暗闇に溶ける

家に帰った瞬間、疲れ果てて思わず布団に倒れこんで、しばしの間眠ってしまった。
さっきまで白く明るかった窓辺の光はいつのまにか暗幕を引いたように暗くなっていた。
眠りすぎた。少し頭が痛い。
部屋の電気も付けずに寝てしまったせいで、眠りに落ちる前に一瞬見た明るい部屋は、薄い暗闇に包み込まれていた。
窓の隙間からひんやりとした風が一筋差し込んで、やけに身体にまとわりつく。


暗闇は怖い。
特に、怖い話を思い出した時や心霊番組を見たときは、見えない何かが迫ってきている気がして。
見えもしない恐怖に、慌てて電気のスイッチを探す。
パッとついた電気は部屋を明るくして、見えない中に想像で駆り立てられる恐怖から救ってくれる。
その明るさは全てをありのまま見せてくれる。
この光の中では、きっと怖いものなんて、共存できないだろう。


見える。着慣れた部屋着のスェットも、座り込む脚の指先のペディキュアも、部屋とは対照的な外の暗さも、3周したはずの時計の長針も。
今日のわたしも、見えないはずの明日の自分も。

この世は情報多過だと思う。知ろうとしなくても、テレビから流れ込んでくる色んな色のニュースに、周りの人のくるくると変わる感情、スマホから知らされるLINEの通知に、友達のそれぞれの日常報告。
選ばずとも降り注いでくる、情報のシャワーを全身に浴びて、拭き取る間も無く浴び続ける。
そんなわたしの姿も、明るい光の中で、ありありと見えてしまう。

今日は目覚めた後、電気のスイッチに手を伸ばさなかった。
自分の手元さえも上手く見られない暗闇に包まれる。
視覚の代わりに研ぎ澄まされた耳が、僅かな風の音をやけに大きく頭に響かせる。
急に何だか強い空腹感が襲ってくる。
もう消えてしまったと思った今朝のフレグランスの残り香が、今朝と同じ濃度でダイレクトに香る。
この世は思ったよりもずっと静かだった。

怖かったはずの暗闇の中で、わたしは言いようもしない安心感を感じていた。
見えない恐怖が見えない安心感に変わる。
視覚以外の感覚が研ぎ澄まされると、いつもとは別世界に生きている気がした。


あぁ、暗闇に溶けることを知ってしまった。

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