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<連載第8回>ホンジュラスから来た7人の若者たち|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

<連載第7回>移民の家と移民を支援する人々はこちら


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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。


 ガレージの脇に備えつけてあるブザーを何度か押して諦めかけたとき、顔だけ出せる小窓が開いた。若い男が警戒して距離を置いたまま声を発した。
「何の用ですか?」
「野獣列車の取材をしています。日本から来ました。話を聞かせてもらえませんか」
 目が合った。値踏みするようにこちらを見つめている。
「代表への事前のアポとプレスカードが必要です。ありますか?」
「いえ……、移民の人たちは今日、何人ほど宿泊していますか?」
「誰もいません。それでは」
 小窓がぴしゃりと閉まった。
 人口約60万人、ここは、グアナフアト州イラプアトのイラプアト駅(Irapuato)からタクシーで15分ほどの移民の家だ。待たせてあったタクシーに乗り込んで運転手に首を振ると、50代前半ぐらいの彼は提案してきた。
「移民がたむろしている場所を知っている。コカコーラ社の近くだ。行ってみるか?」
 具体的な場所を提示してきたので、私は話に乗ることにした。

 男は饒舌だった。聞いてもいないのに、駅の跨線橋の下でマリファナが買えることや駅のすぐ近くの2軒のホテルの前では昼間から売春婦がいるなどを教えてくれた。私を一般の外国人旅行者として見ているのか、それとも移民の一人として見ているのか分からなかった。メキシコに入国して以来、移民のフリをすることもあるため、私は自分が人からどう見られているのかよく分からなくなっていた。
 やがてタクシーは高架橋の下で停まった。車の流れの多い幹線道路だが、東西に線路が延びていた。奥のほうを見ると、線路の両脇にはトタン屋根の民家や所々が崩れた外壁が連なっており、そこに背をもたれている若い男たちがいた。
 私はタクシーを下りて彼らに近づいていった。

 午後の力強い陽射しが線路の上を満たしている。スナック菓子の袋や空のペットボトルが散乱している。彼らは見るからに20代の若者たちだ。すれた雰囲気を感じさせない。それでも私は5、6メートルほど距離を置いた状態で話しかけた。
「どこから来たのですか? アメリカを目指しているんですよね」
 6人は一様にこちらを見つめると、何人かが頷いた。一人が逆に尋ねてきた。
「君は移民の支援者?」
 少し考えてから答えた。
「いえ、野獣列車に関心があります。話を聞かせてもらえませんか」
 誰も何も答えなかった。暑さだけがじわじわと体を包んでいる。彼らは俯いたり、所在なげに遠くを見つめたりと様々だ。言葉が思い浮かばず立っていると、誰かがぼそりと呟いた。
「……喉が渇いた」
 野獣列車を乗り継いで疲れているうえにこの暑さだ。私は近くのスーパーで2リットルのコカコーラとスナック菓子を買って戻った。ぐったりしていた彼らはとたんに生気を取り戻した。
 
 彼らと一緒に地べたに座って話を聞いた。
 7人はホンジュラスから来ていた。4人と3人の別々のグループだったが、始発のアリアガ駅で意気投合して一緒に行動している。イラプアト駅には昨夜の23時頃に着いたという。
 25歳のムイセスは人懐こい優男だ。首都テグシガルパの郊外でトラックの運転手をしていた。給料は月給350ドルほどでこの国では悪くなかったが、住んでいる地域で麻薬やギャング絡みの殺人が日常茶飯事。ロサンゼルスに行った友達は飲食店で月給2000ドルを稼ぎ、インスタグラムやフェスブックに彼女との楽しそうな写真をアップしていた。
「羨ましかったよ。アメリカに行けば治安の心配がなくチャンスが広がると思った」
 こうして同じような思いを抱く友人たちと計らって祖国を出発したのである。

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[ホンジュラスから来た移民たち。手前から2番目がムイセス]


 ホンジュラスやエルサルバドルでは、《アメリカ行き募集》のチラシがしばしば出回るという。あるいは誰からともなくメールが回ってくる。《×月×日/新宿東口の飲食店××の裏口に集合。みんなでアメリカに行こう》といった具合だ。なかにはフェイク情報もあるので注意は必要だが、こんなものが頻繁に回ってくれば心動かされるのも無理はないだろう。
 野獣列車のことも聞いた。怖くないのか、と。
「電車の上で眠ると落ちることがある。連結部に座って車体に寄りかかって眠るのがいい。でも、人が多いと列車の上で寝ざるを得ないから、そのときは仲間と交代で眠るんだ。ところが、見張り役が眠ってしまうことがある」
 そう言って微笑むと、ムイセスは隣にいる友人に顎を向けた。場が盛り上がった。
「ところで、これまで辿ってきたルートで、一番大変なのはどの場所でしたか?」
「オリサバ駅の前後だ。寒くてびっくりした。移民の家で噂を聞いていたけど、まさかここまでだとは思わなかった」
「どこの移民の家?」
「ティエラ・ブランカ駅の近くだ」
 私が取材を断られたところだ。気になっていることを尋ねた。
「あなたたちは各駅で下りると、必ず移民の家に向かうのですか? 閉鎖しているところもありますよね?」
 野獣列車は各駅止まりが基本だ。
「各駅ごとは行かない。閉鎖しているところもあるし、移民の家に行かなくても、指定ポイントに支援団体が来るところがあるからだ。ここがまさにそのポイントだよ。その先の高架橋の下に毎日18時に食事を持ってくる人たちがいる。だからここではあえて移民の家には行かない。時間が来たら君も一緒に行こう」


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北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。

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