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手記

 ほんたうは、3月の間にコロナに罹つて卒業をまへに死にたかつた。
 さうすれば、みんなが言ふだらう。「惜しいなあ」と。それを聴きながらゆつくりと、後悔とともにこの世を離れることが、ほんたうの幸ひだつたのだと思ふ。
 いまの私は充実してゐるらしい。だが一向に幸せにはなれない。金にも困らず、食ふにも困らず。しかしそれらに貧窮してゐた、あの頃のはうがずつと頭を使つてゐたし、必死で生きてゐた。
 あの時のはうが、ずつと遠くに行けると思つてゐた。世界は無限の未知に溢れて、眼前には豊穣な知見識の海原が横たえてゐた。
 狭いM市という地で、どこにも行けず、私は私の頭のなかにある世界だけ、薄れ始めた幸福といふ世界を頼りに、日々霞んでゆく。
 いまの私はなんだらう。ただ生きてゐるだけの自分が本当に嫌ひだ。だんだんと、いままで大切だつた自分が消えてゆく。そして最期の愛着が消えてしまえば、みづからを憎悪してしまい、果ては自殺なのだらう。
 そんな私も良いと思ふ。そんなことも、この世界にはありふれてゐる。

2020.5.17.23:53

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