<連載第9回>ついに、野獣列車へ|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」
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自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。
当連載『野獣列車を追いかけて ― Chasing “La bestia” ―』が収録された
北澤豊雄氏の最新刊『混迷の国ベネズエラ潜入記』が
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空が薄暗くなってきたころ、線路と幹線道路が交錯する付近からスラックスにYシャツ姿の痩身の男が現れた。線路のほうに向かって方々に目を配ると、声を張りあげた。
「コミーダ(食事)!」
男が背中を向けるとムイセスたちは立ち上がった。私も後を追った。高架下には植え込みやプランターがあり、小さな緑化地帯のようになっていた。高架橋を支える支柱には動物やプロレスラーの絵が描かれていた。
ステーションワゴンが中央に停まっていた。バックドアを開けたまま中から荷物を降ろしている支援者の男女がいる。フランスパン、チーズ、ハム、ミネラルウォーターのほか、トイレットペーパー、下着、石鹸、シャンプー、靴もある。なるほどこれまで出会ってきた移民に身なりの良い人が多かったのは、こういう支援があるからなのか。簡単な怪我の治療や散髪もおこなってくれるが、靴の交換は状態がよほどひどい場合のみに限られている。
[アミーゴス・デル・トレイン・メヒコによる食事の配給]
[簡単な怪我の治療もおこなう]
どこからともなく、まるで匂いに釣られるように移民が次々と集まってきた。いったい彼らはどこに潜んでいたのだろう。その数は30人近くになっていた。支援団体の名は「アミーゴス・デル・トレイン・メヒコ」(Amigos del tren Mexico)という。先ほど私たちを線路にさがしにきた現場責任者のホサファ・ルイスが全員を集めて、声を強めた。
「アメリカへ行くまで、あなたたちには困難が待ち受けている。しかし、死んではいけない。あなたたちは勇敢だ。あなたたちは強い。どうか自由を勝ち取ってほしい。私たちはそのための支援をします」
その後、移民の家に向かうグループと残るグループが半々ぐらいに分かれた。ムイセスたちは残り、おそらく深夜に出発するであろうとみている野獣列車に乗るという。私は彼らと行動するために、投宿している宿にいったん戻り食事と荷造りをすることにした。
ホサファ・ルイスに野獣列車のルートの話を聞いた。野獣列車のルートは複数あるが、昨今の主要ルートを知りたかったからだ。
「移民たちがアメリカのどこを目指しているかによってルートは変わってくる。つまり人による。例えば、ロサンゼルスが目的の人は、西海岸に向かっていく太平洋沿岸の路線に乗るのが最短だ。ところが、ただ単にアメリカに行きたい、という人は最終目的地がないから、トレンドのルートを行くことになる」
トレンドとは麻薬組織やギャング団の餌食になりにくいルート、列車の運行状態の良いルート、入国管理局員の出没が少ないルート、アメリカへ密入国しやすい国境にダイレクトに行けるルートなどを指す。時期によって変わるのだ。
野獣列車で各駅に着いた移民たちには様々な危険が待ち受けている。周旋屋や女衒が彼らの境遇を知ったうえで言葉巧みに近づいてくるだけならまだしも、麻薬組織が力づくで彼らを拉致して非合法な仕事をさせることもある。
例えばアリアガ駅のある《チアパス州でホンジュラス人、エルサルバドル人、グアテマラ人ら22人の移民が誘拐されていたが救出された。そのうち未成年者が8人いた。(中略)中米からメキシコを通ってアメリカを目指す移民たちは人身売買業者や麻薬組織の犠牲になることが多い》メキシコ日刊紙「エル・エラルド・デ・メヒコ」(2018年8月26日)。
ルイスは「アミーゴス・デル・トレイン・メヒコ」が発行している小さなチラシを私に見せた。野獣列車のルートが描かれていた。
「昨今、私たちが推奨しているのは、太平洋沿岸のルートだ。理由は簡単で、ほかのルートよりも運行の危険度が低いからだ。もちろん野獣列車に乗っている時点で安全ではないのだが、それでもトンネルや電線や雑木林の木の枝が障害物になることがほかのルートに比べて少ない」
[アミーゴラス・デル・トレイン・メヒコが作成した野獣列車マップ]
ここイラプアト駅から先は枝分かれしてアメリカのサンディエゴなど西海岸方面に向かって行く太平洋沿岸のルートと、メキシコ中央部を北上してアメリカのニューメキシコ州方面を目指すルートに分かれる。私は迷っていたが、ムイセスたちが太平洋沿岸のルートを行くというので、そちらにすることにした。「アミーゴス・デル・トレイン・メヒコ」が推奨するルートだ。
[イラプアトの街の様子]
「機を見て野獣列車に乗ろうと思っています。どう思いますか?」
ルイスは視線を固くした。
「あなたはこの国のことを知らない。野獣列車は危険だらけです。それなのに、彼らはなぜ野獣列車に乗ると思いますか? それしか手段がないからです。入国管理局員による検問があちこちであり、見つかれば強制送還の対象になるからです。でも、あなたにはほかの手段がある。パスポートもお金もある。バスでも飛行機でも船でもアメリカに行ける。各駅をバスで追いかけていくだけでも充分危険なのです。どうかやめてもらいたい」
ルイスは、私の今夜の宿泊先を心配してくれたうえに、移民たちに渡している食事までくれた。
私は宿の部屋でその食事を食べて少し休むと、チェックアウトを済ませタクシーを呼んでもらった。時計の針は21時を少し回っていた。荷物は45リットルのバックパックと肩掛けのショルダーバッグだ。野獣列車に乗る移民にこんな大きなバックパックを背負った人を見かけたことがない。これは目立つかな、と思いながらコカコーラ社の近くの高架下でおりた。
いよいよ野獣列車に乗る。イラプアトの夜はTシャツでちょうど良い心地だが、手のひらには汗を掻いていた。
暖色系の街灯と車のヘッドライトに照らされながら人気のない道路を歩く。線路と交錯する。薄暗い線路の奥のほうにはしかし人影がなかった。さっきまでムイセスたちがいた場所には誰もいない。ペンライトを出したが同じだった。慌てて線路に手を当てる。生暖かい。もしや出発したか。
昼間、ムイセスたちにコーラを買った雑貨屋に行くと、店の電気は灯っていないが奥の住居のほうは明るく人のざわめきがあった。私は「すみません!」と大声で呼びかけた。
店のほうに電気がついて太った中年の女性が警戒しながら姿を現した。
「すみません、野獣列車は出発しましたか? 近くにいた移民たちが誰もいなくて」
「あんた移民かい? さっき汽笛が聞こえたから出発したんじゃないかしら」
野獣列車の出発に定時はない。これまでの話では、おおむね深夜から明け方だと聞いていただけに意表を突かれた。次の駅はグアダラハラ駅(Guadalajara)だ。私は落胆しながらもその足で高速バスの停留所に向かいグアダラハラを目指した。
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<連載第10回>あなた、国はどこ? 移民じゃないよね。は
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北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。
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