エモ熟成

エモい、という言葉がある。
これは最近の若者言葉で、エモーショナルが語源だと言われている(※不確実)。私もよく使う言葉だが、「懐かしく、ノスタルジックな気分になったとき」に使用する。そして、思い浮かべる時期というのは、一般的に青年期(10代~20代)を指すことが多い。したがって、バブル世代が東京ラブストーリーのドラマを見返すときの心情や、平成世代が安室奈美恵を聴くときの心情が「エモい」である。

先日、軽率に「エモ」を感じた。
その日はせっかくの休日だったにもかかわらず、雨が降っていた。暇を極めた社会人独身女性は、資格勉強をするわけでも、ジムに行くわけでもない。グーグルマップで以前付き合っていた男性の近所をバーチャル散歩した。
※付き合っていた当時の家で彼は引越済です。現在彼がどこに住んでいるかは知りません。

夜中に買い物に出かけたドンキや、夜ご飯を食べた近所のチェーン店などをめぐり、当時の情景が鮮明に見えてきた。駅から少し離れたところにあるアパートは健在だった。不動産屋のホームページから、バーチャル内見もした。

当時と変わらない街の景色と新しい恋人ができて色々変わってしまった私たち。ドンキでは勢いでふざけたサンダルを一緒に買ったな。キッチンは二口コンロでかなり広かったけど中華料理屋くらいボロかった。部屋の本棚には鬼滅の刃全巻とワンピースのフィギュアが置いてあったな。

このように、一連のバーチャル散歩で邦ロックができあがる(川谷絵音だったら10曲は作れる)。脳内では、IndigoのMVが美化された私たちで再生される。ただの休日が、憂いを含んだアーバンな女性の1コマとなる。実に充実した休日だ。

私が皆さんに伝えたいのは、
「エモは取り出すときではなく、仕込むことから始まる」
ということだ。
私の今回のエモに関しても、全ては当時の仕込みの効果が出ている。
ドンキの散歩に誘ったのも私で、彼のクサい台詞を引き出すための質問をたくさんしたのも私だ。付き合うまでのドキドキした関係を堪能し、誰にも言わない二人の秘密(※特に意味もない、どうでもいい秘密である)を抱えた。全ては青き日々を、将来存分に堪能するため・・・。家や街の隅々まで目に焼き付けたのは、この瞬間を頭にとどめて、いつか取り出す快感のため・・・。

どんなに頭がお花畑になっていようとも、この瞬間は刹那的で終わりがあるということを客観的に見る自分を存在させておくことが重要なのである。冒頭で挙げた「東京ラブストーリー」と「安室奈美恵」のエモさの要因を考えてほしい。それは、今は本物を見ることができないという点だ。映像としては残っているが、当時の空気感、当時の彼らや自分の状態で見ることは不可能だ。戻ることのできない瞬間に、人はエモを感じる。したがって、どこかで「この瞬間には戻れない」という視点を持っておくことが必要不可欠だ。

個人的な好みになるが、二人の写真を残しておくことは効果的ではない。脳内にある映像は脚色が可能で、登場人物を美化することが可能だからだ。写真を見ると「こんな不細工同士がアホ面こいてちゅっちゅ&いちゃいちゃしてたなんて・・・」と、絶望的な気分になるのは確実だろう。
なお、人物の写真はお勧めしないが、風景写真や手紙は積極的に残す方が好ましい。脳内MVがより具体的かつ鮮明となる。

フレッシュな甘酸っぱい日々は、熟成させることで深みが増す。これがエモ熟成である。
熟成させる日々はフレッシュでなくてはならない。エモ熟成のうまみを知り、しなしなの日々なのにも関わらず、無理に熟成させようとすると痛い目を見る。それはエモ熟成でもなく、腐敗だ。

これを読んでいる若い人へ。他人も自分もたくさん傷つけ、果汁にまみれた甘酸っぱい日々を十分堪能してほしい。そして、酸っぱく甘い果汁を吸いつくすのではなく、ほんのちょっと、熟成用に取っておいてほしい。私も現在進行形で、エモ熟成をちょくちょく仕込んでいる。全ては将来の自分のため、エモのため・・・。みんなもエモ熟成を堪能してみて。

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