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四国大戦 二番札所 極楽寺1

【前回までの四国大戦】
 腕白大師の説得と廃寺における啓示により、八十八の歩く寺院『機動寺院』を破戒するために徳島へ渡った破壊僧、ジョン・田中であったが、一番札所霊山寺の砲撃によって船が転覆、徳島の砂浜に漂着する。
 蛮人と間違えられて鳴門の町人に拘束されるジョンであったが、そこに霊山寺が急襲した。
 どさくさに紛れて拘束から逃げ出したジョンは、対仏ライフルと怒りの拳で霊山寺を破戒したのであった。

「ジョーン!」
 爆発、銃声、熱い空気、暗闇、疲労、汗、血、涙、泥、それが戦場を構成する全てだった。
 敵と味方の境界は曖昧だ。撃ち鳴らされる対仏ライフル! 肉に振り下ろされる刀! 血走った相手の目が告げる! お前を殺す!
 俺はいったい何のために戦っている?
 ジョンは自問する。首元から垂れ下る輪袈裟が、かろうじて自分を僧侶であることを示していた。だがその輪袈裟の裏には対仏ライフルの予備弾丸が差し込まれているのだ!
「うおおおおお!」
 恐怖は怯えを、怯えは死を、死は敗北を風に乗せて運ぶ。ジョンは雄たけびを上げて炎の中へ飛び込んだ。敵の身体を切り刻み、対仏ライフルで吹き飛ばし、数珠で打ちのめした。
 敵の拠点となる武家屋敷に突撃する。勝った! そのときジョンが屋敷の中で見たものは、敗北を悟って自分の子供を絞め殺し、自らも首を吊って天井の梁にぶら下がる女だった!
「うわあああああああ!」
 ジョンは武器を落として思わず叫んだ。違う、叫んだのはジョンの部下で、まだ仏道に入ったばかりの少年だったはずだ。
 少年は叫び続けた。ジョンはそれを止めることなく、馬鹿の様に呆然と立ち尽くしていた。武家屋敷の前では勝利の宴が始まっている。
「ジョン!」
 腕白大師が怒鳴った。
「うわあああああああ!」
 少年は叫び続けた。
「ジョン!」
「うわあああああああ!」
「ジョン!」
「あああああああああ!」

「ジョン! どうした、ジョン!」
 自分を呼ぶ声がする。
「ジョン!」
 目が覚めると木目の天井が見えた。襖から陽光が差している。胸には包帯が巻かれていた。体は相変わらずふんどし一丁だった。
「ジョン、気が付いたか」
 枕元に金剛杖があった。金剛杖だけでなく、他の装備も一式揃っていた。
「俺はどれくらい寝ていた?」
「八時間二分四十秒だ。今はもう昼だよ」
「ここはどこだ?」
「紅の屋敷だ」
 金剛杖が言ったそばから廊下でギシギシと人の歩く音が聞こえた。ふすまを静かに開けて入って来たのは紅であった。紅は昨晩の戦いで骨折した左腕を、痛々しく布で吊っている。
「目が覚めたか、ジョン」
「紅」
「昨日はすまなかったな」
 紅はジョンにわびた。
「気にするな。全部、弘法大師が悪い」
「申し訳ない」
 金剛杖がピカピカと青い光を発して言った。
「色々と聞きたいことはあるが、まずは水と、食事を貰えないか」
「すぐに用意させよう」
 紅は屋敷の奉公人に食事を持ってこさせた。玄米とみそ汁にキュウリの漬物、それから海沿いの町らしくカレイの煮つけだった。
 食事をしながら、ジョンは紅から町の状況を詳しく聞いた。霊山寺はジョンに本尊を破壊され、動くことも自己修復の気配もないこと。救出された村人は衰弱しているが、命に別条がないこと。そして、付近にはまだ機動寺院がいくつもあること。
「この町を襲撃する寺の一つに、極楽寺がある。それからもう少し西へ行くと金泉寺、大日寺、地蔵寺の三つの寺が付近の農村を蹂躙していると聞く」
「休んでいる暇はなさそうだな」
 そう言ってジョンは箸を置いた。
「ときに紅、この町に腕白と言う名の僧侶は来なかったか?」
「腕白? いや、この町に入って来た余所者はお前だけだ」
 ふむ、とジョンは腕を組む。もしかすると腕白大師は、ジョンとは別の浜に流れ着いたのかもしれぬ。
「しかし、そう言う名の僧侶を見かけたら手厚く保護するように私から町のみんなに言っておこう」
「ありがとう。さて、俺はこれで失礼する」
 ジョンは金剛杖を持って立ち上がった。
「いいのか?」と、紅が心配そうな顔で言った。
「ああ、俺にはまだ倒すべき寺が八十七もある。こうしている間にも、四国民が食われているんだ」
「わかった。少ないが、食料を持って行くといい」
「助かるよ」
 ジョンは紅と共に屋敷の渡り廊下を行く。途中で、床の間に伏せる子供の姿を見た。
「私の息子だ」と、紅が言った。
「病気か?」
「いや、寺に食われていたんだ」
「そうか」
 ジョンは紅から米を受け取って、屋敷を出発した。
「ジョン、次の寺を倒しに行く前に霊山寺に寄ってくれ。書き換えられた経典を調べたい」
 本尊は経典に書かれたプログラムに従って駆動する。霊山寺の経典を調べれば、機動寺院の行動パターンや、誰が経典を書き換えたか手掛かりが残っているかもしれないと金剛杖は言う。
 機動寺院はひとりでに暴走したわけではない。誰かが経典を書き換えたのだ。その人物こそ弘法大師を殺害した犯人に違いない。その方面の捜査もジョンの任務の一つだった。
「わかった、行こう」
 ジョンは霊山寺へ向かった。

 霊山寺は近隣の建物を潰し、道の真ん中に墜落したようにあった。町民たちは手分けして瓦礫を片づけているが、霊山寺の周りには決して近づかなかった。この動く寺院は町民の心に大きな傷を残したのだ。
 ジョンが霊山寺に近づくと、周囲の人々が彼を拝んだ。彼は町民にとってのブッダになりつつあった。
 それに構わず、ジョンは大破した霊山寺の中へ入って行く。傾いた本堂はともすると滑りそうになるが、破壊僧の鍛えられた体幹の前には平地にも等しい。
 経典は破壊された本尊の前に、開かれた状態で今もそこにあった。ジョンは暗い本堂の中からそれを持ち出して、陽の下でそれを検めた。しかしジョンが読んだところで、経典は梵字の羅列にしか見えなかった。
「見せてくれ」と、金剛杖が言った。ジョンは金剛杖に経典を見せると「やはり行動が書き換えられているな。緊急プロトコルの行動パターンをひな型にして、機動寺院の行動を書き換えている」と言う。
「つまりどういうことだ?」
「少なくとも敵は経典を書き換えるだけの技術力を持ってはいるが、機動寺院のアクションや、武装に関するコードは私の書いたものを流用している。エンジニアとしては私の二枚落ちという程度だ」
「それが何だ」
「機動寺院の行動や攻撃を予測できるということだ。敵には機動寺院に新規の武装や行動パターンを追加できない。あくまでも私の作ったパターンを並べ替えたり、繰り返したり、数値を書き換える程度のことしか出来ないということだ」
「なるほど、そりゃよかった。で、敵の正体に関しては」
「皆目わからない。だが密教を学んではいるようだ」
「お前の弟子じゃないのか?」
「かもしれん。実はそれを心配している。だが記憶が無いんだ」
 ジョンは舌打ちした。
「霊山寺はどうする?」
「本尊と経典の無い機動寺院は足の生えた寺だ。取り壊す、あるいは足と武装を取り外して普通の寺院にするかだな」
「そこは紅に任せた方がよさそうだ」
「経典は念のために焚書するべきだろう」
「そうだな」
 ジョンは自動着火蝋燭を着火し、経典を焼いた。立ち上る煙に合掌していると、町民が集まって来た。
「お坊様、この寺はもう動かないのですか?」
「ああ、動かない」
「この寺どうすればよいのでしょう?」
「取り壊すか、足を引っこ抜いてこの地に据えるか、好きにするとよかろう」
 ジョンがその場を去ると、その背中に町民たちは合掌した。

 紅の話では、極楽寺は霊山寺の停止地点から西の方へあるという。あるといっても機動寺院は動き回るから、極楽寺の場所と言うのは町民が食われた現場の平均値と言った方が正確かもしれない。
 極楽寺のなわばりは、霊山寺と違って北は大麻山の近辺に位置しているようだった。極楽寺はいつも山の方から人里へ降りて、四、五人ほど人を食べた後にまた山の方へ帰って行くからだ。
 また、夜中には山の頂上から光を発した。金剛杖によれば、それは四国へ接近する仏敵への警告であり、また地元の漁師たちにとっての道しるべになるためだという。
「極楽寺は支援特化型の寺院だ。サーチライトで仏敵を照らし、長射程のレーザー砲で狙撃を行うことが出来る。特にサーチライトには紫外線が含まれているから、吸血鬼などは照らすだけ灰になってしまうだろう」と、金剛杖は説明した。
「何度も言うようだが、どうして寺にそんな機能が必要なんだ」
 ジョンはぼやきながら坂東谷川にかけられた橋を渡る。道の真ん中をすさまじい速さで馬が駆け抜けていく。始めは何に急いでいるのかと思ったが、四国の馬は万事がそんな調子だった。おかげで足腰の弱い老人が道を渡ろうとするのだが、渡っている間に跳ね飛ばされそうで躊躇しているようだった。馬に乗っている人々は、誰も老人に道を譲ろうとはしない。
 みかねたジョンが足腰の弱い老人をかついで、道を渡る。
「ありがとうごぜぇます、ありがとうごぜぇます」
 一礼して足腰の弱い老人は去って行く。
「これが四国だ」
 金剛杖は悲しげに言う。
「四国民は四国という過酷な環境のせいか、あまり他者に慈悲を発揮しない。交通一つとってもそれが見て取れる。だから私は八十八の寺を建立し、四国民に対して慈悲をもたらそうと試みた。そのためには人が参拝するのではなく、寺が人へ参拝するような仕組みが必要だった。そして寺が移動する道中の安全を確保するために、仏敵を誅する破戒兵器を取り付けた。しかし、今となっては……」
 ジョンは深編笠をかぶりなおして、橋に金剛杖を突いた。すると次の瞬間、川から何かが飛び出して飛沫と共にジョンの前に降り立つ。それは全身の皮が老人のように皺が寄り、禿げ上がった髪の毛にやせ細った体をした化け物だった。
「何だ!」
 ジョンは金剛杖を帯に差し込んで刀を抜いた。
「敵だ! ジョン、斬れ!」
 金剛杖が言った。
「こいつを知っているのか?」
「説明は後だ! 来るぞ!」
 怪物が拳を振って襲い掛かる。ジョンはその腕を切り落として、首を跳ねた。怪物は血しぶきを上げて、あっけなく橋から転落した。
「何だ今のは」
 切り落とした怪物の腕を橋から蹴落として、ジョンは刀に付いた血糊を拭った。
「私だ」と、金剛杖は答えた。
「何だと?」
「私のクローンだ。人格データを金剛杖に移植する研究と同時に進めていたプロジェクトだ。金剛杖から、更に肉体へ戻る。結果は失敗したが」
「変なことばかりやりやがって」
 ジョンは刀を鞘に納め、金剛杖を帯から引き抜いた。
「私を橋に突くな!」
 金剛杖が叫んだ。
「四国の河川には私のクローンがうじゃうじゃいる。河川で培養していたんだ。この分だと、相当数、繁殖しているようだ。もし私を橋に突けば魂を感知して今の様に川から飛び出してくるぞ」
「くっ!」
 ジョンは金剛杖を橋と水平に持った。
「お前は四国をどうするつもりなんだ!」
「申し訳ないと思っている」
 チッ、と舌打ちしてジョンは再び極楽寺へ向かって歩き続けた。
 西へ進み続けやがて建物の数もまばらになったころ、道端で言い争いをする男女に鉢合わせた。男は壮年で、女は若い。どうやら親子のようだが、女の腹が出ているのが気になった。あの大きさは臨月であろう。
「放して! 私は極楽寺に行くの!」と、女が言うと「やめろ! 食われるだけだぞ!」と、男が腕を掴んだ。
「そいつの言う通りだ。極楽寺に行くのはやめた方がいい。食われて、それから死ぬまで徳を吸われるだけだ」
 思わずジョンが口を挟んだ。
「あんた誰? 僧侶みたいだけど、髪の毛があるね」
 女が怪訝そうに言った。
「俺はジョン・田中。破壊僧だ」
 ジョンがそう名乗ると、男は思い出したように人差し指を立てて「もしかしてあんた、霊山寺を破戒したっていう救世主かい?」
「そうだ。救世主と言う名は大げさだが」
「頼む! 極楽寺を破戒してくれ!」
「そのつもりだが……」
「駄目よ!」と、女が二人の間に割って入る。
「極楽寺は――うっ! ああっ!」
 女は腹を抑えてうずくまった。
「もん子!」
 男が慌てて女を肩に担ぐ。
「手伝おう」
 ジョンがもう一方の方を持つ。
「ありがとうございます」
「家はどこだ?」
「こっちです」
 こうしてジョンは親子の家へ向かった。

 もん子を布団に寝かせて、男とジョンは一息ついた。
「よかったら事情を教えて頂けないだろうか?」
「ええ」男は頷いた。「私はこの子の父親なんですが、見て分かる通り娘のもん子はもうすぐ出産です。極楽寺の本尊、阿弥陀如来はこの辺じゃ安産祈願の仏でして、寺院が人を食い始める前は妊婦たちがこぞって参拝したものです」
 そう言って、父親は娘を慈悲のまなざしで見た。
「こいつは昔から自分の尻が小さいことを気にしていて、ちゃんと産めるか悩んでいたんですよ。そりゃ妊娠する前からってなもんで」
「そうだったか」
「確かに極楽寺に安産祈願すると、赤ちゃんも母親もみんな元気で出産できるんですがね。足が伸びて動き回るようになっちゃあ、おしまいですよ」
 父親はジョンに頭を下げて「破壊僧様、何卒、極楽寺の破戒をお願いします。この子がまた無茶なことをやる前に」
「わかった」
 ジョンは力なく頷いて、家を出た。
 弘法大師の建立した寺も、曲がりなりにも寺なのである。そこには確かな信仰があり、住民が苦しんだときのよりどころであったのだ。
 それでも破戒しなければならぬ! ジョンは破壊僧であるゆえに、破戒を通じてでしか衆生を救済できないのだ。
「ウオオオオオオ!」
 雄たけびを上げてジョンは大麻山へ突撃した。

 極楽寺を見つけたのは八合目付近まで来た時だった。
「ジョン」
 金剛杖が『警告』の表示を空中投影する。ジョンは素早く周囲を見回すと、金剛杖が説明するより早く極楽寺を大麻山の頂上に見出して、木の陰に身を隠した。金剛杖を地面に突き刺して、対仏ライフルの安全装置を外す。
 ジョンは木陰から極楽寺を見た。こちらに気づいている様子は無さそうだが、相手は人間と違って機動寺院だ。何を考えているか分からない。
「こっちに気づいていると思うか?」
 ジョンは金剛杖に意見を乞う。
「大丈夫だと思う。極楽寺は探知能力に秀でた寺ではない。この森の中なら、木々で反仏質放射線も遮られる。安全だ」
「破戒方法は霊山寺と同じか?」
「そうだ。何とかして本法へ潜り込んで、本尊を破壊すればいい」
 ジョンはため息をつく。すると極楽寺に動きがあった。対仏ライフルを構えて身構えると、極楽寺は糞をするように本堂の裏手から何かを落とした。人だ! 徳を捧げて身も心も干からびた人間が裏手から吐き出されている!
 極楽寺は再び元の姿勢へ戻る。
「奴の装備は?」
「前にも言った通り、極楽寺は後方支援型の寺だ。四方を照らす四つのサーチライトに、レーザー砲が一門だけ搭載されている」
 それだけ聞くと霊山寺よりは楽そうである。
「レーザー砲の威力は?」
「最大で一撃で人間を蒸発させる程度だ」
「何だと?」
 そのとき極楽寺で再び動きがあった。極楽寺は軒下から伸びた、やはり甲殻類を思わせる足を動かして、斜面を降りてこちらに向かってくる。
「気づかれた?」
 ジョンは言うと「いや、警戒態勢にはなっていないようだ。人を食いに町の方へ降りるつもりだろう」と、金剛杖が反論した。
 何にせよ、もう人間を食わせるつもりはない。
 ジョンは立ち上がって金剛杖を帯に差し、対仏ライフルを構えて木陰を出た。
 極楽寺は既に五十メートル近くまで迫って来ていた。
 対仏ライフルを極楽寺の足に向けて撃つ。爆発し、不意を突かれたように極楽寺は体勢を崩した。
 極楽寺がジョンに気が付く。ジョンは対仏ライフルの撃鉄を起こして、引き金を引こうとした。
 そのとき、激しい光がジョンへ向けられた。凄まじい光量にジョンは目を閉じ、腕で顔を覆った。熱が全身に降り注ぐ。これがサーチライトの光量なのだろうか、このままでは熱で焼け死んでしまう。しかし動こうにも方向感覚がホワイトアウトですっかり麻痺してしまっているのだ。
「煙幕を張れ!」
 金剛杖が叫ぶ。ジョンは線香手榴弾を放った。爆発と共に立ち上る白煙は、しかし圧倒的な光の前には焼け石に水である。ジョンはわずかに確保した視界から木陰を探して飛び込んだ。サーチライトがジョンの逃げ込んだ木陰に降り注がれ、一帯の温度がじんわりと上がった。
 ただの光がこれほど脅威になるとは、さすがのジョンも思わなかった。阿弥陀如来の梵名はアミターバ、すなわち『量りしれない光を持つ者』である!
「煙幕だ!」
 金剛杖の指示に従て、ジョンはありったけの線香手榴弾を周りにばら撒いた。しかしこの状況では、どの道、対仏ライフルによる応戦は不可能に思える。
 ジョンの頭に撤退の二文字が浮かんだとき、鋭い高周波音が山の中に響き渡った。
「伏せろジョン! 阿弥陀光線だ!」
 わけのわからないまま、ジョンは地面へ体を伏せた。次の瞬間、頭の上を熱の塊が通り過ぎた。

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