娠した時、妊娠悪阻で入院したのも9月だった。(これ、別記事でちょっこっと書いたな。→2021年1月27日(水)記録(つわり編))まるっと9月いっぱい最初から最後まで総合病院の産婦人科病棟で過ごした。ほんまに寝てるだけの生活ってなかなか、ない。意識がある=気持ち悪い なので、意識をなくす=寝る しかないっていうwww冬至に向かって日が沈むのがだんだん早くなるなあっていうのを、窓からぼんやり見てた記憶がある。天気が良い日は空がオレンジ色から深いブルーに変わっていく、その瞬間だけは気持ち悪さ、忘れてたかも?この時も、いつ終わるやわからぬ言いようのない恐怖を抱えてたなあ・・・。先が見えないっていうのがね、もうあかんかった。→退院してしばらくしたら、つわりはおさまりました。

実母と叔母(母の妹。60代前半で子宮がんで他界。早すぎる死だった。)がお見舞いに来てくれ、「食事描写のない」漫画や本を差し入れてくれたのが嬉しかったなあ。たぶん、この時、叔母が運転する車ではるばる山を越えて私の入院先まで来てくれてたと思う。私はこの叔母が好きで何かあったら、相談することも多かった。母のきょうだい(叔父・叔母)は母よりも私の性格をわかってくれているなと度々思うことがあったなあ。もし、私にそういう人たちがいなかったら、もっと早くにやんちゃして家を出ていたかもしれないなw

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