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<連載第12回>「バモス!」(行くぞ!)|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

<連載第11回>ホンジュラス出身のジャレ、22歳はこちら


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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。


当連載『野獣列車を追いかけて ― Chasing “La bestia” ―』が収録された
北澤豊雄氏の最新刊『混迷の国ベネズエラ潜入記』
2021年3月15日に発売されます!


 すっかりジャレのペースに巻き込まれながら戻ると、線路の両脇には掘っ立てた小屋にトタン屋根を乗せただけの粗末な民家が連なっていた。家から線路に放り投げたバナナの皮や菓子の袋が散乱して悪臭を放っている。そこを抜けて広がりのある空間に出ると、線路の両脇に点在する樹木の下に移民たちの塊がいくつかあった。
 快活なジャレは顔見知りが多く、彼らに向かって親指を立てたり指笛を吹いたり一言二言の言葉を交わしていく。そして外壁に寄りかかっている5人のグループの前で止まると、私は思わず声を上げた。
 イラプアトで出会ったグループだ。優男のムイセスもそこにいた。彼らは私の顔を見ると表情を緩めた。一人で祖国を出発してきたジャレは群れないタイプに見えるが、イラプアト―グアダラハラ間の野獣列車で同郷の彼らと知り合い親しくなったのだろう。
「何だ、お前ら知り会いなのか」とジャレは呆れてから続けた。
「せっかく日本人のスポンサーを連れてきたのに」
 それから私たちはトランプに興じたり、みんなで雑魚寝のように横になって野獣列車を待った。前出の移民の家を出るときにもらったパンとペットボトルの水は皆、平らげているようだ。彼らが飲食にありつけるのは、次の駅の移民の家や支援ポイントだ。
 夕方前の空は緊張を孕み、今にも一雨来そうだった。


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[トランプに興じる移民たち。左奥がムイセス]


 気が付いたのは、汽笛だった。
 まどろんでいた私たちは一斉に立ち上がると、慌ただしく靴を履いて荷造りを始めた。ムイセスは私を置いて脱兎の如く駆け上がって行った。ジャレの姿は見当たらない。   
 線路の両脇は砂利の地面が両側ともに10メートル近く続き、倉庫のような建物が連なっている。その前にはぽつりぽつりと木々が並んでいる。野獣列車が遠くから「チンチン、チンチン」と音を立てながらヘッド部分を見せた。
 私たちは線路の上を走り、やがて袂を分かつように二手に分かれて行った。ムイセスの背中を追って左斜めに走っていくと、右斜めへ行く群れにジャレの姿をとらえた。どこからともなくたくさんの移民が現れているが、野獣列車に直接向かっていく者はいなかった。まるで暗黙の了解のように各々が木の下に集まっていく。ムイセスたちに追いつくと、5人が木の下で息を潜めて腰をかがめている。
「なぜ乗りに行かないんだ?」と私は息を切らしながら尋ねた。
 誰かが答える。
「入国管理局の職員やギャングが待ち構えて俺たちを一網打尽にすることがある。罠がないかどうか様子を見るんだ」
 まるで獲物を狙うように木陰でいくつかの群れが待機している。異様な光景である。これから列車を強盗する集団のようにも見えなくはない。地面を伝う振動が徐々に大きくなっていく。

 野獣列車がついに轟音を上げて近づいてきた。車体は緑や柿色や灰色に彩られている。ムイセスが「バモス!」(行くぞ!)と声を張り上げて口火を切った。


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[野獣列車に飛び乗る移民たち]


 それが合図となった。何人かが十字を切って一斉に飛び出して行った。私は急いでショルダーバックからカメラを取り出して動画モードにした。各自が自分を鼓舞するかのように「行くぞ!」、「ヒャッホー!」と奇声を上げているが目の前に迫ってきた汽笛がそれを掻き消している。
 ムイセスたちがジャンプ蹴りのようにして連結部に飛び乗った。列車の速度は思いのほか早い。数人がガッツポーズしてこちらを見つめた。敢然と列車に飛び乗っていく姿は躍動的だった。


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[野獣列車に飛び乗る移民たち]


 心臓が一気に跳ね上がり、胸がきゅっと締め付けられてきた。車体が発する威風と速度におののいていると、うしろから次から次へと私を追い越していく。目の前にきた。一人が私に向かって手を出した。何かを必死に叫んでいるが、足もとがすくんで動けなくなった。彼らの姿があっというまに流れていくと、私はついに見送ることを決心した。
 野獣列車の稜線が遠のいていくと、まるで何かの合図のように雨がちらついてきた。にわか雨はしだいに沛然たる豪雨となり、グアダラハラの街をまたたくまに灰色に染めていった。


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<連載第13回>再びアメリカを目指す2本指の男はこちら


北澤豊雄(きたざわ・とよお
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。


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