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対の物語 葵 幸人


#2000字のドラマ

不意に携帯が鳴った。

知らない番号からだ。不審に思いながらもでてみる。

「もしもし」
「あの、葵 幸人あおいゆきと君?」
 女性の声だった。
「そうですがどちら様ですか?」
「私、七瀬由那ななせゆなです」
「――七瀬!」
 僕は驚きのあまりしばらく沈黙してしまった。
「覚えてる??高校の同級生だった七瀬由那だよー」
「もっ、もちろん覚えているよ。突然だったから驚いちゃって」
七瀬由那は高校の同級生で、僕が愛というものを意識した想い人だった。
僕たちは10年ぶりにお互いの近況を報告しあった。
彼女からの連絡は近々、同窓会を開催するとのことだった。

 10年ぶりに高校の同窓会が開かれた。真夏の同窓会は駅前の居酒屋。
幹事である彼女はすでに来店していて、店員と何やら話し込んでいた。
髪型はボブで、上着は黒のレースのトップス、下はベージュのパンツというスタイルだった。
メイクもしていたし、アクセサリーも身に着けていた。
言うまでもないことだが高校生の時より一段と“大人の女”だった。
「幸人君、久しぶり!」
こちらに気付いた彼女が手を振りながら笑顔で駆け寄ってくる。
僕も手を振り返そうとしたそのとき。
「七瀬!久しぶりだな。元気にしてたか?」
背後から一人の男が現れた。同級生の相澤智也あいざわともやだった。
清潔感のある髪型、相変わらずの甘いマスク、一目で分かる高級そうなスーツに身を包んでいる。
「智也、久しぶり」
そう応えた彼女の表情から一瞬、笑顔が消えた気がした。
相澤の後ろから恩師や他の同級生が一気になだれ込んできた。
彼女はその対応に追われていた。

 全員が席に着き、恩師の挨拶が終わると相澤と七瀬の周りには人だかりができた。
「相澤、相変わらずかっけーな」
「由那、雰囲気変わったねー。どこのモデルかと思ったよー」
次々と二人に称賛が送られる。
高校の頃から七瀬には不思議と人を惹き付ける魅力があった。
だが、そんな彼女にも翳りが見えた。
だいぶ痩せた気もする。
少なくとも僕にはそう思えた。
彼女とたまに連絡を取っていた同級生からプライベートな話を少し聞いていた。早くに結婚したこと、旦那の女癖が悪かったこと、子供には恵まれなかったこと、離婚したこと、その後、幾人かと付き合ったけれどうまくいかなかったこと。

 遠目から七瀬を見ていたら視線が合った。
彼女が僕の隣に座った。わずかに二人の腕が触れ合い、素肌の感触にドキッ!とした。
「お酒、あまり飲んでないね」
「ちょっと弱くてさ」
「烏龍茶でも頼む?」
「うん、そうだね」
「すみませーん!烏龍茶2つお願いします!」
「七瀬も烏龍茶??」
僕は思わずそう聞いてしまった。彼女が高校生の頃からお酒やタバコをやっていたことを知っていたからだ。
「私もいい歳だから身体をケアしないとね」
「今もかなり飲むの?」
「昔程はもう飲まないよー」
彼女が困惑の表情を浮かべる。
「幸人君、あの頃もよく私に言ってたよねー」
何かを思い出したかのように彼女がフフッと軽い笑みを漏らした。
「えっ?!何か言ってた?」
「タバコなんか吸っちゃダメだ!お酒なんてまだ早い!後で健康に影響がでちゃうぞーって」
彼女の話を聞いて、僕は思い出した。

 夜学の高校に通っていた頃、僕は七瀬の素行に口を挟んでいた。
余計なお世話だと承知はしていたけれど、あの頃の僕はただ彼女の身体が心配だった。そして狂おしいくらい好きだった。
事情があった彼女は一人暮らしをしていたし、学費と生活費のためにバイトを2つ掛持ちしていた。

『由那、高校卒業したら僕と付き合ってほしい!』
高校4年の夏休み前に、僕はなけなしの勇気を振り絞って七瀬に想いの全てを告白した。冗談と思われないように名前で、真剣に伝えた。
『今は恋愛とか考えられない。だから幸人君とはまだ友達でいたい』それが彼女の答えだった。
でも、夏休み中に彼女は同級生の相澤智也と付き合い始めた。
相澤のバイクの後部座席に跨がり、颯爽とコンビニから去っていく姿を偶然に目撃してしまった。
瞳があった瞬間、ばつが悪そうに彼女は目を逸らした。
その一件から僕等は、いや、僕が距離を置いた。
今なら理解できる。彼女の答えは優しさだった。

 
「思い出した――本当、彼氏でもないのにさ」
懐かしさと痛みが僕の胸を過ぎった。
「違うの」
彼女がやや熱ぽい瞳をこちらに向ける。
「違う??」
僕はその意味がわからず問い返した。
「私がバカだっただけ」
彼女は視線を落とし、グラスを回してカラカラと氷を鳴らした。
数瞬、二人の間に沈黙が流れた。
「とりあえず由那、再会に乾杯しよう!」
僕は自分のグラスを掲げて見せた。彼女は一瞬、驚いた表情を浮かべた後に少しだけ微笑んだ。
何かに思い悩んでいるなら力になりたかった。


本当は理解っていた。
僕の日常にはいつだって君がいた。

                 END

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