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<連載第13回>再びアメリカを目指す2本指の男|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

<連載第12回>「バモス!」(行くぞ!)はこちら


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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。


当連載『野獣列車を追いかけて ― Chasing “La bestia” ―』が収録された
北澤豊雄氏の最新刊『混迷の国ベネズエラ潜入記』が
2021年3月15日に発売されます!



 マサトラン駅(Mazatlan)のあるシナロア州マサトランは人口約50万人の海岸リゾート地だ。観光客と地元民のエリアが分かれており、後者のゲストハウスに泊まると、メキシコシティから来ている20代のOL2人組と同室になった。彼女たちは自転車を借りて観光客のエリアに繰り出していた。30分ほどかかり、ディスコや海水浴を楽しめるが、宿泊施設はどこも高すぎて手が出ない。それでわざわざ地元民エリアの宿に泊まっていたのである。2段ベッドが2つ置かれた部屋で彼女たちに野獣列車について尋ねると、いやそうな顔をした。
「野獣列車? 名前は知っている。よくニュースになってるから。でも、中米から歩いて来て汚らしいわ。麻薬を運んだり、悪さをする人もいるんじゃないの。怖いわ」


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[マサトランの街。地元民エリアの様子]


 都市部に住んでいる今風の女性たちの感覚のひとつなのかもしれない。野獣列車のルートを記した地図を見せると、ひどく驚いていた。自分が生まれ育った国を、移民たちがこのように具体的なかたちで移動していることにショックを受けたようだった。「移民に国が乗っ取られているみたい」という言い方をしていた。


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[マサトラン駅の様子]


 マサトラン駅は地元民のエリアにあり、線路沿いの病院の脇に多くの移民たちがたむろしていた。が、そのグループはこれまで会ってきた人たちと違い、暗い雰囲気をまとっていた。焦点の定まらない眼、削げた頬、声を立てない無気味な笑いが彼らが置かれた状況を示していた。
 私は当たり障りのない話をして、この付近で移民の家の役割を果たしているという教会に向かった。10分ぐらいと聞いていたが30分以上かかった。この街はこれまで辿ってきた各駅のなかで一番暑く、歩いているだけで地上から暑熱が湧き上がってくるようだった。
 教会のあるサルバドールアジェンデ地区の住宅街では、家の前に炭火をかけてトウモロコシや肉を焼いている家族の姿をいくつか見かけた。

 教会は閉まっていた。目の前の植え込みの花壇の縁に腰を降ろして汗を拭っていると、ツバのある灰色の帽子を被った小柄な男がやってきて、閉まっていると分かると残念そうに振り向いた。男の左手は膨れあがり、指が2本しかないような状態だった。私は声をかけた。
「中米から来た移民ですか?」
 男は警戒することなく頷くと、「君は?」と柔らかな声と眼差しを向けてきた。野獣列車を追いかけていることを告げると、男はその左手を顔の前に翳した。
「4年前に落ちたんだ」


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[野獣列車から落ちて左手を怪我したホンジュラス人]


 ホンジュラスの地方都市サンタ・バルバラ出身の40歳。20歳のときにアメリカに密入国して以来、強制送還と密入国を繰り返している。先月、強制送還となり、再びアメリカを目指しているのは、フロリダのタンパに15歳の息子と9歳の娘がいるからである。
「最近はアメリカも稼げなくなってきた。昔ほどうまみはないけど、それでも中米よりかは断然いい。プラスティック工場で働いていたときは最高で4000ドル稼いだこともあったな。地元のホンジュラスだと良くても600ドルだ」
 元カフェ店員らしく、口を開けると話し好きだ。
「野獣列車も変わった。昔は列車の上にたくさんの移民が乗っていた。そこで出会ってアメリカで結婚したカップルもいたし、連帯感が強くなり、アメリカでコミュティを築いた人たちもいた。でも最近はみんな徒党を組まない。悪い連中が交じっていたりするから関わりたくないんだろうね。それに、列車のスピードが速くなったのが大きい」
 私は驚いて聞き返した。
「そう、速度だ。昔はゆっくりだったから、みんな車体の上に乗って寝た。でも、今は速いから上で寝るのが危険なんだ。ギャング団が列車の上の移民を襲撃して金や女を巻き上げて行く時期があった。それを阻止するために鉄道会社が速度を上げ発着時間も不規則にした。結果、襲撃は減ったけど、列車から落ちて死んだり怪我をする人が増えた。俺はまさにその犠牲者だ」
 体験者が語ると説得力がある。と同時に府に落ちることがあった。
 野獣列車を描いた映画やドキュメンタリーを見ると、車体の上に大勢の移民が乗っているのだ。しかし今回、各駅で話を聞くと「車体の上にはなるべく乗りたくない」、「危険」、「連結部で寝る」と答える人が多く、その差に釈然としないものがあった。ようやく疑問が解けた。野獣列車を昔から何度も乗っているからこそ分かることだ。

 それにしても彼は、どこで、どういう状況で落ちたのだろうか。
「俺が落ちたのはこのルートじゃない。タマウリパス州という地域の野獣列車だ。雑木林を越えていくルートがあり、木に引っかかって落ちたんだ。トンネルもこわかった」
 その左手になっても野獣列車に乗り続けるのはなぜなのか。
「もう慣れてしまったから、今さら徒歩でメキシコを縦断するのがキツいんだ。特に最近は入国管理局員も至る所で俺たちをさがしている。金もないし、これしか手段はない」
 彼はメキシコ各地の移民の家の常連でもある。多くの移民の家は1回の宿泊が5日以内の限定で、一度宿泊すると2年ないし3年は泊まれない規則になっている。野獣列車を往来して、移民の家を転々とする「移民の家生活者」を防ぐためだ。
 とはいえ、彼はベテランだ。
「移民の家にもよるが、事情を話せば据え置き期間内でも1日ぐらい泊めてくれるところはあったし、偽名で泊まったこともある。でも今はこの左手だから、バレやすくなった」
 そう言って笑いをとってしまう。ポジティブだが、事故当初のショックは計り知れないものがあっただろう。 
 私は言った。
「実はグアダラハラで野獣列車に乗ろうと思ったけど、怖くて乗れなかった。想像以上に速く、足がすくんだ」
「それは当然だ。乗っていたら、僕らはここで会えなかったかもしれない」
 彼の一言に、救われた思いがした。


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<連載第14回>クリアカン駅からエルモシジョ駅まで
3月4日(木)公開予定


北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。


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