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<連載第11回>ホンジュラス出身のジャレ、22歳|北澤豊雄「野獣列車を追いかけて」

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 自らの国を出てアメリカを目指す移民たちの間で『野獣列車』と呼ばれている列車がある。貨物列車ゆえに乗車ドアも座席もない。移民たちは、屋根の上や連結部分にしがみつき、命の危険にさらされながら祖国からの脱出を図る。『野獣列車』、それは希望へと向かう列車なのか、それとも新たな地獄へと向かう列車なのかーー。


当連載『野獣列車を追いかけて ― Chasing “La bestia” ―』が収録された
北澤豊雄氏の最新刊『混迷の国ベネズエラ潜入記』
2021年3月15日に発売されます!


 移民たちはあっさり見つかった。
 線路脇の樹木の下に5、6人のグループが3つあった。線路沿いを辿ればさらに多くのグループがいるかもしれない。温厚そうな4人グループに声をかけて話していると、ひょろっとした背の高い男が「ゲイシャ、ゲイシャ」と嬉しそうな声を発しながら近づいてきた。20代前半だろうか、男は茶褐色の肌に引き締まった顔立ちをしていた。青い長袖の薄手のトレーナーにグレーのスウェットパンツ。日中は明らかに暑い恰好だが、野獣列車対策だろう。靴は真新しい運動靴だ。おそらくどこかの移民の家か支援ポイントで換えたのだろう。
「どこで芸者のことを知ったの?」
「インターネットで見た。俺は料理人だから、日本食に興味がある。君は日本人? 韓国人? どうしてここに?」
「野獣列車を取材している。日本から来た。あたなは?」
「ホンジュラスから来た。名前はジャレ。取材ということは、もちろん野獣列車には乗ったんだろうな」
 こちらの胸中を見透かしたような挑戦的な言葉だった。
「まだチャンスがないんだ。ここで乗ろうと思っている。でも、正直、怖い」
 ジャレはとたんに笑い出した。
「そうだろう。日本で寿司を食ったり芸者と遊んでいれば、野獣列車に乗るのは難しいだろう。野獣列車に乗らないと、俺たちの気持ちは分からない」
 ジャレは遠慮なく胸を抉ってきた。その通りだった。私が何も言えず固まっていると、彼は手を振って線路をあがる合図をした。
「俺の友達を紹介する。ついて来いよ」


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[ホンジュラスから来たジャレ(左)]


 ジャレはホンジュラスの首都テグシガルパ出身の22歳。真珠採集や洋食レストランのコックを経てアメリカ行きを思い立った。同郷の知人がニューヨークのレストランで雑誌に紹介されるシェフとなり、月給8000ドルを稼ぐようになった。「俺も稼げるはず」とアメリカ行きを決めた。真珠採集の仕事では素潜りで100メートル以上を潜ったと言い、「ニューヨークで俺は月収1万ドル稼ぐ」とうそぶく。何かと数字がでかい男なのである。
 ジャレは線路を歩きながらラッキーストライクの箱を出すと、1本を抜き出して火をつけた。旨そうに一服つけると、私に渡してきた。煙草は吸わないが断るのが嫌で吸い始めると、彼はリュックサックからジャックダニエルの小瓶も取り出した。一口煽ると、不適な笑みを浮かべて言う。
「どうやって手に入れるか知りたいか?」
 私が頷くと、彼はとたんに線路を突っ切り、住宅街のほうに向かって走って行った。慌てて追いかけると、人通りのある幹線道路に出た。ちょうど若いOL風の二人組が前方から歩いてくると、ジャレは二人の横でさりげなく歩調を合わせて口を開いた。
「ホンジュラスから来て食う物に困っています。1ドル恵んでほしい。どうかお願いします。どうか神のご慈悲を……」
 私が呆気に取られていると、しばらく同じようなことを続けて15分弱。初老の女性から1ドル頂戴することに成功していた。
「俺たちはこうやって金を稼いでアメリカに行くんだ。日本人、お前もやってみろよ。俺たちのことを書くんだろう。俺たちの気持ちになってみろよ」
前方から今風の若い男が近づいてきた。私は彼の前に立って「すみません、コロンビアから来た……」と言いかけたところで、男は足早に私をかわして行った。ジャレの笑い声が聞こえてきた。
「前に立つな。同じ方向にゆっくり歩くんだ。さりげなく手を出せ」
 15分ほど続けたが逃げられてばかりで私は観念した。
「分かってほしかったんだ。俺たちがどうやって稼いでいるか。さあ、線路に戻ろう」


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北澤豊雄(きたざわ・とよお)
1978年長野県生まれ。ノンフィクションライター。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビア共和国を拠点にラテンアメリカ14ヶ国を取材。「ナンバー」「旅行人」「クーリエ・ジャポン」「フットボールチャンネル」などに執筆。長編デビュー作『ダリエン地峡決死行』(産業編集センター刊)は、第16回開高健ノンフィクション賞の最終選考作となる。


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