あなたが僕の始まりでした。

思えばあなたと過ごした時間にはいつだって、たくさんのことばが流れていた気がします。もちろん、あなたがミュージシャンだったから、という理由もあるでしょう。友達に誘われていったライブハウスで、あなたのバンドに出会い、そしてそこから一気に、僕はパンクってやつに心を、月並みな表現ですが、心を奪われたのです。下北沢の小さなライブハウスに出向いたときに渡した、僕のバンドのデモテープ。西荻窪のさらに小さなスタジオライブでは、初めてガールズトークをしました。あなたは僕にフランスにガールフレンドがいると勘違いしていたこと。そう、確かあなたからの電話で、そのライブに呼び出されたんだった。よく通った新宿のライブハウスでは、朝まで無制限の飲み放題をやっていて、あなたは、ビールをたくさん呑む僕を、でもこれ、発泡酒だよね、なんて笑っていました。あなたたちのイベントで久しぶりにDJをしたとき、たくさんの友達ができました。覚えているのは、ルースターズのライブバージョンの恋をしようよ…そう、俺はあんたとやりたいだけ!と歌詞を少し変えたバージョンや、ブルーハーツのキスしてほしい…生きているのが素晴らし過ぎる!をかけたこと。あなたのバンドのベーシストが、僕に控え室でみんなで合唱していた、とあとで教えてくれました。高円寺ではライブのあと、何人かの男の子と、あなたやあなたのバンドのメンバーと、路上で呑みましたね。たまたまそのライブハウスの前に、僕の名前と同じ名前のラーメン屋さんがあって、それに気付いていたのは、あなたと僕だけでした。長電話も2回くらいした気がします。あなたは、長電話すること自体初めてだよ、と呟いていました。デザフェスにあなたたちが出たとき、ゆっくりと暮れていく空、赤い夕暮れのなかで、あなたたちのことを知らないひとたちが、あなたたちの演奏に引き寄せられて、どんどんと集まってくる、その光景は、生きてきたなかで、いちばん幸せな瞬間でした。そのときライブを終えたあなたが、初めて煙草に火をつけたのも覚えています。セブンスターだった。横須賀で小さな口喧嘩をしたあと、電話でも折り合いはつきませんでした。お互いに水瓶座の、頑固さで。だけれど、その次にいつもの新宿のライブハウスで、座り込んで別のバンドを見ている僕の頭を不意に撫でたあなたの笑顔がとても優しかったこと。怖い顔をしているね、なんて呟きながら。そのときのライブかな。僕は仲良しだった女の子と二人であなたたちを見上げていると、唯一のラブソングを演奏しているあなたは挑発的にモニターに立つと、着ていたワンピースを脱ぎ捨てるような仕草と、ギターソロの前にマスターベーションのように中指を立てて動かしたとき、まるでそこには二人しかいないようにも思いました。その帰り道、別れ際、たぶん他のメンバーの前で、僕に向かって、あなたは愛してるといった。びっくりした僕は照れて、逃げました。新宿のクラブで、そこは僕がDJをはじめたクラブでした、あなたたちがライブをしたとき、そのクラブの雰囲気が最悪で、あなたたちも苛立ち、最後にはドラムセットを壊しましたね。そのあと、終電を逃した僕と友達と三人で居酒屋に行ったとき、あまりにも二人で盛り上がるものだから、友達がちょっと二人で喋ってて、俺は黙るよ、といったこと。それでもはなしは尽きず、それでも友達に気を使って、また三人で話したとき。僕は女の人って、たぶん好きなひとには仕草がオーバーになる!って感じました。腕からはオーラが出ているような。そして、あの、愛してるを振り返って、僕がちゃんといって、そしたらキスできるじゃん、と話すと、今度はちゃんというね、なんて笑っていましたね。それでもベーシストが直ぐに抜けて、解散を決めたとき、僕はあなたとドラマーの二人に大きな花束を渡して、西荻窪のスタジオライブハウスで、その花束をライブ中、いちばん前のモニター近くに置いてくれましたね。その花束は、来ていた、あなたたちに思い入れのある新宿のライブハウスの店長さんが、みんなに配っていたけれど。渋谷でいまでも有名な外国でも活躍しているバンドを見に行ったとき。あなたが僕を王子様と呼んだと聞いて、苦笑いしかしなかったけれど、そのバンドのライブ中に、MCであなたの名前が呼ばれて、関西弁で、お前も来てるんや!と話しかけられたとき、満員のライブハウスの後ろからあなたを眺めていた僕は、あなたこそお姫様じゃん!と笑いました。あなたが少しの沈黙のあと、組んだバンドのライブには一度も行けませんでした。喉を悪くした、とも聞いていました。そして西荻窪のバーであなたが一人で弾き語りをしたとき。あなたは、スローバラードを歌っていたのです。駅のホームで、別方向の別れ際、名残惜しくて、僕は一本だけ電車を逃しました。ベンチに座って、何を話したかもいまは忘れてしまいました。あなたが電車に乗って、走り出した電車からもずっと目が合ったいたことだけは覚えています。その後、僕たちは会うこともありませんでした。いまではお互いに、何をしているかも分からないままです。あなたと口喧嘩したとき、思いつきで海に行き、朝まで何をするでもなく、目の前の景色を眺めて過ごしました。夜の海の向こう側でゆらゆらと光るどこかの街や、星空、ときおりゆっくりと過ぎていく大きな船。歩いて行こう、と思いました。歩いて行こう、君の街まで。そして、いま思います。あなたが、僕の始まりだったのだ、と。そしてまた、歩いて行こう。いまはそう思うのです。

#青春
#思い出

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