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23「詩」手紙

誰も使わなくなった古い机の引き出しの中にひっそりとうずくまっている手紙がある。ありふれた白い封筒の中に白い便箋に万年筆で書かれた丁寧な文字がほんの数行。

北の大学に入りました。
冬になったら
流氷を見に行きます。

背中までのびた真っ直ぐな髪をかき分けながら少女は郵便受けから受け取った。春がきて19になったら特別なお祝いをしようと決めていたのに祝う気持ちなどになれなかった18の春。

北の大地は
こころを清潔にしてくれますか

少女は手紙の返事を書く。
行く場を失った春。日に日に暖かくなり花木に蕾がつき始める。流れている時から振り落とされてしまった事実にぼんやりと耐えている。

止まったままの時が両手の中で鈍い痛みになっている。群れに戻れる保証などどこにもなかったあの日、届いた一通の手紙。誰にも語らなかったはじめての恋。誰にも語ることもなく、恋は大切な友に導いてくれた。

北の大地から届いた文字が清潔にしてくれたのは返事の相手ではなく、止まった時。清潔になって始まりに戻った時。

手紙はそっとうずくまったままに引き出しの中にしまっておこう。


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