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アーティストが「競わされる」時代の終焉。ターナー賞勝敗の行方


ターナー賞は、イギリスで一番知名度が高く、国際的に注目される現代美術賞である。1984年の創設以来、数々のアーティストの登竜門となってきたが、注目を浴びる分だけ多くの論争をも巻き起こしてきた、非常にイギリスらしさが凝縮された美術賞である。毎年4人のアーティストがノミネートされ、秋冬にノミネート作家の合同展が開催される。その中からターナー賞の受賞者が一人選ばれる。

私は昨年12月、ノミネート展示を見るために、イギリス南東部の海辺の町マーゲイトにあるターナー・コンテンポラリーミュージアムに出かけた。ロンドンからだと電車でも車でも2時間半ほどかかり、風光明媚なロケーションなのかもしれないが、季節柄寒風吹きすさぶ中、震えながらたどり着く。それでも、館内は人で溢れかえっていた。ロビーでは、LGBTとゼロ・ウェイストをテーマにしたお洒落なパフォーマンスを開催していた(ターナー賞とは関係ないけど、こちらも大人気だった)。

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ターナー賞の展示室は、アーティストそれぞれに、広い展示室が割り当てられていた。2019ターナー賞にノミネートされたアーティストは、ローレンス・アブ・ハムダン、ヘレン・カムモック、タイ・シャニ、オスカー・ムリーリョの4人。


この色鮮やかなインスタレーションは、タイ・シャニの作品(部分)。巨大な舞台装置ほどもある大きさ。彼女はインスタレーションとパフォーマンスのコラボレーションを行うアーティストでもある。

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ここでは、フェミニズムをテーマにしたナレーションがヘッドフォンで聴けるようになっていたが、へッドフォンの数が限られていて順番が回ってこず、諦めた。過激な言葉を含むナレーションだということで、ヘッドフォンの貸し出しに年齢制限が設けられていた。


こちらはオスカー・ムリーリョのインスタレーション。詰め物を入れて作ったシンプルな構造の人形がベンチに並んで腰かけ、窓を凝視している。

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窓には黒いカーテンがかけられ、本来なら見えるはずの海は見えなくなっている。黒いカーテンにはモネの睡蓮を真似て雑に描きなぐったような色彩がペイントされている。人形のうちのいくつかは、胸に穿たれた空洞にパイプが差し込まれ、その中から石がこぼれている。シュールで荒涼とした気分に誘われる。


ヘレン・カモックは、1960年代後半の北アイルランド紛争時の女性の役割をテーマにした映像作品。そして、ローレンス・アブ・ハムダンの作品は、シリア政権の刑務所内の騒音を再現する音響と文字のインスタレーション。(ヘレン・カモックとローレンス・アブ・ハムダンの作品については、映像と音響の作品だったので写真はありません)


どのアートを見ても明らかなことは、現代社会で今まさに起きている問題ーー国家・企業の暴力、性差別、マイノリティに対する人権侵害、人々の間の分断や貧困、孤独etc.ーーをテーマにすることがなければ、現代美術として(少なくともターナー賞の候補にノミネートされるほどの)評価の対象にならない、ということかもしれない。
どの作品もテーマが明確で、考え抜かれた表現であり、見終わったときの私の感想としては「この4人の中から誰か一人を選ぶってのは、無理だ」というものだった。

すると、数日後にニュースを見てビックリ。今年のターナー賞の受賞者は「4人全員」!!

4人は連帯し、単独の勝者として選択しないように賞の審査側に申し入れをしたのだった。その申し入れが受け入れられて、今回の結果につながった。受賞会場に列席した人々は、この結末に大喝采を送っていた。

アーティストによるコミュニティと連帯の声明。勝者も敗者も、支配者も被支配者も無いという意思の表明。イギリスがまさにBrexitを巡って政治的分裂の渦中にあったこのとき、アーティストができる行動とはこういうものだったのだ。

あと、私の個人的な印象としては「なんかさ〜、アーティスト同士競わされて、それで優劣を決められるシステム自体、もうぶっちゃけダサくね?」的な価値観が保守的なシステムを凌駕した、空気の変わり目を感じたのですが。
もちろん、この結果に対しては批判もある。「ターナー賞は自らを墓場に葬った」「審査員側の怠慢だ」などなど。この混乱も含めて、2010年代の終わりにふさわしいターナー賞だった。

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さて、次回からのターナー賞はどういう仕組みになるんだろうか。それとも何も変わらないのか? そして、このコロナ禍の時代を経て(その頃には”経て”いる、という考えすらも楽観的かもしれないが)、ノミネートされるアートとはどのようなものになるのだろうか。

(Turner Prize 2019/ Turner Contemporary,28 Sep.2019〜12 Jan.2020)


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